21.思い知らされる現実
王太子の結婚時のような、民をも巻き込む盛大な式ではなかったが、それなりに派手な結婚式を挙げた。
神の前で誓いの口づけを交わす二人は、その見目麗しさもあり、神々しささえ感じられた。
ポーリーンは幸せの絶頂で……。
これから先も、この幸せが続くものだと思っていた。彼女だけではなく、ついてきた護衛五人、全員がそう信じていた。なのに──
式が終わった日の夜。
妖艶な夜着に身を包んだポーリーンの元へやって来たシリル。これから二人の初夜が行われる……はずだった。
だが、完遂されることはなかったのだ。何故なら、ポーリーンがその前に眠ってしまったから。
二人の寝室は、メイドたちによってムード満点の演出が施されていた。
女性をより美しく照らし出す明かりに、男性の気持ちを昂らせるような夜着、女性の精神をリラックスさせる香もたかれ、準備万端だった。
にもかかわらず、シリルがやって来て、ポーリーンを抱き寄せた後の記憶が彼女にはなかった。
彼女が目覚めたのは次の日の昼前であり、もうシリルの姿はなかった。ポーリーンは己の身体を確認し、初夜がなされていないことを知るや、シリルの元へ突撃した。
執務中ではあったが、この時は部屋に入ることが許された。そして、シリルから驚くべきことを告げられる。
『よほど疲れていたのだろう。私が抱き寄せると、安心したように眠ってしまったんだよ』
ポーリーンは、羞恥で顔を真っ赤に染めた。シリルはそんな彼女に、気にしなくてもいい、気持ちが落ち着いてからで構わないと言ってくれた。
なにせ、グランデ王国に来てから、さほど日にちを置かずに結婚したのだ。普通なら、王族の婚姻には年単位の日数がかかるものだ。それを、わずか数ヶ月で行ったのだ。
ポーリーンもグランデに来て間もない。環境に慣れるだけでも大変だ。式の緊張もあったろうし、疲れが出てしまっても仕方がない。
「シリルが今すぐにでも結婚したいってことで、準備期間も最短にしたんでしょう? なのに、ひどいわよね」
それなのに、結婚後のシリルはポーリーンに対して素っ気ない。
ポーリーンも護衛たちも、シリルの気持ちがわからず首を傾げるばかりである。
そこで、なんとか不機嫌な彼女の気分を変えようと、ジェイクが新しい話題を提供した。
「そういえば、エイベラルでは新しいオマリー絹が登場し、女性が夢中になっているそうですよ」
「オマリー絹? 色がダサくて、興味ないわ」
「いいえ、違うのです! これまでの色とは違い、鮮やかな色や淡い色のものが出てきたのですよ」
「なんですって!?」
ジェイクは、エイベラル王国に婚約者を残してきている。
彼の婚約者、クララ=アシュベリー子爵令嬢から、祖国の最新情報は常に入ってくるのだ。
「私も欲しいわ!」
「エイベラルでもなかなか手に入らないそうですが……クララに頼んでみます」
「よろしくね、ジェイク!」
ジェイクに笑顔を見せるポーリーン。その逆側にいるフランシスは、僅かに顔を背けた。
もし、二コラとの婚約を継続していたら、ジェイクなどよりも手に入れられる可能性が高かったのに。
いまだにこんな風に考えるほど、フランシスは二コラに未練を残していた。
ただし、それは自分にとって都合のよい駒としてだが。
フランシスは、眉間に皺を寄せる。
俺を愛しているはずなのに、どうしてあんなに簡単に婚約解消したんだ? いつもくっついているあの忌々しい義弟のせいか?
どうにかして、あいつは早々に二コラの元から離すべきだった。全部あいつ、エヴァンのせいだ。許せない。
フランシスの心に、どす黒い炎が上がった。それは、少しずつ燃え広がり、彼の心を蝕んでいく。
「私も、お父様やお母様、ヨハン兄様におねだりしておこうかしらね。二コラに頼んでも、どうせ聞いてくれないんでしょうし。本当に忌々しいったら……」
違う! あの小賢しいエヴァンが、二コラにおかしな入れ知恵をしているだけなのです。でなければ、あの優しかった二コラがあんな風になるわけがない!
そう叫びたい気持ちを抑え、フランシスは優しい笑みを浮かべた。
「ポーリーン殿下、私たちは、あなたの願いを叶えるために精一杯尽力する所存です」
「あなたのため、望むものを手に入れましょう」
フランシスとジェイクの言葉に、ポーリーンは微笑みを向ける。
「ありがとう。期待しているわ」
だが、この数日後、彼らは現実を思い知らされることになる。
三ヶ月後に開催される予定の、友好国エイベラルとの産業振興を深めるための夜会。この王家主催の夜会に、新オマリー絹が国王夫妻に献上されるとのことだ。
オマリー絹は、エイベラルでも注文が殺到しており、生産が追い付いていないらしい。故に、献上されるのは国王夫妻にのみ……。
このような状況で、ポーリーンが手に入れられるはずもない。
このことを聞かされた後、彼女は部屋に戻り、歯噛みしながら手当たり次第に辺りの物を投げつけ、破壊したのだった。
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