第7話 変わっていく日常
春野さんが文学部に所属した翌日。
お母さんが今日も僕を見送ってくれるので、手を軽く振ってから歩き出す。
少し移動したところで、電柱に隠れるように人が立っているのが見えた。
栗色の明るい毛髪。スカートの下から見える脚は、白いものの健康的な肌艶をしている。
どう考えても春野さんだ。
僕が電柱を横切る一歩手前で、ぴょんと目の前に前述した少女が現れた。
「よ、おはよう森谷くん」
「今回は驚きません。おはよう春野さん」
「そうかぁ残念。昨日ぶりだね。それで、次にお勧めしたい本なんだけどさ——」
春野さんとは昨日一緒に帰って、朝一緒に登校する約束をした。
なんでも「話す機会を増やすことは、相手を知る機会が増えること」とのこと。
あまりに真面目な理由すぎて、僕は笑ってしまった。
それを見た彼女は「君のためなんだけどなぁ」と少しむくれていて、慌てて謝って許しを得た。
むくれていても可愛いさが増すだけで怖くなかったことは、更に不興を買うので秘密である。
彼女と本について駄弁りながら登校すると、いつも通っている道なのに新鮮で、一瞬のことのように感じた。
「春野さん、名残惜しいけどここらへんで一度時間ずらして行った方が良いと思う」
「なんでさ。一緒に行けばいいじゃん」
「いや、一緒に登校するの見られるんだよ?変な噂になったりしたら春野さんに迷惑をかけちゃうから」
「いいよ、好きに言わせればいい。何か言われても適当にあしらうし」
「待って待って冷静になって。そうは言っても、実際はどんな風になるか…、春野さんは人気者だから、面倒なことになる」
「私は至って冷静だよ。部長と部員なんだから、何もおかしくなんてない。有象無象が何を言おうが構わない」
「春野さん——」
「いいから。早くいこう」
春野さんは痺れを切らしたのか、パッと僕の左手を取り、歩き始める。
え、ええぇ!?!えぇぇえー!!
春野さんが僕と手を繋いでるるるる。
まじまじと繋がっている手を凝視した。
すべすべの手は、きめ細かくシミひとつ無い。綺麗と形容するのがぴったりな手。その手にしっかり握られているのだ。
もちろんバクバクと心臓は拍動を早めて、顔に熱がこもる。誰かが僕の顔を見たら、赤いと指摘するのだろう。
…緊張して手汗が出そう。それを知られたらなんて言われるのだろう。想像したくも無い。
この道の感じ、そろそろ校門だ。
この際一緒に登校するのを見られるのは仕方がない。手を繋いでいるのを見られる方がまずい!!
「春野さん、分かったよ、一緒に行こう。だから手は離すね」
離そうと自分の方に引っ張ると、抵抗なくするりと外れる。
「ふむ、まあ良いか」
僕の方から話題を振って、教室に入るまで会話を続けた。
⭐︎
四限まで授業が終わり、昼休憩となった。
朝の段階では、僕と春野さんが教室に入っても、異常に静かだった。
あれから数時間を経て、昼休憩は普段の賑やかさを取り戻している。
お母さんの手作りお弁当を食べようと鞄を漁っていたら、急に話しかけられた。
「森谷、ちょっといいか?」
「うん?いいよ」
同級生に呼ばれたので、素直に着いていく。
廊下へ出ると、男子が数人待っているではないか。
「それで要件は——」
「要件も何も分かってるやろ、朝の件よ」
「そうそう、春野さんと登校するって何があったん?」
「素直に羨ましい」
「あー」
ほら言わんこっちゃない。
やはり役得な思いをするだけでは、終わってくれなかった。
これから同級生に留まらず、先輩や後輩から質問されるのだろうかと遠い目をしていたら、再度呼びかけられる。
「なあ、そこんとこどうなの」
「あぁ、春野さんとは朝たまたま一緒に会って」
「どうやったのかだよ!多くの人からアプローチされたり告られてて…。あまつさえ超イケメンな先輩や優秀な生徒会長からのも断ってきた難攻不落の春野城だぞ!」
「そうだよ、羨まけしからん」
「素直に羨ましい」
「それは…」
うーん。うまく角が立たないように乗り切る方法が思いつかない。
なぜと言われても、彼女が僕に関わってくれているだけなのだ。
女の子を知るということで、春野さんが教えてくれている。
僕が何かをしてあげられた訳でもない。
それなのに彼女が僕と関わろうとしてくれている理由が、わからない。
「森谷くん、ここにいたんだね」
「「「春野さん!」」」
男子は彼女の登場に喜色を浮かべる。
「…春野さん」
「あの場所でご飯食べよ」
彼女はそういうと、両手に持っている鞄を見せつけた。
右手に僕の鞄、左手に彼女の鞄を持っている。
「春野さん、なんで森谷と登校してたの?」
「は、春野さんは森谷とどういう関係?」
「あの場所って?」
男子たちが次々に質問するが、彼女は曖昧な笑顔を浮かべるだけで何も解答しなかった。
…これが適当にあしらうってことか。
更に教室のドアが開いて、女子たちが顔を覗かせる。いつも春野さんと話している人たちだ。
「美月〜?まだ話は終わってないんだけど」
「そうだよ〜聞きたいことが聞けてないしって、あ」
「噂の森谷くんじゃん」
四面楚歌や〜^^。
「よーし、行こう森谷くん」
「は、はい!」
彼女は飄々とした感じで笑っていて、掛け声と共に走って行った。
目的地はわかっているので、春野さんと鞄を追いかけて、僕も廊下を走るのだった。
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追記:誤字報告ありがとうございます。拙い文章ですので間違えることが多々ありますが、随時修正していきます。報告くださった方、ありがとうございます!!