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未練なんてありませんが?  作者: 九条 睦月


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35.悪足搔き

「あははははは!」


 辺りに響き渡る、突然の笑い声。

 皆は、一斉に声のする方を向く。

 そこにいたのは、シリル=グランデ第三王子殿下だった。ポーリーン殿下の夫である。


 見た目にそぐわず、豪快に笑う方なのね……。


 艶やかな黒髪に、鮮やかな碧眼が目を引く。全体的に線が細く中性的で、とにかく美しい人だ。まるで、神が丹精込めて造り上げたかのように。

 これほどの容姿なら、ポーリーン殿下が喜び勇んで輿入れしたのも頷ける。

 でも今は、そんなイメージをぶっ壊すかのごとく爆笑していた。


「シリル」

「……失礼いたしました、陛下。そして、この場にいる全ての方に謝罪しましょう。私の妻があまりにもおかしな冗談を言うもので、つい」


 その言葉に、会場の雰囲気が和らぐ。

 「なんだ、冗談か」「驚いた」「本気にしてしまいそうになったよ」と、そんな言葉が耳に入ってくる。

 ただ、私の目の前にいるポーリーン殿下の眉は吊り上がり、細い身体がワナワナと震えていた。


「冗談ではっ……」

「ポーリーン、君の前にいるのは誰だ? 二コラ=オマリー伯爵令嬢だよね。オマリーシルクを生み出し、世に広めた功労者だ。先ほどの君の言は、そんな相手を貶めるものだろう。……やはり、君はこの場に相応しくない。私も一緒に行くから、もう下がろう」


 ポーリーン殿下の叫びを途中で制し、シリル殿下が小声で囁く。

 それは凄みを帯びており、有無を言わせない迫力があった。ポーリーン殿下を黙らせられるのだから、たいしたものである。

 皆には聞こえていないけれど、ここにいる私と王族の皆様には聞こえている。

 ポーリーン殿下はきょろきょろと視線を彷徨わせるが、助け舟を出す者などいない。


「ポーリーンは、この華やかな雰囲気にはしゃいでしまい、思わぬことを口にしてしまったようだ。私からも謝罪する」


 なんと、国王陛下まで謝罪し、先ほどのことをなかったことにした。

 こうなると、ポーリーン殿下にはどうすることもできない。

 普通なら、ここで引き下がるだろう。しかし、彼女は普通ではなかった。

 ここで止めておけばよかったと、後で死ぬほど後悔するようなことを叫んだのだ。


「思わぬことではありませんわ! 私のこのドレスは、新しいオマリーシルクで仕立てたものですのよ。献上されたものと同じ、この鮮やかな色が証拠ですわ!」


 確かに、ポーリーン殿下のドレスの色と同じような鮮やかな赤も献上した。

 でも、と私は内心で愚痴を呟く。


 赤は赤でも、全然違うわ! 一流の職人が染めた赤と、見習いが染めた赤を一緒にしないで。それに、()()()()()()()()なんだからね! 


 その間にも、ポーリーン殿下は自分のドレスについて、そして手に入りづらい新オマリーシルクを仕入れた自らの功績を朗々と語っていた。

 そして最後に、こう繰り返す。


「私を通してなら、オマリーシルクがすぐに手に入るのよ!」


 そして、更に恐ろしいことを言い放った。


「オマリー商会を通す必要なんてないわ。同じ製法で作られたものなら、他から買っても同じでしょう? 私は、オマリーシルクの製法を手に入れたのよ!」


 会場がざわりと揺れる。


 これはもう収拾がつかなそうね。

 ……せっかく、シリル殿下が取りなしてくださったというのに。

いつも読んでくださってありがとうございます。

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