002 決意
フィーに助けられたアトがようやく外出できるまでに回復したのは、それから3日後のことだった。外に出られるようになったアトは毎日、フィーが自分を見つけてくれたという川のほとりへ足を運んだ。川辺に座り込むと故郷で母と過ごした楽しかった日々を思い出し、深い悲しみに暮れるのだった。
フィーと共に過ごすようになって一週間が経った頃、朝食の席でフィーがアトに問いかけた。
「あなた、これからどうするの?」
その瞳には、真剣な光が宿っていた。見つめられたアトは答えに窮し、鸚鵡返しに尋ねた。
「どうするの?…とは、どういうことですか?」
「言葉の通りよ。あなたがここで過ごすようになってから一週間、毎日のように川辺に通って泣いているわよね。
厳しい言い方になるけど、お母さんが生きている可能性は低いと思うの。あなたの故郷も、今は見る影もないと思った方がいいわ。アト君、あなたは天涯孤独の身になったのよ。ここまで、分かるでしょう?」
フィーの言葉は、アト自身が認めたくない事実を突きつけた。
「分かりません。分からないです!だって、母さんが死んだと決まったわけじゃないでしょ?生きている、生きていて、僕を探しているはずです。どうしてそんなことを言うんですか!」
「あなたも分かっているじゃない。認めるのが怖いだけで。アト君、悲しみと思い出の中で生きているあなたを、お母さんが見たらどう感じると思う? そこを考えてほしいのよ。
あなたに難しいことを言うつもりはないわ。ただ、きちんと前を向いて生きてほしいの。あなたは今後の生き方を決める必要があると思うわ。
正直、私も悲しみと思い出の中で生きている男の子の面倒を見続けるつもりはないの。だから、どうしたいのかを聞いているのよ」
質問の意図をようやく理解したアトだったが、具体的な答えは持ち合わせていなかった。アトが答えに悩んでいるのを察し、フィーは続けた。
「悩んでいるわね。それは間違っていないわ。悩むってことは、考えることにつながるの。そうねぇ、明日の朝食の時に答えを聞くわ。あなたがどうしたいかを。難しく考えなくてもいいのよ。漠然とした希望でも、夢でもね。まずは答えを出して、それを教えてちょうだい」
そう言って、フィーは席を立った。残されたアトは部屋を出て、いつもの場所に向かった。
川のほとりで、「これからどうするの?」と言った時のフィーの瞳と言葉を思い出し、アトは深く悩んだ。悩み、考え続けるうちに、アトは一つのことに気づいた。こんな事態になった原因に。
『あんなことがなかったら、今でも故郷の村でお母さんと楽しく過ごしていたはずだ。あんなことがあったから、僕はお母さんと故郷を失うことになった。あんなことがなかったら…』
アトの心の中に、彼を襲った理不尽な出来事に対する怒りが込み上げてくる。固く拳を握り、理不尽にも母と故郷を奪った者たち、故郷を燃やした炎を背に馬に乗っていた影に対して怒りの矛先が向いた。そしてアトは、「どうしたいのか」の答えを見つけた気がした。
夕食の席は、朝の出来事のせいか、会話のない重い空気が漂い、アトには食事の音だけが部屋に響いているように感じられた。
食事を終えると、アトはフィーの目を見て口を開いた。
「フィーさん…、僕は強くなりたいです。僕からお母さんや故郷を奪った人を倒せるようになりたいです」
アトの言葉を聞いたフィーは、静かに息を吐いた。
「強くなりたい、か。アト君、あなたの言う『強さ』って何かな?何を以って『強い』と言うつもりなの?」
フィーに問い返され、アトは黙り込んでしまう。
「鍛えられた肉体を持つことも『強さ』の一つだと思うわ。強力な武具を持つことも『強さ』になる。他にも精神的に強いとか、心が強いとかも言うわね。『強さ』って一つじゃないのよ。あなたがどんな『強さ』を求めているのか? そして、その『強さ』をどう使うのか? その答えを聞きたいわ。でも、私の問いに答えてくれたのは嬉しいわ。
そうねぇ、アト君。明日から川まで走ってきなさい。その後に朝食にしましょう。川への行き帰りの間は歩いちゃダメよ。どんな『強さ』も、体が丈夫じゃないと身につかないからね」
アトにそう言ってフィーは席を立った。アトも部屋に戻り、ベッドに横になった。天井を見上げて、フィーの言葉について考えていた。
『強さか…強くなるって、簡単じゃなかったんだ。僕はどんな強さが欲しいんだろう? そして、強くなってどうしたいのかな? 母さんを探して、あそこに戻って、あいつらに仕返しをして…。でも、母さんが見つからなかったら、僕は…どうするんだろう?』
悶々と考えていたアトは、いつの間にか静かな寝息を立てていた。眠ったアトの部屋に静かに入ってきたフィーは、毛布をかけて部屋の明かりを消し、来た時と同じように静かに部屋を出て行った。
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