第5話 in文学部室
春野さんを僕の秘密基地《文学部室》に案内することになった。
部室なのに、なぜか僕の部屋に連れ込むような感じがして、少々とてもめっちゃ半端なく緊張している。
趣味の悪いもの置いてなかったっけ…多分、大丈夫だよな。
そう自問自答して、自身に言い聞かせるように納得した。
「春野さん、ここが僕の…僕たちの部室だよ」
「うん、それでは失礼します」
彼女は勢いよくドアを開けると、僕からしたら見慣れた部室が現れる。
「これが部室かー。部活に入ったことないから普通がわからないけど、居心地が良さそうってことはわかる。お菓子も漫画もあるし、ゲームもあるね」
春野さんはそう言って、深々と人をダメにするクッションに腰を下ろした。
「うん、顧問の先生は国語の山田先生なんだけど、全く顔出さないから。僕好みの快適空間にしてみたんだ」
「うんうん、とてもいいね。クーラーもあって涼しいし」
まだ周りを見たりしてるけど、見た感じもうくつろぎ始めてるのかな?
僕の作り上げた空間を褒められているようで、嬉しかった。
彼女がこの部屋に来てから、家具や紙などのさまざまな要素から作られた普通の匂いの空間が、春野さん特有の優しいような、しつこくない良い匂いに満たされ始めている。
気持ち悪いかもしれないけど、この匂いとても好きなんだよな。心臓はすぐにドキドキ跳ねるのに、落ち着くというか。矛盾していると分かっていても、そうとしか言いようがないのだ。
彼女は正確にはまだ部員ではないが、もうそれに準ずる者である。
だから、席が隣で挨拶をし、たまに話をするくらいの仲から一歩進化したとも言える。
部長と部員だし。多少見つめていても、変ではない…と思う。
彼女の良い匂いで満たされた空間に留まること、話すこと、見ることの免罪符はあるのに。
自分がどこに立ってよくて、座ってよくて、どこを見てよくて、何をどこまで話をして良いのか、わからなくなった。
小難しい言い方をしたけど、簡単にいうなら。
女の子と話したことなんてあまりないのに、仲良くなりたいと思えた子が近くにいて、得体の知れない感情に混乱して焦っている。
…このままでは思考がまとまらないし、中身が分からない意味のない言葉を紡いでしまいそうだったので、頭をブンブンと振って雑念を払う。
それを見た春野さんは、不思議にそうに首をこてんと傾けていた。
「…森谷くん、急に頭を振ってるけど」
「へ!?あ、ああっえーっと、パンクロックというか八の字ヘドバンの気分で」
「パンクロック?八の字ヘドバン?…本当にどうした感じ?それに頭は横に振ってたから八の字ではないと思うけど」
「う、うんごめんぼーっとしてて。それに八の字ヘドバンはこうだよね」
「へ、あはははっ多分それが八の字ヘドバンなんだろうね」
「ごめん急に。ちょっと待っててね」
彼女は僕の奇行がツボに入ったのか、ケラケラとお腹に手を添えて笑っている。
ななな何をしているんだ僕は!!!!!
やったこともないのに八の字を横にした∞のような動きをしたせいで、頭が痛いし視界がグラグラと揺れるし。
あまりに恥ずかしすぎる。意味がわからない。
穴があったら入りたい自分が信じられないうががががががが。
フラフラと春野さんの元を離れた僕は、部室のキッチンのようなところでコーヒーと紅茶を淹れることにした。
コーヒーと紅茶を二種類入れているのは、彼女がどちらが好きか知らないから。
…思えば、春野さんに関する話や僕自身に関する話を然程してきていない。
あまり彼女へ深入りすれば、よく思わないかもしれないし、自分のことを話しすぎると面白くないだろうと思ったからだけど。
これをきっかけに少しでも知れていければ良いなと思った。
二種類淹れ終えた僕は、両手にカップを持ちゆっくりと彼女の元へ歩いて行く。
…春野さんはまだ笑っていた。
「まだ笑ってるんだ」
「ごめんごめん、あまりにおかしかったから。はー、面白かった。あれ、もしかして淹れてくれたの?」
「うん。コーヒーと紅茶、どっちが好き?」
「私は紅茶が好きかな」
「分かった、じゃあ紅茶を」
彼女の前にある、長方形の机にカップをコトンと置いた。
「ありがと」
「どう致しまして」
僕はそのまま彼女の横を通り過ぎ、重厚そうな机にカップを置いて、背もたれのある大きな椅子に腰をかけた。
「お菓子ももちろん食べてもらって大丈夫だからね」
「うん、ありがと。…森谷くんその椅子と机は?」
「ここはもともと生徒会室だったみたい。この大きな机と椅子は運ぶのがめんどくさかったみたいでまだ残ってた」
「ほー、そうなんだ」
彼女は立ち上がって、こちらの机までやってくると、とある物を見つける。
「森谷くんこの原稿は」
「あーーー!!!!ちょちょちょっと!!それはまずい見ないで見ないで!!」
慌てて回収しようとするも、春野さんの綺麗な手が原稿を取って、僕から少し距離を取る。
「ふむふむなるほど。恋愛ものの小説か」
「あばばばばばば、ミナイホウガイイッテ!!!!」
彼女は僕の言うことを聞かずに、スラスラと原稿に目を通す。
あれは僕が書いた小説だ。今まで書いたことのないジャンルのものを書こうと思って、挑戦した恋愛小説。
拙く酷い文章と話を、よりにもよって春野さんに読まれるなど、今すぐに穴に入りたい。
読み終えたであろう彼女は、顔を上げた。
「はぁ、読んじゃったか…お恥ずかしながらそれは僕が書いた小説だよ」
「うん、面白かったよ」
「そんなもの早く…えっ!?おも、おもおもももしろかった?本当に?」
「うん。細かく描写されてたから想像しやすくて、感情移入できたよ。文法も正確だから伝えたいことが綺麗に入ってきて、読みやすかった」
「そ、そんな…直接文章を読まれて感想言われたことなんてなかったから…。す、すごく嬉しい!!」
「そうなんだ。良い文章書くなって素直に思ったよ。けど一つ気になったことがあって」
「はい」
何を言われるのか、ガチっと身構える。緊張しすぎて敬語になってしまった。
「恋愛小説なのに恋愛の描写が少ないなって思ったかな。それ以外は細かく書かれてるのに、そこだけ曖昧だし。最後なんて良いところで書くのやめちゃってる」
「…うん。よくそんな一瞬で僕も感じてたことに気がついたね。…実は、僕は女の子と話したことがあまりないから。恋愛について書こうとすると全く想像できなくて、筆が進まないんだ」
素直に僕の中に秘めていた悩みを打ち明ける。
それを言ったところでどうにかなるとは思っていないのに。
彼女は僕の悩みを聞いて、うんうんと頷くと、端正な顔を綻ばせて、真っ直ぐこちらを見た。
「じゃあ、私と知っていこう」
ブックマーク、評価のほどやる気に繋がりますので何卒宜しくお願い致しますm(__)m