第1話 突然の邂逅
冬の寒さも身を潜め、暖かな太陽を感じられる4月1日。
普通ならちょうどいい季節なのかもしれないが、出不精の僕には汗がじんわりと出てしまうくらいの暑さなので、結論としては早く家に帰りたかった。
せっかく残りわずかの春休みを満喫するために、家でダラダラと、降り空上→ジャンプ下Bを決め込んでいたのだが、お母さんにおつかいを頼まれたのである。
買う物のメモと、体感多めのお金を渡された。おそらく、余ったものは僕への手間賃というかお小遣いになるのだろう。
のほほんと商店街目掛けて歩いていく。僕の住んでいるところの商店街は賑わっており、最近問題とされているシャッター街とは程遠い。
歩く速度を落としたり、なんなら立ち止まったりして、行かなければならない店を選んでいく。
八百屋を見つけたので早速入店する。
「すみません、これをお願いします」
適当に野菜を選び、会計を店主さんのようなおじさんにお願いする。
「はいよ!ジャガイモ一袋ににんじん3本、なす2本にブロッコリー1房だから…1100円だね!」
「これでお願いします」
「はい!2000円のお預かりなんで、900円のお返しね!ありがとうございました!」
「ありがとうございましたー」
買えました。あとは肉と牛乳を買って帰るだけ。この調子なら早く家帰れそう。なんて思っていたのだが。
「へぇ、森谷くん、八百屋さんで買い物するんだね」
「っ!うあ、びっくりしたぁ」
スマホをいじっていた僕の後ろから、耳元で急に話しかけられたので、驚いて少し跳ねてしまった。
勢いよく振り返ると、そこには同じ高校の同級生が、少し悪い顔をして笑っている。
「うあ、だって。はは、面白いね」
いたずらが成功したことを喜んでいるような、そんな顔。
ショートカットというかボブというか、短めで栗色の髪。目は大きく、まつ毛は長い。鼻は小さく主張はとても控えめで、唇は瑞々しく健康的なピンク色をしている。
身長は僕が少し見下ろすくらいだから、160cmくらいだろうか。肌は色白で、出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる。
総括すると、健康的でいかにも運動をしていそうな、美少女である。
「あー、1年の時は4組だった、春野さんだったよね。驚いて変な声出してしまった」
「うんうん、そう。偶然この商店街を歩いてたら、見覚えがある顔が八百屋さんに立ち寄ってるなーと思って。気になってこっそり見てた」
「それで買い物終わった僕に後ろから声をかけたってこと?」
「そうだよ。道の端っこでぽつーんとスマホいじってたから。行くしかないなと」
「なるほどね。春野さんは何か用事でも?」
「うん、私もお買い物。夕飯の材料を買いに来たんだ」
ここで、正直に心のうちを白状したいと思います。
春野さんこと、春野美月さんが僕の後ろにいて、近くに顔があって、彼女の良い匂いがふわっと香ったその時から、僕の心臓は爆発しそうなほど鳴っています。
余裕ぶっこいて冷静に会話しているように見えるけども、ビニール袋を握った手には、手汗が少し滲んでるような気もするし、してないかもだしよくわからない。会話も脳みそを経由してなくて、脊髄で行われている。まあとにかく冷静じゃない。
彼女と僕の関係性は、もしこの場で誰かに説明するなら、同じ高校の同級生としか言えない。高校の1年間で話した記憶がないので、彼女が僕の名前を覚えていたことに驚いてしまう。
だけども嬉しかった。ちなみに、別のクラスに凄い美人がいると春野さんが有名だったので、僕側は知っています。
困ったことに、彼女が僕を驚かせたという事実を元に会話を進めようにも、関係性が浅すぎてあまり深く掘ってしまっては変な雰囲気になる可能性がある。
なので、僕から話題を提供しない限り、「じゃあ、またね」と颯爽と去っていってしまうだろう。
僕はちゃっかり、これを機に彼女ともう少し話したいと考えているので、気の利いた言葉を紡ぐ必要があった。
「そうなんだ。何を買おうとしてるの?」
「お米と魚かなー」
「お、いいね。僕もちょうど魚見たかったんだ。行こうよ」
はいー。自然に言えたったでい!どんなもんじゃ!魚屋さんに用などはないけど、この際はどうでも良いのだ。
「うん、いこうか」
うっし。なんてこと無さそうに、簡単に受け入れてくれた。思わず拳に力が入る。
あとは、魚屋さんまで会話を繋いで、魚を買って解散だ。引き際を間違えてはならない。絶対にだ。
魚屋さんへ向かう道中、気になっていたことを聞いてみよう。
「というか春野さん、よく僕の名前知ってたね。顔合わせるの初めてだと思ったけど」
「ああ、それはね。森谷くんは毎回張り出される校内順位をすぐ見に行くよね?あれで毎回ガッツポーズしながら『よっし!』って言って去っていくからさ。面白くて覚えてるんだ。ふふ、ははは。思い出しただけでおもしろい」
「え、僕そんなことしてんの?本当に無意識だから知らなかった…はずかしい」
「え、知らなかったんだ。ふふ、もっと面白い、あはは」
無意識にそんなことをしていて、それを見られていただなんて恥ずかしすぎる。
しかし、目尻に少し涙が溜まるほど笑わせられたなら、勉強を頑張ったことも失態を晒していたことも後悔はしなかった。ごめんなさいカッコつけました。やっててよかったと思います。
「頑張ったことが結果に出たのが嬉しかったんだろうなー…、そういえば春野さんもいつもトップですごいよね」
「絶対そうだよ。お、知ってくれてるね。勉強は学生の本分だからさ。なんてね」
「ははは、本分だとしてもうちの高校は勉強頑張ってる人が多いから、毎回トップは本当凄いよ。よく頑張ってますわやっぱり」
そう彼女に伝えると、彼女は飄々《ひょうひょう》とした笑みを浮かべたまま、大きく綺麗な目を僕に向けてきた。
「ほー…。なるほどね、ありがとう」
「ん?うん。良い感じに魚屋さん着いたし、入ろうか」
「入ろう入ろう」
春野さんは、そのまま僕と話を続けつつ魚を購入した。退店間際に彼女は疑問を僕に投げかけてきた。
「あれ、森谷くんは何も買わなくていいの?」
ま、まずい…このままじゃ用事がないのに魚屋さんに来たことがバレてしまう。そ、そういえば。
今日は僕が肉を食べたいと言ったから、肉の料理をお母さんは作ってくれる予定だったのだ。つまり、僕が魚を食べたいと魚を買ってきたのなら、お母さんはそれを許してくれる。はず。
「ワ、ワスレテタヨ。…よし、これにしよう」
「ふふ、選ぶのはやー」
「ま、まあね。すみません、これをお願いします」
「はいよ!」
なんとか魚を購入し、店を出た。
すると彼女が近くに寄ってきて、僕の耳元まで口を近づけた。
「今日は楽しかったよ、またね」
「えっ、う、うん。こちらこそありがとう、またね」
そう言って頭をブンブン振る僕を見て、彼女は可笑しそうに顔を綻ばせながら、風の如く去っていった。
び、びっくりした…。女の子と話すのは慣れてないし、緊張した。だけど普通の休日が楽しいものになったし、総括してすごく良い日だった。
残りのものを購入して、帰ろう。
⭐︎
「え!?あー君、お魚を買っちゃったの?」
「うん。ごめんなさい、買いたくなっちゃって」
「ううん、驚いただけ。全然構わないわ。今日はお魚にしましょう」
「よかった、ありがとう」
許してくれたし、よかったなあ。
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