噓つき。
託されると煩わしいし、好かれると面倒くさいし、期待されると裏切りたい。そんな感情を、ずっと抑えて生きてきた。本当にずっと、ずっとずっとずっとずっとずっと。まだ、二十歳にもなっていないのに、もう限界だ。
なにもかも、滅茶苦茶にしてしまいたい。すべてに失望されてしまいたい。そういう、破滅願望のような、ナニカ。
わたしの中でうずいて、呻いて、浮かんで、消えてはくれない。こういうストレスなんかは、小さい内に解消しておけばよかったのに。後回しにした分、余計に我慢ができない。
これは食欲だろうか。すべてを喰らってしまいたい。すべてに喰らってしまいたい。これは睡眠欲だろうか、今すぐに目を閉じたい。今すぐに目を閉ざしたい。それとも、これは性欲だろうか。衆目環境の中でイってしまいたい。衆目環境の中でイかせてしまいたい。もしくは――自己顕示欲だったりするのだろうか。ただの目立ちたがり屋で、認められたいだけなのか。
仮初の自分が承認されようが、欲求は満たされない。常に欲求不満で、不都合で不安で不信で不幸で不公平だ。
全員、死んでしまえばいいのに。
わたしごと死んでしまえばいい。
早く死んでしまいたいのに、それよりも、人を死なせてみたい。人を壊してみたい。人をバラバラに分解して、ゴミを扱うようにしてみたい。欲望が滝のように頭の中を流れる。苦しめて、悲しませて、そんな生きかたをしてみたい。
抑えたくない。縛られたくない。どうか、わたしを制限しないでくれ。ルールなんて大嫌いだし、マナーなんて守りたくないし、常識なんて突き破りたいし、エチケットなんて捨て置きたい。許されなくていい。
そんな醜い衝動が引き起こした、とある事件――を他人事のように語ろうと思ったが、当然の如く当事者はわたしなので、きちんと当事者意識を持って語ろうと思う。当事者であり、加害者であり、被害者であり、犯人であり探偵であり助手であり警察でありヒーローでありヒロインであり親友であり家族でありモブでありなんでもありなあの物語を。
どうかご覧ください、とわたしは告げた。
「…………うん?」
目が覚めて最初に思ったことは、『どうしてお前らはのうのうと生きているんだろう』だった。お前らとは、つまるところこの地球上に生きる生物すべてだ。そしてそれは、昨日と同じだった。一昨日とも昨年とも。
率直に言わせてもらえば、わたしはこの世のすべてが大嫌いだった。お前らと同じ空気を吸っているというだけで、この上ない嫌悪感を抱いてしまうような人間だった。嫌悪しすぎて、思わず自殺してしまうぐらいには。そして今、わたしは病院のベッドで目を覚ましたというわけである――それすなわち、自殺は失敗に終わったということだ。これも、昨日と同じだった。一昨日とも、昨年とも。生まれた時からずっとこうだ。
というのは噓なので真に受けている人がいたら申し訳ない。どこからどこまでが噓でどこからどこまでが真実なのかについてはお前らが考えてほしい。自分で考えるという経験が乏しい人間は、将来碌な人間にならないだろうから。これは、お前らを気遣って言っている。というのは噓であり、真に受けている人がいたら申し訳ない。というのも嘘だ。わたしがお前らに対して申し訳ないなんて感情を抱くことはないし、気遣いなんてするわけもない。教育? 教育虐待ならしてやってもいい。それも、また嘘なのかもしれなかった。
虚言癖と言われることがよくあるが、もしくはお前らにはないように見えるかもしれないが、実際のところわたしが虚言癖であるかどうかについては『定義による』としか言いようがない。わたしは無意識も習慣も関係なく、ただただ意識的に、嘘を吐こうと思って噓を吐いているからだ。というのも噓なのかもしれないが、それらをいちいち疑っていたらきりがないと早めに忠告しておく。
それを言うなら、まず『噓』の定義について語らなければならない。それは本当にとても面倒であるため、わたしとしては早急に話を進めたいところだ。
「喉がガラガラだ。乾いている」
腕が拘束されていてすることがなかったので、わたしは色々と呟いてみた。呟くことしかできないので、わたしは喉の渇きを潤すことすらできない。不自由だ。不自由だ。不自由だ。不自由は、大嫌いだ。お前らと同じぐらいに。
まずひとつ言っておくと、『託されると煩わしいし、好かれると面倒くさいし、期待されると裏切りたい。そんな感情を、ずっと抑えて生きてきた。本当にずっと、ずっとずっとずっとずっとずっと。まだ、二十歳にもなっていないのに、もう限界だ。なにもかも、滅茶苦茶にしてしまいたい。すべてに失望されてしまいたい。そういう、破滅願望のような、ナニカ。わたしの中でうずいて、呻いて、浮かんで、消えてはくれない。こういうストレスなんかは、小さい内に解消しておけばよかったのに。後回しにした分、余計に我慢ができない。これは食欲だろうか。すべてを喰らってしまいたい。すべてに喰らってしまいたい。これは睡眠欲だろうか、今すぐに目を閉じたい。今すぐに目を閉ざしたい。それとも、これは性欲だろうか。衆目環境の中でイってしまいたい。衆目環境の中でイかせてしまいたい。もしくは――自己顕示欲だったりするのだろうか。ただの目立ちたがり屋で、認められたいだけなのか。仮初の自分が承認されようが、欲求は満たされない。常に欲求不満で、不都合で不安で不信で不幸で不公平だ。全員、死んでしまえばいいのに。わたしごと死んでしまえばいい。早く死んでしまいたいのに、それよりも、人を死なせてみたい。人を壊してみたい。人をバラバラに分解して、ゴミを扱うようにしてみたい。欲望が滝のように頭の中を流れる。苦しめて、悲しませて、そんな生きかたをしてみたい。抑えたくない。縛られたくない。どうか、わたしを制限しないでくれ。ルールなんて大嫌いだし、マナーなんて守りたくないし、常識なんて突き破りたいし、エチケットなんて捨て置きたい。許されなくていい。そんな醜い衝動が引き起こした、とある事件』――という下りはすべて噓である。だから、気にする必要はない。そもそも、こんなにもガラガラな喉でなにかを語ろうという気にはなれない。いや、なったところでどうせ語りはしないんだろうけれど。
「…………うう、あ」
なんとなく、呻き声を上げてみた。その声は誰にも届かなかった。当然である。ここには誰もいないのだから。この病院には、もう誰もいないのだから――なんてことがあるはずもなく、しばらくして様子を見にきた誰かが誰かに連絡をして、誰かをこちらによこしてきた。いい迷惑だ、とわたしは思うことなく、そもそも思える余裕なんてなかったので、わたしはただひたすらに耐えていた。
大嫌いなお前らに身体をまさぐられる。
それからしばらくして、すべてが終わった。
文字どおり。
数時間後に、巨大隕石が墜落するのだ。わたしの身体をまさぐったり、下着姿になるよう強要したり、よく分からない変な器具を心臓のある部分に当てたりしてきた誰かが、わたしを置いて大慌てで逃げ出した。わたしは拘束を解かれていたので、逃げることもできたが、この場に留まることにした。このまま死ねるなんて、願ってもいない幸運だと思った。いや、思っていないのかもしれなかった。
結局のところは、わたしはなにを思っているのだろうか。自分のことを客観的に見れないどころか、主観的にすら見れないわたしは、お前らがいつもやっているような、自身の気持ちを恥ずかしげもなく大っぴらにすることができないのだ。それができなきゃ、この世界では生きていけないのに。難儀な人生を歩んでいるな、と自分でも思う。
お前らには断じて見せたくないけれど、わたしに対してならわたしを見せてあげるぐらいのことはしてあげたい。わたしはどちらかといえば自分に優しい――言い換えるならば自分に甘いタイプなのだ。
自分に甘い――それはけして、悪いことではないとわたしは思う。それはなんでかって、そんなことを悠長に語っている場合じゃないことはお前らも承知の上だろう。
巨大隕石が墜落するのだ。さっきは数時間後に巨大隕石が墜落すると言ったが、それは真っ赤な嘘である。実際はあと数日ほどの猶予がある。つまり今考えるべきことは、余生をどう暮らすかである。
隕石で死ぬ前に、自殺をしてみるというのはどうだろう。いや、どうせ失敗するので、試しても無駄だ。今まではやることがなかったからワンチャンに賭けて自殺を試みていたけれど、今はやるべきことがある。それは、幸せになることだ。
数日――あと二日ぐらいの余命である。そろそろお好きに生きてぇって、そう考えても責められるいわれはない。だから、わたしはこれから幸せになる。
でも、わたしには分からない。幸せになるって、どういうことなんだ? 他人を踏みにじることだろうか? だとしたら、一番いいのは誰かを負かすことだ。ならば、どこかの大会で優勝してみるか? そうすれば、きっと色んな人を負かすことができる。お前らをグチャグチャにしてやれる。金玉が一個もないから、優勝して一個増やしてみるのもいいかもしれない。三百万で。それを夢見て、ちょっくら頑張ってみるか?
…………現実的じゃない、とは思わない。大抵のことはやればできる。たとえば今からフィギュアスケートを始めたとして、一日で四回転ルッツを飛べるかと問われれば、わたしは『飛べる』と自信を持って答えるだろう。プロアスリート玄人凄腕天才秀才、そんなお前らだって全員人間なのだ。わたしと同じく。だとしたら、同じ人間なのに同じことができない道理はない。才能なんて必要ない。人間として生まれてきたことがすでに才能である――もしくは、負の遺産。
もっとも、できない人間のお前らにはできないのかもしれない。できない人間のお前らがいたって、わたしとしてはどうでもいいとかしか思えないが、確か今は多様性の時代だから、えーと、なんだっけ? えすでぃーじーず、みたいな感じだっけ? そんな感じのが、お前らを守ってくれる。しかし、守られないお前らだって当然のように存在するということを認識していないわたしでは当然のようにないため、わたしは今わざと読みづらい風に語っているけれど、今この文章を読み飛ばしているお前らにはきっと伝わらないだろうな、閑話休題、守られない人はかわいそうだと思う。だけれど、わたしだってお前らに守られたことは一度もない。生きているだけで誰かに守られているということはあるのかもしれないが、そんな身の毛もよだつようなことを考えても仕方ない。
話を戻す。とりあえず、大会はナシだ。主催者がいない以上、どんなに優れた能力を持つお前らであっても、大会に出場することはできない――なら、大会じゃなければいい。
外に出れば、少なくとも誰かはいるはずだ。ソイツを叩きのめせばいい。簡単なことだ。難易度は下がってしまうが、その分爽やかな気持ちになれること間違いなしだ。お前らを叩きのめして爽やかな気持ちになれるのかと言われれば自信がなくなってくるけれど、わたしならなれると確信しているので問題はない。というのが噓かどうかを判断するのはお前らの仕事だが。
要するに、見境なく全員殺してしまえばわたしはそれら全員に勝ったということになるということだ。傍から見れば、隕石のせいで頭がおかしくなったヤツみたいに見えるかもしれないが、お前らからの目なんて気にしたこともないし興味もない。だから、何ひとつ問題は見当たらない。これ、いいかもしれない。簡単に勝てて、勝てば(おそらく)幸せになれる。コストパフォーマンスが最高だ。タイパはいまいちな気もするけれど、二日あるなら余裕だろう。拾分にひとりのペースで殺していけば、大体二百八十人に勝てる計算となる――なるほど。
それなら話は早くしなければ。わたしは外に出ることにした。
のんびりと、あるいは慌てて、あるいはトボトボと、あるいは狂って、あるいは恋人と手を繋いで歩くお前らを殺し続けること一時間。六人に勝ったわたしは、ひとつの結論に辿り着いた。その結論は、わたしにとっては最悪の答えであり、またその他大勢のお前らにとっては朗報だったのかもしれなかったが、そんなことはどうでもよく、わたしは思ったわけだ。
もしくは辿り着いたわけだ。
「…………つまんない」
そもそも、面白いわけがなかった。勝って、他人の人生を踏みにじって、お前らの邪魔をしたところで、わたしになんの得がある? わたしは変態ではないので、他人の不幸で喜べないのだ。だから、わたしはまた振り出しに戻ることとなった。まさか、自分は殺せないのにお前らのことは殺せるだなんて、思ってもみなかった。ちなみに、他人の不幸で喜べないのと同様に、他人の幸せでも喜べないし、なんなら他人がわたしを喜ばせることなんてできやしないのだけれど、そんなことは非常にどうでもよかった。今は非常事態なのだ。隕石云々よりも、わたしが幸せになる未来が見えないことのほうがよっぽど重要だった。
いや、予測してしかるべきだった。どうしてわたしはああも楽観的でいられたんだろうか。全然ピンチである。なんにも上手くいかないし、なにもかもがクソゲーで、ゴミみたいな人生なのに、幸せになれるなんて馬鹿らしすぎる発想だった。バカバカバカバカ。死ねばいいのに、と思った。あともうすぐで死ぬのにも関わらず。
美味しいものを食べたい。ふと、そう思えればよかったのに、そんなことは思えなかった。なにか、好きな本でも読み返そうかな、と思わなかった。好きな本がなかった。最後に、音楽にでも触れてみようかな、と考えなかった。音楽に興味がなかった。大切な人にでも会いに行こうかな、と考えられなかった。お前らは大切ではない。塵で芥で、滓で愚な人間失格どころか人間失敗だった。
失敗した。
勝とうとした結果、見るも無残に敗北した。
そんなこんなで、わたしが幸せになることはできなかった。
それが嘘かどうかを考えるのは、お前らの仕事である。案外、本当のことなんてどこにも書いていないのかもしれない。そうだったらいいな、とわたしは死ぬ直前になんとなく考えたのかもしれない。結局のところ、真実は明かされない。わたしと一緒に、一生を闇の中で過ごすこととなる真相に、最大限の同情を捧げる。




