03.エヴァン=オマリー
「姉上、今よろしいでしょうか?」
ノックの音とともに、部屋の外から声がした。
私は思考を断ち切り、ドアへと向かう。
「エヴァン、どうしたの?」
私はドアを開けて義弟を迎え入れる。
彼は資料を手に、私の部屋へと入ってきた。
「実は、オマリー絹が美しく染まる染料を見つけまして」
「まぁ、本当に? 資料、資料を早く見せて!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください、姉上!」
急く私をどうどうと落ち着かせ、エヴァンが持っていた資料をテーブルに広げる。
私は、食い入るようにそれを見つめた。
「これは、隣国の工房ね。特殊な技術が使用されているって……いったいどんな技術なのかしら? 気になるわ!」
「門外不出の技術で、今後もこの工房だけに引き継がれていくようですよ」
「そうなのね……。あ、これがサンプルね。わぁ……本当に綺麗! これほどの青は見たことがないわ!」
美しい青色に染められたオマリー絹のサンプルを見て、私は感嘆する。
オマリー絹とは、我が家の持つ特別な技法で織られた絹織物のことだ。この技術は特許を取っているため、うちでしか使用できない。他が使用するにしても、高い特許料を支払う必要があるので利益が出にくいのだ。
オマリー絹は、他のどの布よりも肌触りがよく滑らかで、表は光沢があり、裏は光沢がなくサラサラしている。物によって裏表どちらも使える、最高級の生地だ。
オマリー絹の糸は、ルアンスパイダーという黄色い蜘蛛型魔獣から取られ、元はミルクのような色をしている。それを様々な色に染めるのだが、結構手間暇がかかる。元の乳白色が強くて、白色や白を基調とした淡い色、逆に鮮やかな色も綺麗に出ないのだ。だから、色の品揃えは、乳白色を基調としたもののみ。
これが唯一の欠点だったのだけれど、エヴァンが持ってきた資料にある工房の技術なら、それを払拭できる!
意気揚々と顔を上げると、エヴァンが大きく頷いた。
「気に入っていただけたようですね」
「もちろんよ! ありがとう、エヴァン!」
この工房にお願いすれば、色のバリエーションが少ないというオマリー絹の欠点が解消され、更に価値が上がる。
心が最高潮に浮き立つ!
エヴァンは、オマリー伯爵家にやって来たその日から、家のため、商会のために尽くしてくれていた。
彼は、将来家と商会を継ぐ私の片腕として働いてもらうため、遠縁から迎えた養子だ。
婚約者のフランシスは騎士だ。結婚後も、そのまま騎士を続ける。だから、夫の補佐は期待できない。それを見越してのことだった。
こちらの都合だけで迎えたエヴァンだが、彼の有能さは皆の想像を軽く超えた。
父から直々に教育され、鍛えられ、あっという間に補佐として認められるようになったのだ。最近では、母が担当する細々とした仕事まで手伝うようにもなり、とても頼りにされている。
エヴァンは両親の心をガッチリと鷲掴み、いまや私よりも重宝されているかもしれない。
ちょっと面白くないけれど、負けてなるものかとも思う。
エヴァンが頑張れば、私も頑張らなきゃと奮起するし、困ったことがあれば、お互い相談しあったりもする。
エヴァンは私にとって、同士であり同志なのだ。
「ぜひ、こちらの工房と取引したいわ。そうだ、お父様は何て?」
「オマリー絹については、すでに私たちに一任されています。このまま話を進めましょう」
「そうね。この青はもちろんだけれど、他の色はどうしましょう! ルアンスパイダーの糸は、淡い色が特に綺麗に出ないのよね。淡いピンクや黄色とか、絶対に欲しいわね。他には……」
「姉上、楽しそうですね」
「ええ! すっごく楽しいわ!」
少し前までの重い気持ちがどこかへ飛んでいってしまったようだ。
考えると憂鬱になる婚約者のことなど頭の隅にでも追いやって、今は商売のことに集中しよう。その方が建設的だ。
私は軽く頭を振り、エヴァンに満面の笑みを向けた。
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