第3話 自己紹介と席替え
朝礼の時間となり、みんなが席に座って行く。
担任の先生が誰になるのか、そわそわしたような雰囲気が漂う。
ガラガラと教室の扉が開けられ、先生と思わしき人が入ってきた。
スーツをバシッと着こなす、若そうな男性だ。
生徒から黄色い声が思わず漏れているので、人気なのだろう。
軽い自己紹介が教師から行われ、一年間よろしく、との旨を伝えられた。
このあと僕たちは、教室→体育館→教室→自己紹介→席替え→下校となるらしい。
あまりに退屈な時間であったため、体育館での記憶はほとんどない。
一つだけ覚えていることがあって、賞の表彰が行われた時に、春野さんが呼ばれていたことくらいだ。
他にも何人か表彰されていたが、興味がなかった。
その後もつつがなく始業式は進み、全校集会には600人ほど集まっていたから、帰りが煩雑していた。それくらいである。
みんなで教室に戻り、一息ついたところで担任の先生が手を叩いた。
「よーし、みんな!長い時間おつかれさまだったな!さっそくで悪いが、これから一年間を共にする仲間に、自己紹介をしてもらう!」
説明されていた通り、自己紹介をするようだ。
最初の人が作ったテンプレートに乗っかる形で、違和感なくすればいいだろう。
「それじゃあ、そうだな。トップバッターは…森谷!森谷から順に後ろへ、最後尾が終わったら扉側の先頭に行って、一周する感じで自己紹介を頼む!」
「え!?は、はい!」
驚きのあまりガタン!と立ち上がってしまった。
な、なんで!?くだらないことを考えていた罰!?それともぼーっとしてたから!?
「森谷から熱い視線を感じたからな!ぜひ当ててくださいという気概も感じた!あんなに見つめられたら当てざるを得ない!」
ち、違う!!!それは違うよ!!!
目が悪いから、よく見えなくて頑張って見てただけだ!!!
目に力が入って凄んでるように見えただけだろう…ふえーん。僕が先頭なんて荷が重いなあ。
ふと、クラス中から注目が集まっていることに気づく。
聡太郎の面白そうなものを見る、ニヤニヤした顔が真っ先に目に入ってきた。高宮さんもニッコニコである。
くっそー、他人事だからって…
2人を見ていた顔を前に向けると、春野さんもこちらをじっと見ていた。
興味深そうというか、興味津々!という顔をしている。
たぶん、何かを期待されている。
おかげで覚悟が決まった。やるしかない。
「はい、僕は森谷朝日です。本を読むことが好きで、文学部に入っています。目が悪いので、先生を見るために頑張って見つめていたら、やる気があると当てられてしまいました。一年間よろしくお願いします」
なんとか噛まずに、考えていたことを言えた。
自己紹介が終わると同時に、クラスが一瞬で笑いに包まれた。
「ははは、森谷っておもしれーな」
「うける、勘違いされてるじゃん」
「はっはっは!!そうか、私の勘違いだったか、それはすまないな!しかし良い自己紹介だった!みんな拍手ー!」
ぱちぱちぱちと大きめの賞賛が僕に向けられる。
ぺこりと頭を下げて、着席した。
聡太郎と高宮さんを見ると、ゲラゲラ笑っていた。こいつらいっつも笑ってんな。
肝心な、春野さんの方を見ると。
彼女も、とても笑っていて。
手で隠しているけど、歯並びのいい綺麗な白い歯がちらりと見えた。
彼女はこちらの視線に気づくと、右手で控えめにグッジョブと親指を立ててくれたのである。
うはぁ、よかったー。面白いと笑ってくれたならコンタクトつけること忘れてたの、良かったまであるー。
その後は僕が作った名前と部活動、趣味というフォーマットにみんなが乗っかり、自己紹介を全員終えた。
春野さんの自己紹介は後半で、みんな集中力が切れているにもかかわらず、その時だけ覚醒したように話を聞いていた。
「か、かわいい」「髪サラサラ…」
など、感嘆の声が漏れるなか、毅然とした態度で彼女は自己紹介をしていた。
内容としては部活動に入っていないこと、趣味は読書と料理であるということだ。
周囲は「部活入ってないんだ…」「誘ったから来てくれるかな」と言っていたので、この後誘われまくることが伺える。
⭐︎
「よーし、それじゃ最後に席替えとするか!1学期の間は今日決めたやつでいくぞー」
そう言うと先生は紙とハサミを取り出した。
紙を折りたたんでちょきちょき切っていることから、くじを作っているのだろう。
「うーし、3組は40人だからなー。番号は1から40だ。前の黒板に書いている通り、席に番号を割り振っといた。引いた数字と黒板の数字は対応してるから覚えとけい〜。じゃー端から引いていけ」
皆はきゃあきゃあ、わいわいしながら箱から紙を引いて、後ろに回して行く。
待つこと暫し。
とうとう、僕の番だ。
僕は17番で、位置としては窓側から2列目の最後尾である。物語の主人公的立ち位置に僕は喜んでしまった。
なんか嬉しいな、主人公になった気分だ。
先生の合図と共に、ぞろぞろと席を移動して行く。
果たして僕の隣は…。
「森谷くんじゃん!よろしくねー」
「葛西さんだったよね、よろしく」
僕の隣は葛西さんという女の子だった。
確か、春野さんと朝話していた子の一人だった気がする。
残念なんていうつもりは全くない。
春野さんと仲良くなってみたいからといって、それは、あまりに隣の人に失礼である。
僕は与えられた機会を存分に利用すること決めた。
今朝、聡太郎と高宮さんに指摘されたことを踏まえて、能動的に生きてみるのだ。
そう決心して、思わず拳に力が入っていたその時。
「森谷くん、実はさ。よろしくって言っておいてなんなんだけどね」
「うん?」
「私すっごく目が悪いの。ドキンガンガンでさ。前に移りたいなって思ってる」
「え、そうなの?近眼は僕もだけどね。そっか、じゃあ誰かにお願いしてみよう」
思わず席を立とうとしたら、僕の鼓動を早める、甘くいい匂いが僕を覆った。
「私が変わるよ」
「う、うわ!?」
鈴を転がすような綺麗な声が耳元へ直で流れてきたので、大きな声を出しそうになる。
咄嗟に両手で口を押さえたので軽減されただろう
…こんなことをしてくるのは、彼女しかない。
「…春野さん」
春野さんは栗色のショートヘアを右手でいじりながら、ニコニコと僕を見つめてくる。
く、またやられた。良い笑顔すぎて何も文句が出てこない。
「美月!あたしと変わってーー!」
「もちろん。一番前になるけど、いい?」
「それが助かるよー、ありがとう!」
二人は紙を交換し、葛西さんは移動していった。
春野さんは椅子を引いて、ゆっくりと腰掛けた。
左手で頬杖をつき、こちらを見つめてくる。
「森谷くん、隣だね。よろしく」
「う、うん。よろしく」
「嬉しい?」
「まあね。嬉しいかも」
嘘ですめっちゃ嬉しいです。
葛西さんが嫌だったというわけじゃ、断じてない。
ただ、思いがけぬ幸運と、先ほどは感じなかったドキドキに、僕は戸惑っている。
それと同時に、異常に顔が熱くなるのを僕は感じていた。
…
「…近眼は嘘じゃないけど。貸し一つね、美月」