12.オマリー絹
ポーリーン殿下の輿入れが国民に公表されてから三ヶ月後、彼女は隣国、グランデ王国へと旅立っていった。彼女のお気に入りの専属護衛たちを連れて。
私はもうフランシスと婚約解消していたからいいようなものの、ジェイクという騎士には婚約者がいて、彼らは関係をそのままにしたらしい。
彼の婚約者は確か……アシュベリー子爵令嬢だったか。
彼女は貞淑で物静かな女性。そんな彼女は彼の言うまま、帰りを待つことにしたという話だ。
「ひどい話だわ」
私は、婚約解消後は仕事に邁進していた。
婚約の打診もいくつかきているようだけれど、皆お断りしている。
いくら相手がどうしようもない男に成り果てたとはいえ、八年も婚約していたのだ。それなりに情があった。縁が切れたからといって、すぐに次とはいかない。婚約を解消してホッとしたと同時に、心にぽっかりと穴が開いたような気持ちになるのも仕方ないと思う。
「アシュベリー子爵令嬢とその相手も、長い期間婚約を結んでいたのかしら……。だとしたら、そう簡単に切れるものでもないわよね」
二人の間に一切信頼関係がなかったのなら、あっさり切ることもできただろう。
でも、そうでないならば。
「……私は、切っちゃったけど」
フランシスがポーリーン殿下の専属になるまでは、私たちはそれなりになんとかやってこれていた。このまま私たちは結婚して、穏やかな日々を過ごすのだと思っていた。
段々と危うくはなっていたけれど、昔からの信頼関係はあったから、ポーリーン殿下ばかりを優先して蔑ろにされても、私はフランシスを待ち続けたのだ。いつかまた、昔みたいな関係が取り戻せると信じて──。
「はぁ……。ぼんやりするとだめね」
毅然とした態度でフランシスを突っぱねた私だけれど、傷ついていないわけじゃない。
だから、よけいなことを考えないよう、仕事漬けになっているのだ。
「よし……頑張ろう」
私は、資料に視線を戻す。
「オマリー絹の染色については、順調みたいね」
グランデ王国にある染色工房で開発された新技術によって、どうしても乳白色が前面で出てしまうルアンスパイダーの糸が、それ以外の色でも美しく染められるようになった。
サンプルを元に試行錯誤を重ね、十分満足がいくものになったのを機に、オマリー商会と工房は正式に契約を交わした。
「一週間後に製品が届くのね。楽しみ!」
製品とは、織られた布の一巻きのこと。注文したそれぞれの色を数本ずつ送ってもらい、実際にドレスや小物を仕立ててみるのだ。
布というものは、様々なものに加工される。加工後の状態も確認する。これは私のこだわりだった。
「グローリア殿下にも献上しなくちゃね!」
グローリアとは、第一王女殿下のことである。
オマリー絹は、彼女の協力があってこそ生まれた製品なのだ。
グローリア殿下は、女性ながら武術に優れており、騎士団を統括されている。そして、オマリー商会で扱う武具や武器を愛用してくださっている。その関係で、私たちは面識があった。
ある日、とある領地で魔獣が大量発生したという知らせを受け、彼女は部下の騎士たちを率いて討伐に向かう。
その領地は、彼女が管理している王族直轄領と隣接していたので、そこへ魔獣を追い込んだ。もちろん、領民が住んでいるエリア外にだ。そこで、魔獣を見事殲滅する。
人里離れた森で、彼女自身地形は把握していても、足を踏み入れたことはなかった。そういうこともあり、せっかくだからと森を探索することにした。
その時に遭遇したのだ。ルアンスパイダーに。そこら一帯は、彼らの住処となっていた。
ルアンスパイダーは魔獣といえど、こちらから攻撃しない限りは襲ってこない。なので、討伐対象外とされている。
そして、ルアンスパイダーから取れる糸は良質で、この糸を紡いで作られる布は、とてもしなやかで手触りもよく、高級とされている。
ただ、この糸で布を織るには、それなりの技術が必要とされる。しかし、そんな技術を持つ職人は、片手で数えられるほどしかいなかった。
この話をグローリア殿下から聞いた時、私は商機を見出した。
決して楽ではない事業。まずは、高い織物技術を持つ職人を増やすところから始まるのだから。
ルアンスパイダーは、飼育しようと思えばできる魔獣だ。
ルアンスパイダーを飼育する飼育場の建設、職人の育成と並行して織物工場の建設も必要だった。
ただ、オマリー伯爵家は領地を持たない。これが大きなネックとなった。それでも、私の中で諦めるという文字はなかった。
そんな私を気にしてくれていたのだろう。グローリア殿下が動いてくれたのだ。
彼女の管理する直轄領の一部を、オマリー伯爵家に賃貸する契約をとりまとめてくれた。
領地の人里離れた一角を借り受け、オマリー商会はルアンスパイダーを飼育し、糸を収穫。また、高度な技術を持つ織物職人の育成にも取り掛かった。
これを進言したのは私だけれど、事業開始の陣頭指揮を執ったのはお父様だ。
そんなこんなで誕生した、唯一無二の高級布、オマリー絹。
販売を開始した直後から、とんでもない数の注文が入った。
事前に、グローリア殿下の夜会用ドレスとしてお目見えしていたこともあり、女性たちは早くから注目していたのだ。
こうして、オマリー絹はオマリー商会の目玉商品となった。
そして現在は、お父様の手を離れ、製作から販売までの全てを、私とエヴァンに託されていた。
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