第22話:デジャブ
「……っ、だから、本当にいたんだって……!」
「黙りなさい、この……変態!」
ラナが吐き捨て、手慣れた手つきで縄を祐二の体に巻きつける。一話の時よりもさらに厳重に、そして「逃げも隠れもしない」ように、彼は大樹の幹にしっかりと固定された。
「……ユウジ。これは正当な防衛措置よ。あなたの視覚情報を、直接制限させてもらうわ」
エレンは冷徹に告げると、彼女の指先が祐二の瞳に突きつけられる寸前。遮蔽物がない彼の瞳は、剥き出しの殺意を真っ向から受け止めようとしていた。
だが、彼女の動きには微かな「綻び」があった。
彼女は依然として一糸纏わぬ姿。片方の腕で豊満な胸を強く圧迫し、辛うじてその尖りを隠している。その不自然な姿勢のせいで、攻撃のための踏み込みが甘くなり、指先がわずかに震えていた。
「待ってくれ、エレン! 目だけは……それだけは勘弁してくれ!」
祐二は視界を埋め尽くす彼女の白い指先から逃げることもできず、喉を鳴らして叫んだ。
「謝る、何度だって謝るよ! でも、本当にわざとじゃないんだ。あんなところで君が……そんな格好でいるなんて、 、近くに敵がいるかもしれないと思って……!」
「黙りなさい。あなたが見た事実は消えないわ」
その時、無理な体勢で詰め寄っていたエレンの足元が、濡れた地面に滑った。 「あ……っ」 短い悲鳴と共に、彼女の体が祐二の方へ倒れ込む。咄嗟に彼女を支えようとした祐二の手が、あろうことか彼女が必死に隠していた胸元を直接割り込む形になり、腕の隙間から露わになった柔らかな膨らみが彼の視界を、そして指先を直撃した。
数秒の静止。
――パチィィィィン!!
「この、変態……!」
乾いた音が室内に響き渡る。祐二の頬は瞬時に赤く腫れ上がり、彼はその衝撃で床に転がった。しかし、その必死な謝罪と「敵の襲来を警戒した」という必死の弁明は、事態を静観していた他の二人を納得させるには十分だった。
エレンの冷たい視線に見放され、頬の熱い痛みも引かぬまま、事態はさらなる混沌へと突き進む。三人は祐二の正面、わずか数メートルという逃げ場のない至近距離で、無造作に乾いた服を広げ始めた。
「ちょ、お前ら……! 向こうで着替えろよ! 目の前でやるな!」
祐二が顔を覆いながら悲鳴に近い声を上げるが、ラナは濡れて肌に張り付いたシャツの襟元に指をかけ、勝ち誇ったような、それでいて苛立ちの混じった視線を彼にぶつけた。
「あんたが変なこと言い出すから、監視しながら着替えるしかないでしょ! ほら、ユウジ。しっかり周りを見てなさいよ。……って、こっち見ちゃダメなんだけど!」
ラナが背中の雫を拭いながら、無理難題を突きつける。周囲を警戒しろ、だが俺たちを見るな。そんな二律背反な状況下で、祐二は視界のやり場に困り、血の気が引くどころか全身に熱が回っていくのを感じていた。
そこへ、追い打ちをかけるように甘く、それでいて鋭い声が鼓膜を叩く。
「……ユウジ、顔、赤いよ? 狼の鼻はね、興奮した匂いもすぐ分かるんだから」
ミーナがわざとらしく、濡れて少し重みを増したふわふわの尻尾を祐二の鼻先に擦り寄せた。彼女が濡れた毛皮をブルブルと振るわせ、無防備にそのしなやかな肢体を晒すたびに、祐二の鼻腔には「雨の匂い」と「彼女自身の体温」が混じり合った、強烈な芳香が流れ込む。
二十七歳の男の脳内メモリは、すでにエラー寸前の高熱を帯びていた。
「おい、ミーナ……よせって……!」
必死に顔を背ける祐二。しかし、ミーナの鼻先が彼の首筋をクンクンと嗅いだ瞬間、彼女の瞳に鋭い光が宿った。
「……ちょっと。ただの熱じゃなくて、これ、『エッチ』な匂いが混ざってる。……不潔」
「なっ……!?」
ミーナは冗談めかしていた表情を一変させ、わずかに頬を染めて憤慨すると、「ふんっ!」と祐二の腕に鋭い爪を立てた。
「いったぁぁぁい!?」
「自業自得よ。鼻を利かせてる私の前で、そんな破廉恥なこと考えないで!」
何をやっても今のミーナには火に油を注ぐだけだった。彼女は咄嗟に、乾いた荷物の中から引っ張り出した予備のシャツを頭から被っただけの姿で、祐二を睨みつけていた。
それが、まずかった。
おそらく男性用の、彼女には大きすぎる白いシャツは、小柄な体躯にはダボダボで、まるでシーツを纏っているかのように頼りない。広い襟元からは、まだ水滴の残る華奢な鎖骨と、怒りで微かに上気した白い首筋が露わになり、乾いた布地が濡れた肌に張り付いて、うっすらと下の輪郭を透かしている。
「……信じらんない。私が着替えてる最中に、そんな獣みたいな匂いさせるなんて。本当に不潔」
ミーナは腰に手を当てて仁王立ちになり、さらに語気を強める。だが、そのポーズのせいで、ただでさえ短いシャツの裾が際どい位置まで持ち上がり、濡れたままのしなやかな太腿と、そこから伸びる健康的な足のラインが、残酷なほど無防備に晒されていた。
陽光の下、彼女の肌の上を滑り落ちる雫がきらりと光る。濡れて重くなった自慢の尻尾が、シャツの裾からだらりと垂れ下がり、主人の怒りに合わせてピクピクと跳ねるたび、小さな水飛沫が彼女の素足に散った。
「反省してるの!? その目! どこ見てるのよ!」
(……。……。……どうにかしてくれ、この状況……!)
物理的な痛み(ビンタと爪跡)と、精神的な拷問(至近距離の脱衣)。祐二は天を仰いだが、そこには依然として、陽光に輝く彼女たちの白い肌が視界の端で躍動していた。




