27.姉と弟の苦悩
「姉様、今よろしいでしょうか」
部屋を訪ねてきたのは、一番末の弟であるウィリアムだった。
グローリアは少々驚きながらも、ウィリアムを中へ招き入れる。
「ウィリアム、こんな時間にどうした?」
王宮もシンと静まり返る真夜中、彼がこのようにグローリアを訪ねてくるのは珍しいことだった。
「明日は早朝から出発されるというのに、申し訳ございません」
「いや、構わない。留守中の引継ぎ内容に漏れがないか、確認していた」
「姉様は仕事熱心ですね。どこぞの王子や王女……いや、もう王女ではありませんね。元王女も見習ってほしいものです」
「ははっ、その毒舌も久方ぶりだ」
「今は、姉様しかいないので」
きょうだいの中でもっとも淡々としているウィリアムだが、実は毒舌家でもある。
といえど、そんな顔を見せるのは、王太子テレンスか、グローリアとの間だけなのだが。
「もう準備はお済み……ですよね」
「あぁ。隣国へ行くこと自体は構わないが、夜会となると気が重いよ。その上、あの愚妹と顔を合わせるとなると、更にな……」
「ヨハン兄様は、相当羨ましがっていましたけれどね」
「自分も行くと散々主張していたな。産業振興に全く関係のない者が、どうして行けると思うのか」
「頭がお花畑な愚兄は、グローリア姉様が行く理由についてもよくわかっておられないようですよ」
「……悩ましいことだ」
「まったくです」
グローリアがオマリー絹事業におおいに関わっていることは、大抵の貴族の知るところだ。
なのに、身内であるヨハンが把握していないのは、不勉強もいいところである。ポーリーンでさえ、知っているというのに。
いや、高級布でなければ知らなくてもおかしくない。最高級のドレスに関わるものだから、知っているにすぎないのだ。それに……
自分の一番のお気に入りと婚約を結んでいた女が、この事業における最高責任者だったから。
最初はそれを利用しようとしていたようだが、あの頭の軽い愚妹にどうこうされる者ではない。二コラ=オマリーという女性は。
自分の思いどおりにならない二コラを蛇蝎のごとく嫌い、何かというとマウントを取り、ちゃちな嫌がらせをし、最終的には婚約を破談にしてしまった。
ポーリーンに甘い両親にも困ったものだが、一応仕事はきちんとこなしている。ポーリーンのことがなければ、それなりに良い為政者と言ってもいい。
しかし、お花畑な第二王子と、いつまでも幼子のような振る舞いをする元第二王女は、本当にいただけない。
「妹は、ちゃんと妃をやれているのだろうか」
「無理に決まっているじゃないですか」
即答である。
わかってはいたが、グローリアはガクリと肩を落とすしかなかった。
「ああ……行きたくない……」
「まぁまぁ。色鮮やかなオマリー絹で仕立てた素晴らしいドレスをお披露目するのは、姉様の重要なお仕事ですよ」
「そんなもの、二コラに任せればいい」
「姉様は、二コラ嬢の最大の支援者ではありませんか。それに……どうやらあちらで怪しい動きがあるようですよ?」
「なに!?」
項垂れていたグローリアが、ガバリと身を起こす。
怪しい動きとはいったい……?
ウィリアムはより声を潜め、囁くように言った。
「考えの足りないあの方が、冒険者ギルドを通して、秘密裏に入手したものがありました」
「何だ?」
「……ルアンスパイダーの糸です」
「は?」
ルアンスパイダーの糸は、冒険者ギルドなどを通せば、それなりの量を手に入れることができる。
オマリー絹が市場を席捲して以降は、一般にも流通しているのだが、常に品薄状態である。
だから、冒険者ギルドに依頼をした。それなりの量が、早急に必要だったということだ。
「あああああああ、もう嫌だ。ますます行きたくなくなった!」
頭を抱えてテーブルに突っ伏す姉を、気の毒そうに眺める弟が一人。
彼は追い打ちをかけるかのように、彼女の肩をトントンと軽く叩いた。
「オマリー商会が契約している染色工房で見習いが一人退職し、織物工房の見習いが三人退職したそうです。ほぼ同時期に。あれのやろうとしていることは、もうわかりましたよね?」
とうとう「あれ」呼ばわりになっている。
グローリアは頭を抱えたまま、いやいやというように何度も首を横に振った。
「わかりやすすぎだろう! ……だが、糸と職人を手に入れただけではどうにもならない! オマリー絹には、秘匿されている技術がある!」
「その技術も、手に入れたとしたら?」
「……考えたくもない」
新オマリー絹を献上するのは、国王夫妻にのみだ。それを知ったポーリーンがおとなしくしているはずがない。
そのことは考えたが、ないものはない。どうしようもない。さすがの彼女も、諦めるしかないだろうと思っていたのだが……。
「昔から、こういった悪知恵は働くんですよねぇ……」
「もっとちゃんとしたところに活かしてくれ……」
「本当に」
グローリアとウィリアム、二人同時に大きな溜息をつく。
「あれがやらかすことは決定事項です。そして、それが一つだけとは限らない。なので……私も隣国へ向かうことになりました」
「ウィリアム!」
「テレンス兄様に頼まれました。姉様だけでは手が足りないこともあるかもしれない、と」
「助かる!」
グローリアは、まだ執務中であろうできた弟に向かって、最大の感謝を捧げる。
そんな姉の姿に小さく笑みを漏らし、ウィリアムは席を立った。
「それでは、私はそろそろ失礼いたします」
「ああ。……知らせてくれてありがとう、ウィリアム。面倒をかけるが、よろしく頼む」
「面倒をかけられるのは姉様にじゃありません。それに……グローリア姉様の力になれることは、私の喜びでもあるのです。お気になさらず」
そう言って、ウィリアムは退出する。
出て行く間際の彼の微笑みに、グローリアも柔らかい笑みで返した。
心の準備のあるなしで、結果が全く違ってくる。
「何かやらかすかもしれないとは思っていたが……確定か。あいつは、一度痛い目を見ないとわからないようだ。今回ばかりは、あのデロ甘の両親には口を一切出させない」
グローリアは、固く決心するのだった。
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