第6話 各国の動き ※三人称視点
──エルシュタルク王国──
エルシュタルク王国では、王や大臣、役人とは別に、王国の存在を支える者たちで円卓の重鎮が編成されている。
ルイが王都を訪れた日の深夜、円卓の重鎮は王城の地下にある秘匿会議室に集まっていた。
特別な術式が刻まれた魔道具を持った者しか入れないため、情報の漏れを心配する必要はない。
中央に置かれた丸いテーブルを囲うように、円卓の重鎮の六人の内五人が座っていた。
王によって直属に指名を受けた、裏から国を操るその錚々たるメンバーは、
「今回は何があったんやろなぁ」
面白いことであれば、どんなことでも大好きな王国ギルド本部長──ロエルが、ニヤッと不敵な笑みを浮かべた。
「さぁな。大方、例の魔族関連だろうがな」
背もたれに体重を預けるように力無く座っている国立武具屋店長──カルドは、右足を上に組みながらロエルに返事する。
「儂は今季の不作問題にも触れて欲しいものだがのぅ……」
長い顎髭を整えながら、民営ギルドを代表して農業ギルド長──ヴァルが呟く。
今でこそ高齢のため農業ギルドに所属しているが、その実、世界初のSランク冒険者である。
「はは、たしかにそちらも深刻ですよね。ただ、不作問題にも魔族が関連しているらしいですよ?」
王国騎士団と宮廷魔術師を束ね上げる騎士団団長──シャルが苦笑いしながら答えた。
「なんじゃと……? それは真か?」
「だよね? マレア」
シャルに話を振られた、ヴァルの孫である聖女──マレアは口を開いた。
「はいお爺さま……以前、王国領土の空気を調べた際に、魔族特有の独特な雰囲気が漂ってたんですよね……」
「ふむ、言われてみれば確かに違和感があったな。今度儂も調べてみるとするかのう」
「あと、わたくしがお野菜に浄化魔法をかけてみたところ、品質がもとに戻りましたので、間違いないかと思いますよ?」
そこまで話したことろで、円卓の重鎮の最後のメンバーであり、エルシュタルク王国の王──クラクウェル=エルシュタルクが秘匿会議室に入ってきた。
椅子に座っていた五人はすぐに立ち上がり、王に一礼する。
「遅れてすまないな。暗部の者に指令を出していた」
王は最後の椅子に腰をおろした。五人も面をあげ、再び椅子に座る。
「例の彼ですか?」
「うむ。ルイの護衛だ。ヤツが魔族に殺されでもしたらこの世の終わりだからな」
すると、王の言葉にカルドが「あ」と声を上げた。
「どうしたのだカルド?」
「そういえば、ルイが今日私の店に訪れてきたのですが、彼、魔剣を持ってました」
「何!?」
魔剣という言葉で全員に緊張が走る中、ロエルは誰よりも驚き、思わずといった様子で声を出してしまう。
そしてすぐ、王の会話を疎外したと気づき、ハッとした様子で王に「申し訳ございません」と謝罪した。
「よい。この場での無礼はすべて不問とするし、同じ立場の者として関わってくれ」
「感謝致します。それで……魔剣というのは本当にのか?」
「あぁ。ここで嘘を言う必要も無いしな。あと、この情報はみんなと共有しておきたい」
カルドは鑑定した内容を記した書物を取り出し、ルイの持っていた魔剣のページを開いた。
本来、他者の情報を書き記すのは違法である。しかし、円卓の重鎮においては適応外である。
カルドが書物に魔力を注ぐ。すると、空中にスクリーンのようにそのページの内容が表示された。
「基本情報は省いていいだろう。俺が共有したいのは──ここだ」
カルドは映し出されたページの一部分を指差した。
「あの魔剣、魔王軍の四天王であるガイアの手先──アヌスの魔剣だ」
「「「なッ……!!!」」」
ロエル、ヴァル、シャルの三人が驚きの声を上げた。
「本当なのか!?」
「あぁ。魔力の雰囲気、特徴、その他ほとんどの情報がヤツと酷似していたんだ」
「だ、だが……アヌスはガイアの手下の中でも1番強いのだろう? そんなヤツがただのメンテナンス師のルイが倒したというのか!?」
ロエルはバン、と机を強く叩きながら立ち上がり、カルドに叫んだ。
「なんでも、聖剣に触れたら消滅したらしい」
「なっ……それだけで……いや、これは話がそれるな。あとで詳しく聞かせてくれ」
「もちろんだ」
「じゃがしかし……あやつが消えおったか。儂が冒険者をやってた時から王国を攻撃しておったのに」
アヌスは数十年前から王国領土に現れ、冒険者に襲いかかっていた。
王国が直接『アヌスに気をつけろ』と文言を出すくらいには厄介な敵であったのだ。
そんなヤツが急に死んだと言われて、理解できないのも無理はない。
「酷似しているだけでまだ確定じゃないけど……もし本当なら聖剣の力はやっぱりすごいね……」
シャルはまだ驚いたような表情を浮かべているが、それとともに聖剣の力に感嘆して、口角が少し上がっていた。
だが、カルドの話はまだ終わらない。
「しかし、次が重要なんだ」
「アヌスが死んだ以上に重要なものがあるのか?」
クラクウェル王は目を丸くしながらカルドに尋ねた。
「はい。ヤツの魔剣なのですが……どうやらルイが扱えるようです」
「ハッ、冗談はよしてくれ。何か細工があっただけだ。この国ですら、魔剣を持てるのはSランク冒険者の五人だけ。それも、エレン以外は下級の魔族が持つ魔剣しか使えないのだ。アヌスのような魔族の魔剣を扱えるものなど、もしいたとしてもエレンだけだ」
ロエルはカルドの話を信じられず、笑い飛ばした。だが、その顔はどこか引きずっていた。
この場でカルドが嘘を付くはずがないと、頭では理解しているからだ。ロエルの感情がそれを認めていないだけで。
「あいにくと、今の俺にはそれを証明する手段が無い。強いて言えば、今俺の手元に魔剣が無くて証明できないことが理由だ」
「だが……だが!! ただのメンテナンス師に──」
「"ただの"じゃ無かったんだ、あいつは」
ロエルは言葉が続かず、秘匿会議室に無言が訪れた。
「──ふむ、では本題に入ってよいか?」
それを見計らって、クラクウェル王が口を開いた。
「すいません、王よ。話が長引きました」
カルドは頭を下げた。ロエルも無言ではあるが、軽く頭を下げる。
「よいよい。というか、良き情報であったぞ? だって──今回の題は、ルイであるからな」
◇ ◆ ◇
──エレクト帝国──
魔界に最も近い人間の国──エレクト帝国。
魔国とは常に一触即発の状態であるこの国では、毎晩と言っても過言ではないほど、毎日会議が行われていた。
今日も、何重にも施された結界の中にある会議室の中に数人の要人と、多くの護衛が集まっていた。
「──では、本日の報告を頼む」
エレクト帝国の皇帝──ラーゲルド・エレクトが沈黙を打ち破り、帝国騎士団副団長──エラに言葉を投げかける。
それにエラは仰々しい様子で「はっ」と答え、椅子から立ち上がる。
「本日は東の平原にて、魔物の強化種が群れを率いて襲撃。正門にいた偵察隊から報告を受けた我々騎士団がすぐに駆けつけ、すべて討伐完了」
「よくやった。帝国民への被害は?」
「ゼロです。正門を越えられる前に終わらせました」
「素晴らしい。して……」
ラーゲルドは辺りに視線を配らせ、またエラと目を合わせる。
「団長がいないようだが、彼は?」
ラーゲルドがストレートに聞くと、エラは言葉を詰まらせ黙り込む。
しかし、帝国の状況はすべて皇帝に伝えなければ、と考えたエラは、心が苦しみながらも口を開いた。
その声は、震えていた。
「団長は…………死にました」
「…………そう、か」
この場にまた、沈黙が訪れる。驚愕と悲しみのあまり言葉を失ったのだ。
手を組み頭を下げ、追悼の意を示して神に祈りを捧げた。
「……不意打ちでした。魔物の討伐を終えた我々が帝国に帰っている時に────背後から忍び寄ってきていたガイアに一発魔法を撃ち込まれて……いち早く気づいた団長が団員を庇って……」
エラは知らず知らずの内に涙が溢れていた。
目の前で死んだのだから。十数年も切磋琢磨してきて育った、最大の仲間が。
「……やつは、最期まで職務を全うしたのだな──この国を何十年も支えてくれたこと、改めて感謝する」
ラーゲルドはまた頭を下げた。
せめて天国に行ってくれ、と願いを込めて。
しばらくして。
「──やつの死を無駄にはできないな。ナーズよ、他国への援助要請の件はどうなっておる?」
手を離し、面を上げたラーゲルドは帝国ギルド本部長──ナーズに話しかけた。
「はっ。今日は同時刻に三方向へ馬車を向かわせましたが、すべて魔族に襲撃を受けました」
「今日もだめか」
「おそらく、この国を取り囲むように包囲網が敷かれていると考えてよいかと。そして、"魔族"に襲撃されたことも踏まえると──いえ、なんでもございません」
ナーズはこれから述べることは帝国への反逆にあたると考え、途中で言葉を区切った。
「よい、申せ」
「しかし──」
「今更何を言われようと、お前を処罰したりしない」
皇帝の促進にも歯切れ悪く返すが、ナーズはゆっくりとした様子で言葉を続けた。
「では…………以上のことを踏まえるとおそらく、そう遠くない未来に魔国はこの国に侵攻してくるでしょう」
ラーゲルドはナーズの言葉を静かに、しかししっかりと受け止めるように聴いた。
『未来がない』と言われれば、この場にいる護衛たちもさすがにざわざわとし始めた。
「いよいよ、なのだな」
「…………はい」
ラーゲルドは背もたれに深く身体を預けながら、ふぅぅーー……と大きくため息をつく。
頭も椅子に預け、顔が上を向く。
「この混沌とした状況の終結も近いのだな……」
「い、いえ……! まだ我が国は──!」
「言葉を濁さなくていい」
「……っ!」
「正直に申してみよ。この国は、あと何年もつ」
「…………私もただの状況判断でしかありません。どこにも正しいという証拠はありませんし、護衛たちからも反逆者だも思われているでしょう」
しかし、と。
ナーズも、自分の発言がどれだけこの国に影響を与えるかなど分かっている。
それでも、自身がこれからどうなろうとも、『自分の役目は状況を皇帝に伝えること』であると。
そう証明するように、言葉を続けた。
「1年はもたない……いや、早ければ今月中にも、襲撃が始まるのではないかと、私は睨んでおります」
ナーズはしっかりと皇帝と目を合わせて、伝えた。
護衛がざわつく。
「──エラ、ナーズ。立場といえものがあるのに、余にすべてを正直に伝えてくれたことを感謝する」
「…………はっ!!!」
「では────最後の戦いの準備を始めようではないか」
ラーゲルドは勢いよく立ち上がり、鋭い声で宣言した。
エラとナーズも立ち上がり、護衛とともに覚悟を持って「はっ!!」と大きな声で言った。
「実はな。お前たちに一つ朗報があるのだ」
「朗報、ですか?」
「うむ。お前たちはこの水晶を知っておるか?」
ラーゲルドは大切に持ってきていた一つの水晶をテーブルの上に置きながら言った。
それはとてつもない魔力を持っており、普通のものではないことは一目瞭然だった。
「いえ、存じ上げないです……」
全力で過去の記憶を漁るが、思い当たるものは無かった。
「これは神玉といって、特別な力にのみ反応する水晶なのだ」
「特別な力、ですか?」
「あぁ。例えば────聖なる力、とか」
「は、はぁ……。それでこの"神玉"とやらがどうかしたのでしょうか?」
「────最近になってから、短い時間だけだが定期的に反応するようになったのだ」
「!? そ、それは本当ですか!?!?」
彼らと聖なる力には全くをもって関わりはないが、その力の意味は知っている。
それは──聖剣だけが持つ、神が与えた唯一無二の魔族特攻の力。
「1000年前の事件は知っているか?」
「えぇ……と言っても、噂程度で聞いただけで、にわかに信じがたいですが……」
「それだけ知っているのなら十分だ。その事件以降、聖剣は封印されていてな。聖剣しか持っていない聖の力に反応するはずがないのだ。しかし、水晶が反応したということは────」
「聖剣が抜かれた、と?」
「そういうことだ」
朗報だ……あまりにも朗報すぎる。2人はこの絶望的な状況なのに思わずニヤけてしまう。
「で、では……! あと少し耐えれば勇者の助けが……!」
確信を持った希望を込めてラーゲルドに言う──が、ラーゲルドの表情は2人ほど柔らかくはなかった。
「いや、そう簡単な話では無いかもしれぬのだ」
「──そうか……『短い時間だけ』、なのですね」
「うむ、だが余はこれに賭けてみたい」
ラーゲルドはそう言うと、別の水晶を取り出した。
エラやナーズでも見たことのある禁断の魔道具──転移通信だった。
一度使えば壊れてしまうという制約のついたもので、その効果は水晶に向かって話しかけると、それを記録し、水晶がその記録を伝えたい人のもとまでテレポートするというもの。
端的に言えば、この国が使える唯一で最後の他国への通信方法ということであった。
「私は賛成です」
「私も、皇帝の判断に従います」
「ありがとう。では、帝国最後の賭け──聖剣メンテナンス師のルイに、通信を行う──!」
◇ ◆ ◇
──魔国ブラッドワルツ──
魔国領領は瘴気で満ちている。
瘴気は魔族にとっては酸素のようなものである。
しかし、人間や植物には毒であるため、魔国領の土地はすべて荒廃している。
また、光も通しにくいため、常に夜のような暗さである。
人間は"魔国領"だの"魔国"だのというのを、曖昧な使い分けでしか知らない。
しかしそれもしょうがないこと。
1000年間、人間は魔国領にすら来たことがないのだから。
わざわざ毒で埋め尽くされてる場所に来るというのもおかしな話であるが。
とはいえ、人間が来ないというのは魔族にとっても警戒する必要がなくなるということなので、別に困ることはない。
しかし、その均衡はもうない。
すべて、あの聖剣のせいである。
あの馬鹿げた量と密度の聖なる力は、瘴気を浄化してしまう。
人間が魔国に攻めることができてしまうのだ。
「────だから、この私が封印したというのに」
魔王城の最上階にある玉座から立ち上がり、魔国を眺めながら魔王──シャルロッテ・ブラッドワルツはため息をついた。
魔族領は人間界でいう大陸、魔国は王国や帝国ということを知るのは、この世でもう数少ない。
1000年以上生きているシャルロッテは、その1人である。
彼女は、大した力を持っていない。
聖剣の封印にその身の魔力の大半を費やし、残りの魔力で人間界を監視する、人間によく似た生命体を作り出したからである。
「──そうか、聖剣を封印したのも、人間界では人間の賢者となっているんだったか……まぁどうでもいいことだがな」
シャルロッテら指をパチンと鳴らし、魔王城の屋内庭園に転移する。
シャルロッテは、この世界で唯一転移魔法を使える者でもあった。
人差し指を伸ばし、瘴気を魔力に変換して水魔法を生成する。
そして、瘴気で育つ魔国領特有の植物に水をやる。
人間界とは違い、魔国領はとても静かで平和だ。
シャルロッテのおかげで、人間が魔国領に攻める方法は無くなったからだ。
では何故、今も魔族が人間界を攻めるのか。
魔王の、余興でしかないからだ。
「たまには私自身が人間界に攻めるのも一興か」
そんなことを思いつつ、再び転移魔法を使い玉座の間に帰ってきた。
「魔王様!!」
その時、バンと勢いよく扉が開き、1人の男が入ってきた。
「ふむ、ここがどこか分かっておるのか?」
「わ、わたくし書庫長の下のものであります。確認を」
「……なるほどな。分かった。して、何用だ?」
魔王の側近であるもののみ、この部屋への入室が許可されている。
魔王城の書庫はその一つである仕事だった。
「こちらをご覧ください!」
2本指を器用に動かし、魔力スクリーンを展開した。
録画した映像を再映する魔法だった。
そのスクリーンには神玉が映し出されていた。
この世界に三つしかない神玉の内の一つだった。書庫という名前だが、貴重な魔導具などの管理をしているのも書庫である。
しばらくその映像を見ていると、神玉が光りだした。
そう、光りだしたのだ。
それは、世界が変わることと、均衡が崩れることを意味する。
「あは、あははははははははは!!」
シャルロッテの高らかな笑い声が、玉座の間に響いた。
「そうか、光ったか!」
「えぇ。1000年振りに、聖剣が抜かれました……!」
「なるほど、これほどまでに面白いことは本当に1000年振りだ!! 歴史が変わるぞ!!」
シャルロッテは自身の封印が解かれたことの悲しみよりも、これから起こるである面白いことへの興味しか無かった。
「今すぐ四天王をここに集めてくれ!!」
「はっ!!」
しばらくして。
玉座に座ったシャルロッテの前には、跪いた4人の魔族がいた。
四天王である。
百魔の王──アスカニカ。
数多もの魔物を従え、そのすべてを意のままに操る最強の魔物遣い。
しかし、真骨頂はそこではない。
アスカニカは、自身の魔力を消費して魔物を生み出すことができるのだ。
つまり、不滅の無限魔族遣いであるのだ。
魔剣士──ガイア。
魔国最強の魔剣士。相棒の魔剣・ストレクスはガイアの魔力の数百倍の量を保有しており、扱えるのはルーマルだけ。
一撃食らうだけでも、えげつない密度の魔力が体内に流れ込み、普通の者では内側から爆散してしまう。
それに加え、彼は二十個の魔剣を同時に扱うことができる。
隙など無かった。
魔道具師──スカーラ。
彼女自身は強くない。並の冒険者でも本気で頑張れば勝てる可能性があるくらいには。
しかし、彼女の作り出す魔道具が馬鹿げているのだ。
その例として、『自身以外のステータスを1/100にする結界を作る魔道具』『武器の使用を禁止する結界を作る魔道具』。
相手を自身よりも弱くすることでいたぶるという、最悪の魔族だった。
そして、魔公──ラー。
彼を一言で表すのなら、器用富豪。すべてをこなし、すべてが最強。
剣、魔法、魔道具、従魔、耐性。そのすべてにおいて彼に勝るものはかつての魔王だけ。
「詳しい事情は何も分からないが、すごいことが起こったぞ……! 聖剣が1000年振りに抜かれたのだ!!」
「「「「な……っ!?」」」」
さすがの四天王も驚きを隠せなかった。
「そ、それは本当ですか!?」
「あぁ、神玉が1000年振りに光ったのだ」
「な、なんと……。先日私の部下を聖剣のもとに送ったのですが、聖剣の力に耐えられず死んだのはそう言うことだったのか……?」
「ふむ、そんなことがあったのか。これからはそういったことも私に伝えてくれ」
「はっ」
ガイアはしっかりと声を出して返事をした。
実際は愚かにも聖剣を抜こうとした結果なのだが、それを知ることは無い。
「不思議なのは今光っていないことだが……聖剣を扱えるものが現れたのかもしれぬ。よって作戦を伝えようと思う」
「ということは────」
「あぁ。人魔戦争、さらに加速させるぞ」
「「「「はっ!!」」」」
そして、シャルロッテはガイアに視線を送った。それに気づいたガイアが面を上げた。
「まずはお前だ、ガイア」
「はっ」
「そうだな……聖剣を封印した──されているのはエルシュタルク王国の領土だ。それはお前も分かっているな?」
「もちろんでございます」
「よろしい。では────まずはその国を落とそうではないか」
ニヤリと笑いながらシャルロッテはそう言った。それに釣られるようにガイアもニヤけてしまう。
「よろしいのですか? そんな大役を私がもらっても」
二人の会話はとても楽しそうであった。とても、国を一つ落とそうとしてるとは思えないものだ。
窓から差し込む月明かりは妖しく輝いていて、より不敵な笑みに見えた。
「お前の手下を私の判断無しに送るほどだ。お前が適任だろう? それに、私が何も指示しなくても、どうせもとよりその予定だっただろうしな」
「はは、魔王様には何もかもバレてしまいますね。そのお役目、謹んで引き受けましょう」
楽しそうな声音でそう言い、また頭を垂れた。
「そして──アスカニカとスカーラ」
「「はっ!!」」
名前を呼ばれた二人が面を上げた。
「おいおい、もう顔がニヤけてるじゃないか」
「おや、これは失敬。ついに魔王様の勅命で人間を根絶やしにできるとなると嬉しくて嬉しくて」
「よい。私も楽しいのだからな。なにごとも楽しんだもの勝ちだ」
国を滅ぼすこと、人間をこの世から葬り去ることを、積み木のようなただの遊びとしか考えていない。
それほどまでに無邪気な笑顔だった。
「お前たちは帝国を滅ぼせ…………いや、それだけじゃつまらないか。奴らをゾンビ化して、魔国領を拡大したらさらに褒美をやろう」
「そんなに……いいのですか?」
「こっちのほうが痛めつけられるだろう?」
「えぇ、それはもう、存分に。喜んで引き受けましょう」
そして二人は頭を垂れた。
「──ラー」
「はっ」
「よい、そんなに肩苦しくしなくて。もう身分も隠さなくてよいぞ」
「────なんだ、バレてたのかよ」
シャルロッテがそういった瞬間、敬語が崩れるだけでなく、今まで隠していたオーラがすべて解き放たれた。
残りの三人の四天王は思わず立ち上がり、反射的に戦闘態勢を取った。
ラーの正体を、彼らは知らなかった。
「さて、ラーよ。いや────」
シャルロッテはそこで言葉を区切り、ニヤリと笑って正体を口にした。
「魔を司る魔神、ラー」
「「「は……?」」」
「さすがだな。それでこそ魔王だ。これからも励めよ」
ラーは愉快そうに笑いながら、やっとオーラを抑えた。
四天王はそこでやっと気づいた。
戦闘態勢を取っていたはずの身体が、いつの間にか跪いていたことに。
それほどまでに、格の違うオーラだったのだ。
それに一切怖気づかなかった魔王は、ラーにも指示をした。
「お前は私と待機だ。ゆっくりと世界を楽しもうではないか」
「ま、それもそうだな」
「理解が早くて助かるぞ。いくら魔王とはいえ、魔神に嫌だと言われれば、私もそれに従うしか無かったからな」
「しかし、それだけでは俺たちが少し暇じゃないか?」
「ふむ、そうだな……では、お前も私の分身との視界を共有してやろう。面白いぞ。人間の行動がすべて筒抜けになるというのは」
そして、シャルロッテは「来い」と言う。
すると玉座の間の扉がゆっくりと開き、一人の人間に化けた謎の生命体が入ってきた。
「アレが私の分身体。今は王国で諜報活動をしていたんだが、王国が愚かにも役人まで位を与えたんだ」
「くはは、やはり人間はおろかだな」
二人が笑っいる間にも、人間はコツコツと足音を立てながら五人のもとに歩いてくる。
そして、立ち止まり、高そうな装飾のされた服を揺らしながら口を開いた。
「どうも、はじめまして。シャルロッテの分身の────シュリ、と申します」
人間ではないと区別することなど、正体を言われない限りは絶対にできないほどの分身体だった。
実際、役人までなっているのだから。
「ふむ……魔力構造がわずかに違うが、人間のレベルでは到底見破られないな」
「あぁ私の最高傑作だ。人間の上の情報も筒抜けで面白いぞ?」
四天王も興味深い様子で彼を見ていると、人間が「あぁそれと、シャルロッテの説明には少し不足がありますよ」と口を開いた。
「最近は、聖剣のメンテナンス師の給料を渡す係にもつきましたよ」
五人の顔は、さらにニヤけるのだった。