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未練なんてありませんが?  作者: 九条 睦月


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47.秘めた想い

「私は……姉上に何かあれば、自分がどうなるかわかりません」

「エヴァン?」


 エヴァンの瞳が心細げに揺れる。

 それは、うちに来たばかりの頃のエヴァンを彷彿とさせ、私は思わず立ち上がり、エヴァンの隣に座ってぎゅっと抱きしめた。


「そんなこと言わないで。エヴァンは大丈夫。何があってもだいじょう……」

「大丈夫などではありません」


 私の言葉を遮り、エヴァンの腕が私の肩に回る。そして、更に引き寄せられた。


「エヴァン……」

「ずっと……ずっと、姉上をお慕いしていました。……初めて会った時から」

「エヴァン?」


 驚いて、エヴァンから離れようとした。

 けれど、エヴァンが私を離さない。それどころか、私の顔を覗き込み、切なげな瞳を向ける。

 心を鷲掴みされ、私はどうしていいのかわからなくなった。


 エヴァンは、私をずっと大切にしてくれた。

 いつだって助けてくれた。

 ──二つ年下の、可愛い義弟。

 ずっと守っていくのだと決めていた。けれど、いつの間にか私の方が守られていて……。


「姉上……いえ……ニコラ」

「!」


 名前を呼ばれた瞬間、心臓が大きな音をたてた。と同時に、バクバクと暴れ始める。


 どうしよう。顔が、身体が熱い──。


「私は、あなたを愛しています」

「……っ」


 しばらくの間、呆然とする。息をするのを忘れるほど。


 エヴァンが……私を……?


「まだ、伝えるつもりはありませんでした。この夜会を無事に終えて、帰国し、全てを整えてから……そう思っていたのです。ですが、あんなことがあり、いつ何があるかわからないと痛感しました。何があっても私の気持ちは変わりません。ですが、一刻も早く伝えたい、伝えなくてはと思ったのです」

「……」


 エヴァンが、少し困ったような顔をした。


「けれど、明日にならないと伝えられない。そう思ったら、なんだか眠れなくなってしまったのです。そこで、外の空気を吸って落ち着こうと思いました。そうしたら……あね……二コラがいた」


 姉上、と言いかけ、名前に言い換える。

 それが妙におかしくて、そして──愛おしいと思った。


 フランシスに襲われた時、私は何を思ったか。誰を思ったのか。

 今でもはっきりと覚えている。

 私は、お父様でもお母様でもなく、エヴァンに助けを求めたのだ。

 他の誰も思い浮かばなかった。


 あの時、私は自覚したのだ。

 私の中でどんどんエヴァンの存在が大きくなっていって、エヴァンがいないことなんて考えられなくて。そして、誰よりも大切に思っている。……もう、弟ではなくなっていたんだと。


 それが、いつからなのかわからない。

 フランシスとまだ婚約が継続していた最中なら、心の中だけだけれど、私は浮気をしている。


「私……ね、あの時、ずっとエヴァンを求めてた。そして、信じていたの。エヴァンは絶対に来てくれる、私を助けてくれるって」


 そう言って笑うと、エヴァンの瞳が大きく見開いた。


「あの時、エヴァンのことしか考えられなかったの。……私、フランシスのことをとやかく言えないわ。いつからかわからない。私がエヴァンを……弟として見ていなかったなんて」

「……二コラ!」


 きつく抱きしめられる。それが、泣きたいくらいに嬉しくて。

 ──こんなのもう、弟なんかであるはずがない。


 でも、もうここまできたら認めるしかないではないか。

 私も。私だって。


「エヴァンを愛してるの」

「……私は、夢を見ているのでしょうか」

「夢なんかじゃないわ」

「だとしたら、もうすぐ天に召されるのでしょうか」

「それは困るわね。私を一人ぼっちにするつもり?」


 エヴァンが泣き笑いの顔になる。そして、何度も首を横に振った。


「絶対にしません!」


 顔を見合わせ、笑みを交わす。

 薄闇に輝く銀の髪、そして、深い藍色の瞳。淡い明かりの中でも、その藍は髪の銀より印象的だ。

 見惚れていると、エヴァンが私の髪をひと房掬い、口づけた。


「エヴァンっ……」


 私の髪は明るめの茶色で、貴族にも平民にも多い色だ。

 こんな時、エヴァンみたいな綺麗な銀だったり、フランシスみたいな見事な金色だったらよかったのに、なんて思ってしまう。

 ポーリーン殿下も美しい金髪で、いつも自慢していた。そして、平凡な私の髪色をよく貶していた。

 なんでもない振りをしていたけれど、密かに傷ついていた。髪色のことは、コンプレックスでもあったから。

 だから、つい呟いてしまった。


「私も、もっと綺麗な髪色だったらよかったのに」


 すると、エヴァンは驚いたように目をぱちくりとさせ、クスッと小さく声を漏らした。


「何を言っているんですか。二コラの髪の色は明るくて、優しくて、温かい。この柔らかな茶色が、私の一番好きな色です」

「……っ」

「あ、しまった。澄んだ水色も大好きです」

「……っもう」


 水色は、私の瞳の色だ。

 エヴァンの言葉に、ますます顔と身体が熱くなる。きっと、私の顔は真っ赤に染まっている。


「二コラ」


 おずおずと顔を上げると、こちらを射るように見つめるエヴァンの顔が目に飛び込んできて、息を呑む。

 エヴァンは私の手を取り、甲に唇を寄せた。


「私と結婚してください」

「……エヴァン」

「学院を卒業したら、すぐに。そうですね、来年の春には」

「え? ちょっと待って」


 エヴァンが卒業するまで、あと二年あるのだけど? 来年の春は無理じゃない?


 そう言おうとしたけれど、その前にエヴァンが言った。


「飛び級します。問題ありません。飛び級しても、優秀な成績で卒業しますよ」


 その言葉に、私は肩を竦める。


「……わかっているわ。エヴァンのことだし、主席なのよね?」

「もちろん狙います」


 思わず笑みが零れた。

 エヴァンならやってしまうのだ。易々と。

 けれど、影では必死に努力していることを私は知っている。

 そんなエヴァンだから……好きなのだ。


「で。二コラ、結婚してくれる?」


 今度は、首を斜めに傾け問うてくる。

 きゅるんと瞳を輝かせ、まるで子犬のようである。


 ……くぅっ! 可愛いがすぎる!


 可愛くて、格好よくて、頼りになって。

 令嬢たちがエヴァンに群がるのが痛いほどよくわかる。

 だけど、本当に申し訳ないけれど、私は気づいてしまった。

 気づいたからには、もう戻れない。


 ごめんなさい。エヴァンは誰にも渡したくないの。


 私は、エヴァンににっこりと微笑み、大きく頷く。


「……はい!」


 エヴァンの顔が、幸せそうに破顔した。

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