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未練なんてありませんが?  作者: 九条 睦月


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36.身から出た錆

 私は振り返り、お父様にお母様、そしてエヴァンの顔を見る。その場には、グローリア殿下もいた。

 そこにいる全員が、ゆっくりと頷く。

 私は、覚悟を決めた。


「オマリーシルクの製法は、門外不出となっております」

「あら、盗んだわけじゃないわよ? 秘密の技術といっても、研究するのは構わないはず。それに、秘密はどこからか漏れるものなのよ」


 盗んだも同然のくせに、ふてぶてしいにも程がある。

 これなら、今から私がすることに対しても罪悪感を抱かずに済む。ありがたい話だ。

 私は小さく深呼吸し、真実を暴露した。


「恐れながら申し上げます。ポーリーン殿下は、オマリーシルクの技術を手に入れておりません」

「はぁ? 何を言うの! 私は同じ製法で作った絹で、このドレスを仕立てたのよ!」

「同じ製法ではございません」

「なっ……」


 ポーリーン殿下はキッと私を睨みつけ、ドレスを翻してみせた。


「御覧なさいよ! この美しい光沢を! それに、光に反射して虹色が出ているでしょう? これは、正真正銘のオマリーシルクよ!」


 どうだと言わんばかりの彼女の表情に、私は痛ましげな視線を向ける。


「いいえ。それは、オマリーシルクではございません」

「なんですって!?」


 会場全体が、水を打ったように静まり返った。


「オマリー伯爵令嬢、どういうことか説明してもらえるか」


 若干掠れた声で、国王陛下が後を促す。

 私はそれに首肯し、皆にもわかるように、献上したものの一本をこちらに戻してもらった。

 それは、ポーリーン殿下のドレスと似た、赤色のオマリーシルク

 私は、それを大きく広げてみせた。──ポーリーン殿下のすぐ隣で。


「おぉ……これは……」

「ここから見てもわかるぞ。明らかに違っている」

「比べてみると、よくわかるわね」


 静かな会場が再びざわめき出す。

 貴族や商人たちの声が、ここまで聞こえてくる。


「そんなはずっ……」


 ポーリーン殿下は、自分のドレスと私の持っている布とを見比べる。何度も何度も目線を動かしながら。


「い、色は、少しくらい違っていても当たり前じゃない! この布とは違う赤なのよ!」

「いや、それだけじゃない」


 シリル殿下が前に出て、なるほどと言ったように頷いた。

 先ほどは妻を庇った彼も、もうそれは諦めたようだ。開き直ったように、二つをよくよく見比べている。


「それだけじゃないって、どういうことよ!」

「都合が悪くなるとすぐに癇癪を起こす。君の悪い性分だね。よく見てごらん、光沢も違うし、虹色だって違う」


 シリル殿下の言うとおりである。

 光沢は、偽物の方はぼんやりとしている。そして、虹色も曖昧だ。これは、比べてみて初めてわかるものだろう。

 もちろん、私たちなら比べなくてもすぐにわかる。

 色味については、二つが全く同じ色ではないことから、ポーリーン殿下の言うことは間違いではない。けれど、光沢と虹色を見れば、彼女のドレスが偽物で仕立てられたことは明白だった。


 ……染色も、ちょっと荒いところが見られるけどね。


 工房を辞めた染色職人の見習いたちは、そこそこの腕があった。淡い色はまだまだでも、濃い色なら職人並みと言えるほど。

 でも、やはり見習いは見習い。本物の職人には敵わない。これだって、見る人が見ればわかることだ。


「……っ」


 ポーリーン殿下は、悔しげな表情で黙りこくる。

 ここで「同じだ」と言えば、自らの審美眼が疑われることになるし、今更違っていると認めることもできない。

 そして、皆はもう彼女が間違っているとわかっている。


 ──前にも後ろにも進めない。


「再び惑わせてしまって、本当に申し訳ない。ポーリーンは疲れているようだ。彼女はすぐに下がらせよう。……シリル」

「かしこまりました」

「私はっ……!」


 どうにか反論したくても、その余地がない。

 ポーリーン殿下は、シリル殿下に引きずられるようにして夜会から退場する。

 彼女の護衛たちも後に続く。その背中には、哀愁が漂っていた。

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