46.眠れぬ夜
アシュベリー子爵令嬢の聴取が終わって全員が解散したのは、王太子殿下の予告どおり夜遅くとなった。
グローリア殿下とウィリアム殿下は王宮に滞在しているが、私たちは宿に戻らなくてはならない。
お父様とお母様はすでに戻られている。私とエヴァンは馬車を用意してもらい、宿に向かった。
車中、私たちは一言も発しなかった。話ができる気分じゃなかったのだ。
宿に戻って両親に顔を見せると、二人はホッとしたような表情になり、私を抱きしめた。エヴァンにも手を伸ばすが、さりげなく避けられてしまい、二人は苦笑いを浮かべる。
養子とはいえ、お父様もお母様も、エヴァンを本当の息子として可愛がっている。
大きくなったとはいえ、まだ学生の身。両親としてはまだまだ可愛がりたいところなのだろうけれど、エヴァンは照れ臭いようだった。
部屋に戻り、寝支度を終え、ベッドに入る。
今日は本当に疲れた……。
私は瞳を閉じながらも、アシュベリー子爵令嬢の話を思い起こす。
彼女は、ずっと我慢強く耐えていた。
いつかまた、ムーア卿が振り向いてくれる、そう信じて。
しかし、そんな日は来なかった。来ないどころか、とことん軽んじられ、いいように使われた。
これは、完全にムーア卿が悪い。私はそう思う。でも、彼女はそう思わなかった。
いや、心のどこかでは思っていただろう。けれどそれ以上に、彼女の憎しみはポーリーン殿下へと向かった。
ムーア卿の無茶ぶりにあえて応えたのは、全てポーリーン殿下を陥れるためだった──。
そのために、それが悪だと知りつつ協力したの……?
彼女は、作り上げたものがオマリー絹に似て非なるものだとわかっていた。
仮に、本物を作り上げられたとしても、この行為はオマリー商会を敵に回すことになる。オマリー商会を敵に回せば、エイベラル王国の社交界で生きるのは困難になる。それも、彼女はちゃんとわかっていた……。
結局、彼女は捕らえられてしまった。
私の危機を無視していれば、あるいは逃げおおせたかもしれない。けれど、彼女はそこまで堕ちていなかった。
彼女にどのような罰が与えられるのか、それは帰国してからの話になるけれど、私の心はもやもやしている。
無罪放免といかないのはわかる。けれど、罰が与えられるのは……切ない。
実は、アシュベリー子爵令嬢がある程度関わっていることについては、殿下方は把握していたそうだ。でも、あえて泳がせていた。
──ポーリーン殿下には、盛大にやらかしてもらう必要があったから。
これも、なんだかやるせない。
ポーリーン殿下は、シリル殿下に離縁され、護衛たちとともにエイベラル王国に強制送還されることが決まっている。
おそらく、護衛たちは騎士の職を失う。その後は、厳しい人生が待ち受けているだろう。
ポーリーン殿下はどうなるだろうか。
あの甘い国王ご夫妻も、さすがに今回ばかりはお咎めなしにはできないだろう。
そんなことが、頭をぐるぐる駆け巡る。
疲れているのに眠れない。
私は起き上がり、伸びをする。
「だめ。ちっとも眠くならないわ。気分転換に外の空気を吸いに行こう……」
こんな真夜中に外に出るなんて褒められたことではない。
でも、宿の敷地内ならそれほど危険はないだろう。
私は上着を羽織り、音を立てないように部屋を抜け出した。
*
裏口を出ると、庭が広がっている。
客の目を楽しませる草花もあるけれど、庭園というほどではなく、こぢんまりとした庭という感じだ。
草や土、花の匂いが鼻孔を擽る。すると、昂っていた精神が少しずつ落ち着いていった。
私は、ぼんやりと景色を眺め、空を見上げる。星も月も見えない。
宿の従業員がまだ働いているのか、部屋から漏れる明かりがあるからなんとなくは見えるけれど、それがなければ真っ暗闇だ。
しばらくの間、ぼんやりとしていた。
すると、後方でガサリという音がする。私はすぐさま後ろを振り返った。
「……誰?」
「その声は……姉上?」
「エヴァン!」
近くまで来るとわかる。
エヴァンは、少し怒ったような顔をしていた。
「こんな時間に一人で外に出るなんて!」
「外と言っても、宿の敷地内だし……」
「それでも! 何かあったらどうするつもりなんですか!」
「ご、ごめんって……。そんなに怒らないで」
「姉上が怒られるようなことをするからでしょう! ……ったく」
それなりに高級宿だから、敷地内なら危険はないと思ったのだけれど、心配性のエヴァンからするとそれでもだめらしい。
エヴァンは溜息をつき、コテンと額を私の肩に乗せた。
「心臓が止まるかと思いました」
「……ごめんなさい」
「いえ。……姉上も眠れないのですね」
エヴァンも私と同じ気持ちなのだろうか。
「ええ……いろいろと考えてしまって。エヴァンも?」
「私は……姉上とは少し違うかもしれませんが、眠れないのは同じです」
「違うの?」
「はい、おそらく」
「ふぅん……」
なんだかよくわからないけれど、エヴァンも眠れなくて気分転換をしようと思ったようだ。
エヴァンは顔を上げ、表情を和らげた。
「お互い眠れないなら、少しお話しませんか?」
「そうね。賛成!」
「ですが、いつまでも外にいると身体によくありません。もしよろしければ、どちらかの部屋に行きませんか? ……あまりいいことではありませんが、二人だけの秘密で」
確かに、未婚の男女がこんな時間に同じ部屋にいるのはいただけない。
けれど、こっそりなら……。
「私がエヴァンの部屋へ行きましょうか?」
「いや、でも……ああ、どちらでもさほど変わらないか。でもやっぱり……」
エヴァンが何やらブツブツと呟いている。
首を傾げていると、やがて彼は意を決したように言った。
「姉上がこちらに来る方が、バレた時に問題がありそうです。私が姉上の部屋にお邪魔してもいいでしょうか?」
「ふふ。どっちでも同じだと思うけど」
「万が一の時は、私が全て被ればいいのです」
「それはだめよ」
何かというと、私を庇おうとするエヴァン。
少しの間言い合いをしたけれど、結局は私が折れた。そうしないと、話が進まないから。
こっそりと部屋に戻る。──エヴァンとともに。
小さな明かりを灯し、私たちは向かい合う。
「お互い眠れなくて外に出るなんて、偶然もいいところよね」
おかしくなって笑みを漏らすと、エヴァンが真っ直ぐに私を見つめてきた。
その真剣な瞳に、私の喉がコクリと鳴った。
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