5品目 デリッシュの想い
「…………」
完人は勝利に湧き腕を突き上げるメンドを無言で見つめる。
「おいのそこのお前。気が変わった。今すぐ話を聞こう。」
カントは振り向かずデリッシュに呼びかける。
「分かったわ。」
2人はその後顔を向かい合わせ無言で頷く。
「あの………」
「なんだ?」
デリッシュは完人の姿を見て戸惑う。
「またスイーツを食べるの?」
彼の目の前にはパフェが置いてあった。
「当然だ。人間である以上スイーツを食べるのは運命と言ってもいいだろう。」
当然のように完人は答えパフェを口に運ぶ。
「スイーツというのは人間が食事という生命活動において必要不可欠ないわば『呪縛』を地球上において人間という生物が唯一持ちうる概念である『芸術』へと昇格させたモノ。」
完人は目を瞑り神妙に語り出す。
「絵画鑑賞や読書のようにスイーツを食す事は生きていく上で必ずしも必要ではない。偉大な画家や文豪が遺した作品のようにスイーツというのは視覚からも衆人を楽しませる。食事という行為の延長線であるのにだ?」
最初は落ち着いて話していた完人の声色に徐々に感情が乗り始める。
「まさにスイーツというのは!生において不必要な『彩り』をこよなく欲する人間という生物を体現している事この上ない最高の人間讃歌!他ならない!」
完人はスプーン片手に目を見開く。
そして躍起になってパフェに食いつきだす。
「だからこそオレはスイーツを生涯楽しむと決めたし午後4時には必ず『おやつ』としてもスイーツを食べる。人間として生まれた以上はな!うーむ……それにしてもこのパフェはいいな……オレンジの果汁を全面に出す事でクリームには出せないほのかな酸味を出し、風味にあまり感じない深みを出している。その上……」
猛然と語った完人は2人を置いてきぼりにして無我夢中でパフェの感想を語り出した。
「ねぇデリッシュ、この人大丈夫?コンビニの時も思ったけどさ……やっぱアレなんじゃないの?」
同席する裕太が小声でデリッシュに尋ねる。
「でも……わたし的にはあれだけの力を持つ存在は魅力的だし、フードファイターの事を聞き出せるチャンスだし、わざわざコレから時間のバイトも全部休んで時間を設けてるから……例えアレでも何かしらの糧にはするつもりよ。」
そう語るデリッシュの目には焦燥感が漂う。
「え?もしかしてデリッシュ、バイトが出来ない事にちょっと焦ってる……?」
裕太は恐る恐る尋ねる。
「この星に来てから常にお金の問題は付き纏ってるわ。麺屋烏川はまかないが確約されてるから良い職場よ。」
「やっぱお金の問題!?」
裕太はデリッシュの経済状況を聞き返事に困る。
「さっきから訳の分からない事をブツブツと言いおって。さっさと本題を出せ。」
突如、完人がさも正気そうな表情で尋ねる。
(さっきから訳の分からない事をブツブツと言ってたアンタがいうのかよ…………)
裕太はその言葉をぐっと飲み込む。
「分かったわ……あなたはまず、フードファイターについてどれだけの事を知っているの?」
「フードファイター?つまりあの腕輪の奴らの事をそう呼ぶのか。」
パフェを掬いながらカントは頷く。
「え?知らなかったの?じゃあなんで店にいた時に………」
「見た事があるのだ。あの様に食べ物の力持った戦士………サラダのような風貌だったな。それが黒服の男によって制裁を受けている姿をな。」
「黒服の男?」
デリッシュと裕太は首を傾げる。
「いやいや!黒服なんかよりもサラダに反応しろよ!完人が見たのは間違いなくサラダ野郎のリーフスだぜ?」
チケット状態のメンドは裕太の胸ポケットから飛びだし叫ぶ。
「その口調と声、先程のフードファイターと同じだな。」
「おうよ完人、確かにオレ様はさっきのフードファイター、メンドその一杯だぜ。」
メンドは自身気に自己紹介する。
「ほほう?そうやって無機物が喋るなんて、まるで伝承などで語られる付喪神のようだな。それにラーメンであるからか、『その人である』という文面を『その一杯』に変えているのだな。なかなか面白いな……」
完人は僅かに唇の端を上げて笑みを浮かべる。
「ちょっと話逸れてるから!で、黒服に制裁を受けてるって言いましたよね?どんな感じでしたか?」
裕太は無理矢理話題を軌道修正する。
「そうそう!やっぱあの野郎後でやられたんだよ!完人って言ったか?他に情報なんかねぇの?」
メンドが急かすように尋ねる。
「どんな感じだったか。黒服の男にそのリーフスとやらは倒されて人間の姿に戻っていた。そしたら黒服は去っていきリーフスは途方に暮れたようにその場にへたり込んでいたぞ。
完人は記憶を探りながら説明していく。
「そして地面に膝をついた彼は何やら『運営』とやらの言葉をよく使っていたな……」
「運営?もしかして……F.F.Fの運営って事?」
裕太が口に出す。
「つまりリーフスは運営の人間に制裁を受ける様な事をした?憶測だけど………」
裕太は顎に手を置きながら推察し始める。
「話が見えて来ない。フードファイターについて説明しろ。」
それから裕太とデリッシュ、メンドはフードファイターやF.F.Fの事、そしてデリッシュが異星人である事について教えた。
「なるほど。随分と浮世離れした話だが、現実に起こっている以上信じるしかないようだ。」
(人間を軽く持ち上げる腕力も浮世離れしてると思うけどな…)
裕太はその言葉をぐっと堪えた。
「それしても、惑星ショークの元女王とはな。地球人視点からみて、貴女は国家元首にしては随分と若いように見受けられるが。」
完人の指摘にデリッシュは頷く。
「えぇ……前王、わたしの父上が高齢の為にわたしが即位したの。そしてその翌日。まだ公務すら始まってない頃に……アレはやって来た。」
彼女の脳裏には燃え盛る街が映る。
「彼らは僅か一週間で惑星ショークを掌握し死の星へと変え、嵐のように去っていったの。」
デリッシュは手を握り込む。
「人も、建物も、何もかもが壊され、蹂躙されていった。わたしの幼なじみも、親族も分け隔てなくね……」
デリッシュの声が次第に震えていく。
「今でも覚えているわ。あの紅の閃光。建物が砂のように崩れていき、人は亡骸もなく朽ち果てていく。そして……わたしの………父上も母上も……うぅ…………」
「おい、手を離せ!」
完人が無理矢理デリッシュの手を取り上げる。
デリッシュの手には真っ赤な血が滲んでいた。
「ごめんなさい……少し感情が。」
デリッシュは机にある紙のナプキンで手の傷を抑え涙を拭う。
「わたしは決めた。必ずやあの厄災を打ち倒すと。そう僅かに生き残った同胞達と決心したの。あの時はどれだけ泣いたか分からない。でも宇宙船の窓から見える荒廃した母星………跡形もなく崩れ去った宮殿を見ていると……涙が止まらなくて。」
「お前………そんな理由でオレ達に?」
メンドが戸惑うような声で言う。
「言っちゃあなんだが、オレはただ強いやつと戦いだけで、そんな重要な事なんか、微塵も考えてなかったぞ?」
「おいメンド!ノンデリ過ぎるって……」
裕太はメンドのチケットをぎゅっと掴み見つめる。
「いや大丈夫。わたしは2人の事、ちゃん頼れる仲間だと思ってるからさ。」
「「仲間?」」
裕太達の声が重なる。
「うん仲間。話がまた逸れちゃったわね。そしてわたしは宇宙を飛び回り一つの情報を得たの。食べ物の力を使って戦う存在の戦闘の様子を配信した動画コンテンツが近頃若い宇宙人達の間で流行り出していたのを。」
「つまりそれがフードファイター。F.F.Fの事か。」
完人の指摘に静かにデリッシュは頷く。
「えっちょっと待ってよ!F.F.Fって宇宙で配信されてんの!?」
裕太は椅子から立ち上がり驚く。
「そう。毎日戦闘を垂れ流してるチャンネルもあれば特定のの戦闘シーンの切り抜き動画。確かF.F.F運営公式のチャンネルもあるはずよ。」
「ちょっと待ってちょっと待って…………」
裕太は慌てて携帯をブレスにかざしF.F.Fアプリを起動しアプリをひたすら弄る。
「あった!確かに動画と配信投稿してる。メンドもいるし。」
「さっさと見せろ!」
「タイトルは『F.F.Fに荒くれ者乱入!新進気鋭のラーメン野郎メンド!』だってさ。」
裕太はその動画を開く。
「これついさっきの奴じゃん!」
その動画にはスクロールパラガスとの戦いが収録されていた。
「んだよ、もっと良い画角で撮れよな!オレ様の良さが全然伝わらねーよこんなのよぉ!」
「いやーこんなんもんでしょ…………」
自分達の動画に夢中になるメンドと裕太を他所にデリッシュと完人は話を続ける。
「フードファイターの力目的でもあるしそれ以外にもこの地球にきた理由はある。まだこの地球には計り知れない食べ物の力が秘められているのよ。例えば貴方や守り神と呼ばれる自動販売機とかね。」
「待て、という事はオレの存在が宇宙に知れ渡っているというのか?」
完人は席を立つ。
「えぇ。偶然知ったんだねどね………」
「そうか………宇宙にもおやつの偉大さが知れ渡っているとは。関心関心。」
完人は何度も頷く。
「そういう事じゃあないと思うけど……うん?」
裕太が苦笑していると携帯に通知が来る。
「おおっ戦いの誘いだぜ!行くぞ裕太!」
「えぇ行くの?分かったよ………」
裕太はその場を後にする。
「ココどこ?頂枡市にこんな所あったの?」
裕太は採石場の跡地に来ていた。
「おい裕太来るぞ!」
「来るって…うわあああ!!」
裕太の背後から何かの衝撃波が迫り来る。
「変身しろ!」
「オッオーダー!」
裕太はメンドに変身する。
「ショウウラァッ!」
メンドは軽い身のこなしで衝撃波をかわす。
「ったく、フードファイターってのは不意打ちが好きなのか?」
「人によるけどねえ〜?」
陽気な声と共に現れたのは
「ボクはうな重のフードファイター、イールソー!ランク500位のボクと戦える事、光栄に思いなぁ〜?」
タレが照り照りと輝いていた。
「ランクだろうがなんだろうが、全員まとめてガラにしてやるぜ!」
メンドはイールソーに向かって拳を振り上げる。
「おや?」
「なっ!」
メンドの拳が当たるがイールソーは防御の体制にも入らず巣立ちのまま受け止める。
「攻撃しなよ?」
メンドはその発言に憤慨し連続で蹴りを浴びせるが
「ちくしょうちくしょう!」
「全然聞いてないよ〜?」
イールソーに対してどこ吹く風の状態であった。
「そいっ」
「どああっ!」
メンドはイールソーの軽い当身で吹き飛ばされる。
「フッフッフー!フォームチェンジしてみなよ〜?」
「言われなくてもやってやらぁ!」
メンドはチケットを構える。
「アディショナル!」
メンドはシオフォームへと姿を変える。
「塩ナーショット!」
メンドは塩の塊をイールソーに打ち付ける。
「フフフ……マグナムタレット!」
イールソーもうな重のタレを塊をぶつけ応戦する。
2人は採石場を走り回り岩などの障害物に隠れながら撃ち合いを始める。
「あっさりとした攻撃だなぁ〜もっとうな重のタレみたいに、香ばしくて、病みつきになる様なのじゃなきゃ!」
「うるせぇ!繊細な塩の味の良さが分からねぇなら黙ってろ!」
「喋ってる暇あるの?」
メンドの隙をつきイールソーが弾丸を当てる。
「こんなもん!」
メンドの体に巻きつくローブがイールソーの弾丸を受け流す。
「お返しだ!」
メンドはカウンターとして連写する。
「おおっと!!」
メンドの放った弾は全弾命中しイールソーもよろける。
「なるほど〜フフフ……確かに君のランク帯じゃあその実力は確かなものだよ。でもこれだけじゃあ終わらないんだな〜!」
イールソーは一枚のチケットを取り出す。
「まさかお前も!」
「そのまさか。アディショナル!」
『塩うな重』のフィディッシュチケットをセットしたイールソーは体中にかけられたタレが消え去りウナギの白い身が露わになる。
「塩と塩。どっちが強いかな?」
一方その頃
「つまりあの男。麺矢裕太はフードファイターとして戦っているのだな。」
「そう。」
デリッシュと完人の話し合いは続いていた。
「あの突然喋りかけて来たチケットを用いるのか?」
「え?あぁそうねぇ………ホントは喋らないんだけど、裕太だけ他と違うの。」
「違うとは?」
パフェの容器を横に置き身を寄せる。
「普通フードファイターに変身しても姿が変わるだけでそれ以外の影響なんて無いの。ただ裕太だけ、変身するとラーメンのフードファイター、メンドとしての人格が浮き上がり戦闘中は、専らその状態が続くわ。言うなれば、人格を支配されているというか………」
「そうか……人格を乗っ取られる様な状態は大丈夫と言えるのか?」
「今の所わたしが見た限りでは裕太は大丈夫そうよ。まだフードファイターになってから2日しか経って無いけども………」
一方採石場では。
「トッピング!」
メンドはトッピングでチャースラッシャーを出現させる。
「塩チャーシュー喰らいやがれ!」
メンドは一気にイールソーの近くに飛びかかり塩のスープに浸かった円盤をぶつける。
「塩ペリアスクルセイド!」
イールソーは塩の光線でチャーシューを破壊する。
「どちらも塩味で条件は同じだ。つまり、力量のみが勝敗を分けるって事。ハァッ!」
イールソーは回し蹴りでメンドを蹴り倒す。
「どうする?もう終わりだけど?」
イールソーは倒れたメンドの胸に足裏を擦り付ける。
「ヘッ………こんな事もあろうかと、助っ人を呼んだんだよ?」
そう語るメンドの声に敗北への恐怖感は無だった。
「そろそろ来るぞ〜!」
「何?」
イールソーが困惑していると採石場に一台のスクーターが止まる。
「お待たせしました〜お届け物です。」
それは配達サービスのスクーターだった。
「来た!」
メンドは隙をつきイールソーの足から抜け出すと配達員の元へ向かう。
(ちょっとメンド!いつ呼んだの!?)
裕太の内なる声が戸惑いに溢れる。
「あんだけ岩場に隠れて撃ち合いしてれば、タイミングなんていくらでも作れるぜ……おおサンキュサンキュ!」
メンドは料理を受け取る。
(ちょっと待ってよお金は?)
「お前の小遣いからでいいだろ?だってオレ達、デリッシュが言ったように仲間だよなぁ?」
メンドははにかむように言う。
(いやいや良くない!確かにさっき仲間って言ったけども!てかあの配達員もなんでメンド見て驚かないの!?)
裕太の叫びを無視しメンドは中身を取り出す。
(裕太、お前ならコレに見覚えがあるだろ?)
「コレって、うちの店の味噌ラーメンじゃん!」
「そう!麺屋烏川の味噌ラーメン!背脂の濃厚なスープに太麺が混じり合う一品だ。」
メンドは味噌ラーメンに手をかざすと味噌ラーメンはチケットへと変化する。
「醤油、塩、ときたら味噌しかねぇだろ!ウナギ野郎!こってり倒してやるぜ!」
メンドはチケットを構える。
「アディショナル!」
(ちょいちょいちょい!いきなりかよ!)
メンドは裕太を当然のように無視しチケットを差し込むと味噌ラーメンのスープを思わせる色の重武装に身を固める。
「トッピング!」
メンドは味噌フォームになりさらに野菜をトッピングする。
「なんなんだぁキミはぁ?どうなってんだキミはぁ?計り知れない……意味が分からないぃ!!」
イールソーは頭を抱え叫ぶ。
「トドメだ!」
一方メンドはただ目の前の敵を倒す事だけを考え空高く。飛び上がる。
「ミソビッグバン!」
そして着地しながら両拳を地面に叩きつけると採石場に味噌色の爆炎が上がる。
「フフフ、でもやっぱ面白いよ〜!」
イールソーは断末魔と共に消えていった。