第6話 知っていく
「…知っていくって」
「そのまま。私と色々知っていけば、小説の話も想像しやすいかなって。思い出とかもできるし、良いことだらけじゃない?」
「僕としてはこの上なく嬉しいけど、春野さんに付き合わせるのは、…気が引けるというか」
「私は普通の女の子っぽくないし、森谷くんの理想から離れていたりして、力不足かもかもしれない。気が引ける云々は私から提案してるんだから。気にする必要なんてないよ」
「力不足だなんて、全くそんなことない!この上ないって言葉は心からの本心だよ!」
「…うん。じゃあ決まりだね」
「春野さんが良いと言ってくれるなら。こちらからお願いしたいくらい。よろしくお願いします」
僕が頭を下げると、彼女もぺこりと頭を下げて応じる。
ゆっくり顔を上げたら、ちょうど彼女の顔と鉢合わせて、近距離で見合うことになった。
春野さんは満足気に微笑んでいて。夕方の太陽が右側から栗色の髪を照らし、光り輝いて見えた。
まつ毛長っ。肌も色白なのにほんのり上気していて、可愛いのに魅惑的。
「森谷くん、早速だけど」
「は、はい!」
「そんな偉そうな椅子に座ってないで、こっちのソファーに座りなよ」
「座ります!」
カップを長方形の机に移動させ、僕は大きいふかふかソファーに腰掛けた。
「どーん」
彼女は勢いよくソファーに座り込み、ボフンと振動が伝わってきた。
肩と肩が触れるか触れないか、ギリギリの距離に、春野さんがいる。
ち、ち、ちかぁー…。いい匂いするー…。
「はは春野さんちょっと…!近くないですか…」
「ご感想は?」
「心臓がうるさいです」
「うん、なら良いや。せっかくだし、お互いに本をお勧めして感想を言い合おうよ」
「それとても良いと思う!!ここは部室だし、本は何冊もあるから!!あと、お勧めしたい本もいっぱいあって——」
勢いよく立ち上がり、本棚にある本を見ながらベラベラ喋って、ふと我に帰る。
前々から一人で本を読んでいたから、誰かに本をお勧めするならと温めていたものがいっぱいあった。
…その日がついに来たと、夢中になって喋ってしまった。
やっちゃったなあ。独りよがりになって最悪だ。
急にムキになって、はたから見たら気持ち悪い男だろう。
不安になって、ガタガタとぎこちない動きで振り返る。
「ごめんなさい、急にいっぱい喋ってしまって」
「えと、何が?本、好きなんだよね?私もそうだよ。早く教えて欲しいな」
そう言って彼女は、ぽんと背中を押し、本棚へ行ってこいと催促してくれた。
…春野さんは全く気にしていなかった。
僕は彼女のことを甘く捉えていた。
思えば、誰かと話していても、馬鹿にしたり嘲笑うような真似は見たことがない。
彼女は純粋に目の前のことに向き合っているのだろう。興味があるかないか、という尺度はあれど、馬鹿にすることはないのだ。
僕の臆病さから、彼女が馬鹿にするような人間ではないか、と疑ってしまったことを深く反省する。
ここで謝ってもなんのことだろうとなってしまうので、心のうちに深く刻んで、飲み込んだ。
「…えっと、これとか好き。読んでみて欲しい」
本棚から小説を取り出し、春野さんへ手渡す。
渡したのは僕が何度も読み直した恋愛小説。
醜くなる呪いをかけられた貴族の少女は、縁談を何度も破棄され、蔑まれていた。
これを最後に結婚を諦めようとした縁談で、外見で判断しない王子が少女の性格や所作を見て「貴方の心は誰よりも美しい」と言って結婚するのだ。
そこから結婚生活を送ったり、王子が魔女と戦って呪いを解いて、幸せなハッピーエンドを迎えるというもの。
とても王道だけど、登場人物の心が純粋かつ綺麗で、とても泣けるから何度も読み返してしまう作品だ。
僕から小説を受け取った春野さんは「ありがとう」と言って膝の上に置いた。
彼女は足元のカバンを開くと、ブックカバー付けられた本を取り出した。
「私からはこれ。とても面白いよ」
「うん、ありがとう」
おずおずと彼女の横へ腰掛けて、小説を開く。
…
それから1時間半ほど集中して読んだ。
僕はというと、感動して涙を流していた。
大号泣である。
内容は家族に愛されていない中学生が、家出をしてお姉さんに拾われるというもの。
お姉さんと仲良く暮らして、大事にされるということを初めて知り、多幸感に満ち溢れていた。
ある日、お姉さんから「もうすぐ帰ったほうがいい、君自身のために」と言われ、寂しくて泣いてしまう。
そんな少年を、お姉さんが抱きしめて「また会える、続きは今度ね」と言ってキスをするのだ。
それから月日が流れて、家族の問題に向き合った彼は、立派な青年となる。
お姉さんを探して、最終的に辿りついた彼は、想いを告げて見事結婚するというお話だ。
泣かないわけがない。良い作品すぎる。
とめどなく涙が溢れて、胸がじーんと熱くなった。
人に優しくして生きよう、という刹那的な誓いまで生まれた。
泣きながら、春野さんが気になった僕は、横を見て驚いた。
彼女も涙を流している。
つーっと雫が通った跡が頬にはあり、大きな目は水分で潤っている。
ちょうどよく春野さんも読み終わったのか、パタンと小説を閉じ、目元の涙を手で拭っていた。
そんな所作も様になる美人加減である。
「…はー。面白かった。感動したよ」
そう言ってこちらを向き、にっこりと笑った。
まだ目の周りは赤く、少し腫れているようにも見える。
「森谷くんも泣いちゃったんだね。面白かったでしょ、それ」
「うん!この主人公とお姉さんが——」
「いいよね。私もこの王子様の——」
結局春野さんと僕は、下校時間まで二つの小説について語り合った。
今日通して感じたこととして、彼女とは仲良くなれる。
そんな確信めいたものがあった。
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