003 新しい始まり
窓から差し込む陽の光で目覚めたアトは、眠い目をこすりながらベッドから起き上がり、着替えもせずに寝入ってしまったことに気づく。フィーがかけてくれた毛布をまくり、ベッドから立ち上がって外に出と、朝の凛とした空気で身を引き締める思いがした。
家の脇にある水場で、アトは手押しポンプで桶に水を汲み、顔を洗う。腰に下げた手拭いで顔を拭うと、両手で自分の頬を叩き、気持ちを引き締めた。
「よし」
と自分に気合を入れ、水場から川を目指して走り出した。
朝露で湿った地面は思いのほか走りにくく、気を抜くと転びそうになる。何度か体勢を崩し、転びそうになるのをこらえながら、川へと向かう緩やかな下り坂をアトは走り続けた。
川のほとりに着くと、アトは膝に手を当て肩で息をしていた。息を整え、来た道を家に向かって走り出したアトだったが、すぐに息が上がり足がもつれて転んでしまう。肩で息をしながら立ち上がるアトの胸に、悔しさが湧く。何に対して悔しいのかはアト自身も分かっていない。ただ、込み上げるような悔しさが胸の中に渦巻いていた。
立ち上がり走り出したアトのペースは、目に見えてゆっくりとしたものだった。
家に着くと、フィーが玄関に立ち、アトを待っていた。帰ってきたアトを見たフィーは水場を示し、
「着替えは持っていくから、汗を流して身を清めてらっしゃい。朝食は出来ているわ」
フィーに言われ、アトは水場へ向かう。水場に着くと、手押しポンプで桶に水を汲んでから、着ていた服を脱いで体を拭いた。その時、フィーが何も言わずに着る服や食事を用意してくれていたことに気づいた。
これまでのアトは、ただ悲しみの中で生きていた。しかし、フィーの言葉がアトを救ってくれていた。アトがフィーの言葉に救われたと自覚していなかったとしても、フィーの言葉でアトが前を向いたのは間違いなかった。そのことが、アトの心に、自分は一人ではないと、確かな希望を与えていた。
体を拭き終わったアトに、フィーが着替えを持ってきてくれた。フィーから着替えを受け取ったアトは、
「ありがとう」
呟くような小さな声でフィーに感謝の言葉を言った。
「何、なんて言ったの?小さくて聞こえなかったわ」
そう言ったフィーは、コロコロと少女のように笑っていた。その顔を見たアトは、
「なんでもないよ」
アトはそう言うと、頬を赤らめて服を被ってしまった。そんなアトの様子がおかしかったのか、フィーは声を上げて笑った後、
「さっさと着替えなさい。食事が冷めるわよ」
と言って家の中に入っていった。アトも急いで着替えると、家に入ったフィーを追いかけた。
食堂に入ると、フィーは席に座ってアトを待っていてくれた。
「いただきます」
そう言って、アトは食事を口に運んだ。アトの様子を見たフィーは微笑みを浮かべ、食事を口に運ぶ、食事が終わると
「ごちそうさまでした」
と言ったアトに、
「川までのランニングはどうだった」
と聞いて来た。
「朝露で地面が滑り易くて、帰り道で転んでしましました。あと、なぜかは分からないけど・・・、悔しく思いました」
アトが素直に思った事をフィーに話すと、フィーは微笑みながら、うんうんと頷いて、
「そう、悔しかったのね。そして、その理由は分からないと。そうか、あなた読み書きはできるの?」
「出来ない」
フィーの問い掛けに、恥ずかしそうに目を伏せてアトは答えた。
「そう。じゃあ、この後、私の部屋に来なさい。読み書きと計算を教えてあげるわ。知識も『強さ』の一つになるわよ」
そう言うと、アトの答えも聞かずに席を立ち、食堂から出ていく。アトも慌てて席を立ち、フィーを追いかける。
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