ダイ3時代 ユウ人見舞い 悪夢のユウ発
翌日。学校に登校したレーガリン、ヘスペロー、ペティの3人は早速、ガーティの元恋人に憑依したマニヨウジが結界を張る為に利用した霊の一人、鎧竜の老人の孫について知っている同級生がいないかどうか、クラス内外問わず聞き取り調査を行った。結果、鎧竜の少年についての情報は得られなかったが、意外な情報が入ってきた。
「もしかしたら、知っているかもしれん」
「あれ。そうなの?」
レーガリンに尋ねられたバウソーには、心当たりがあった。
「俺のクラスに、ユウティという俺やズーケンのようなジューキャク系の奴が今病院に入院していて、手術を控えているんだ。俺もたまに見舞いに行っているんだが、その隣の患者が俺達と同じくらいの年でヨロイ系なんだ。もしかしたら、そいつかもしれん」
ズーケン達4人とバウソーは、それぞれクラスが異なる。ズーケン達は同じクラスになりたかったが、人数の関係で1組になったのだ。因みに、ダイチュウ人の若者の間では、獣脚類のダイチュウ人をジューキャク系、鎧竜の場合ヨロイ系と呼ぶ者が多い。因みに、レーガリンとヘスペローはチョーキャク系、ペティのような翼竜は語呂の都合かヨクリュー系と呼ばれる。
「今日、丁度見舞いに行くつもりなんだが、お前達も来るか?」
「だねぇ。んじゃ、よろしく頼むよ」
放課後にバウソーと、ユウティとその隣に入院しているであろうヨロイ系の少年の見舞いに行く約束を取り付けたレーガリン。彼は己のクラスに戻り、ヘスペローとペティ、さらにマニヨウジが復活しようとしていることを知らないズーケンも誘い、バウソーの友人の見舞いという体で、かつて自分達が入院していた病院に行くことにした。
放課後。ズーケン一行はバウソーと共に、ユウティと、鎧竜の少年が入院していると思われる病院に訪れた。彼らが入院していると思われる病室の前までバウソーが案内すると、そのドアを引いて開ける。
「よぉユウティ。元気だったか?」
「バウソー!待ってたよ!」
バウソーが入室すると、ベッドの上で満面の笑顔を見せる少年ユウティ。ユウティラヌスのダイチュウ人の少年で、ズーケン達と同学年である。ユウティラヌスとは、ティラノサウルスに近い姿だが、より細身で全身に羽毛が生えた恐竜である。
「どうだ具合は?」
「この通り元気だよ!今すぐ退院して、皆に会いに行きたいぐらいだよ!」
「そうか。それは良かった」
ユウティはベッドから下り、小さく細い両腕でガッツポーズを取る。病人とは思えない程元気いっぱいな姿を見せる彼に、バウソーは安堵したような笑みを見せる。しかし、彼が今患っている病は、手術をしなければ治らないのだ。
「オプローケはどうだ?」
「うん…僕は、今は元気かな」
バウソーに声をかけられ、ユウティとは対照的に小さな声で答えたオブローケは、アンキロサウルスに近い姿をした、鎧竜ユウオプロケファルスの少年である。
「早速だけど、何か悩んでることない?あるんだったら力になれるかもしんないし…ほら、お祖父ちゃんのこととか」
「えっ…」「やや?」
「おい!」
オプローケがマニヨウジの結界に利用されている老人の孫なのか。それを確かめたい思いが先走ってしまい踏み込み過ぎたレーガリンに、オプローケとズーケンは、咄嗟にいつもより大きい声で注意するペティと同じくらい戸惑った。悩み相談に乗せようと、いつになく積極的なレーガリンがその正面に回る。しかし、オプローケは俯き戸惑う一方だ。
「オプローケ…そうだ!手術のことは?明日手術で不安だって言ってたよね?きっと、皆も応援してくれるよ」
「手術?ど、どんな手術なの?」
オプローケが俯き黙り込んでしまい、病室の空気が一気に重苦しくなったことを察してか、ユウティが割って入って話題を変える。何故レーガリンがオプローケの祖父が亡くなっていることを知っているのか、また何故それを口にしたのか事情を知らないズーケンは、ユウティからの助け舟に乗り、ひとまず話題を広げようと必死だった。
「オプローケの手術は難しくて、手術出来るお医者さんが少ないんだ。でも、その手術じゃないとオプローケの病気は治らないし、すぐにでも早く受けないといけないみたいなんだけど…」
「上手くいくか不安ってことだよな。けど、手術は受けないことに病気は良くならないし、どの道受けるしかないと思うけどな」
「うん…」
ユウティが説明したように、ペティが言ったように、たとえどれだけ難しい手術だったとしても、受けなければ助かる道はない。そのことは十分理解しているオプローケだが、その顔は浮かない。
「ねぇ、やっぱりお祖父ちゃんのことが気になってるの?」
「よせって!」
またもこのやり取り。ズーケンは、オプローケに対する申し訳なさのあまり、自身の前にいたバウソーよりも前、ベッドで上半身を起こすオプローケの前に出る。
「オプローケ…ごめん。レーガリンも悪気があるわけじゃないんだけど…君がもし何か悩んでいるなら、力になりたいんだ。僕らに何が出来るか分からないけど、せめて話だけでも聞かせてくれないかな?お祖父ちゃんのことじゃなくていいし、話したくないなら無理に話さなくてもいいから…どうかな?」
「…」
レーガリン達3人から見れば、オプローケはマニヨウジの復活の為に利用されている霊の孫である可能性が高い。ズーケンはそのことを知らないが、どの道レーガリンが荒い踏み込み方をしてしまった為、誰も祖父のことをこれ以上触れることが出来ない。しかしズーケンは、少々手荒かったレーガリン含め、自分達はオプローケの力になりたい、その思いだけでも伝えたかった。オプローケは、布団を被った自身の足元を見つめている。
「僕は…後悔してるんだ」
そして、溜息混じりにそれだけ呟いた。
「もっと…お祖父ちゃんに優しくしておけば良かった…。お祖父ちゃんはいつも僕に優しくしてくれてたけど、僕はそうじゃなかった。お祖父ちゃんは、パパやママみたいに怒らないし、お祖父ちゃんの家に行けばお菓子をいっぱいくれるし、パパやママが買ってくれないおもちゃだって買ってくれるし、お年玉だってくれる。お祖父ちゃんはなんでもくれた。でも僕は、いつもわがままばっかりで、お祖父ちゃんに何かしてあげたことなんて、一度もなかった…」
亡き祖父との思い出を、俯いたまま話すオプローケ。それはどれも祖父の優しさと温かさに満ちたものだったが、それ故に彼の後悔は強かった。
「お祖父ちゃんがここの病院に入院している間、僕はパパやママとお祖母ちゃんと一緒に何度もお見舞いに来た。お祖母ちゃんやパパはいっぱい話をしてたけど、僕はあんまりお祖父ちゃんと話してなかった。まさか死んじゃうなんて思ってなかったし、こんなことになるんだったら、もっとお祖父ちゃんと話しておけば良かったって、ずっと後悔してるんだ…」
「そっか…」
思ってもみなかった祖父の死に、オプローケは涙と共に強いショックと後悔に見舞われている。ズーケンを始め既に聞いていたであろうユウティ含め、誰もがその苦しみを理解し胸を痛めていた。が、なんと言葉をかけたらいいか分からなかった。それでも、ズーケンは頭と言葉を振り絞る。
「でも、お祖父ちゃんは、オプローケのことが大好きだったんだよ」
「え…」
思わず俯いていた顔をズーケンに向けるオプローケ。少し緊張気味なズーケンには、今のオプローケが抱える苦しみは想像し切れなかったが、彼が祖父から愛されていたことは分かる気がした。
「きっと、オプローケのお祖父ちゃんみたいに孫がいる人って、孫のことがすごく可愛くて仕方ないんだよ。だから、オプローケに会えただけでも嬉しいし、お菓子でもお年玉でもなんでもあげたくなって、なんでもしてあげたいって思うんだろうね。その大好きな孫の為に、その気持ちを形に出来た人って、すごく幸せだったと思う。何より、オプローケが喜んでくれるからさ」
ズーケンは、お菓子やおもちゃを買って貰うどころか会うことすら叶わなかった祖父のことを思いながら話した。だが、きっと孫を思う気持ちは一緒なのだ。
「オプローケのお祖父ちゃんとしては、オプローケが喜んでくれるだけで十分だったと思うけど、お菓子や落とし玉を貰った時、お祖父ちゃんにありがとうって言ってた?」
「うん…多分…」
オプローケはゆっくり、どこかぎこちなく頷く。
「なら、お祖父ちゃんはもっと嬉しかったと思うよ」
「…そっか。そうだといいな」
正直、覚えていなかった。両親からは、人に何かしてもらった時はちゃんと礼を言うよう教わっており、なるべく言うようにはしてはいたが、祖父に対して言っていたのかどうかはあまり覚えていない。きっと、無意識の内に言っていたのだと思いたかった。
「それに、お祖父ちゃんが亡くなったことは残念だったけど、君がそのことで悲しんだり後悔してるってことは、オプロ―ケもそれだけお祖父ちゃんのことが大好きだったってことだと思う。その気持ちは、絶対に嬉しい筈だよ」
祖父を喪った悲しみは分からずとも、家族を喪う悲しみは、優しく微笑むズーケンにも分かる。
「オプローケ、だよ。難しい手術かもしれないけど、失敗するとは限らないし、成功すれば病気は治るわけだし、君だってもっと元気になれる。その方がお祖父ちゃんも喜ぶし、安心するよ。だから、お祖父ちゃんの為にも手術、頑張ってみない?僕、応援してるから。手術を代わってあげることは出来ないけど…それで少しでも君の不安が和らぐなら、君の友達として、喜んで応援するよ」
自分には応援することしか出来ないが、それで手術への不安が和らぐなら。ズーケンがその思いを伝えると、オプローケは小さく頷いた。
「…分かった。ありがとう。手術、頑張るよ。お祖父ちゃんの為にも」
ここでようやく、オプローケが少しだけ笑った。まだ不安は残っているだろうが、それでも勇気を出してくれたことに、笑ってくれたことに、ズーケンはやっと一息つけた。
「そうだよオプローケ。君には、僕達がついているよ。僕だって、君やお父さんやお母さん、それにお見舞いに来てくれるたくさんの友達が応援してくれて、大丈夫って言ってくれるだけでも安心出来るんだ。もし、僕が君に大丈夫だよって言って、君の不安を少しでも和らげてあげられるなら、いくらでも言うよ。僕だって、オプローケの友達だからさ」
オプローケと同じく病は違えど手術を控えるユウティはベッドから下り、ズーケンと同じ両手の二本指で優しく包みこむように、オプローケを手を強く握った。
「ユウティ…」
オプローケには、その手が温かく、握られているだけで安心感が沸き、優しい気持ちになっていくのを感じた。
「オプローケ。俺達だってユウティと同じだ。それに、お前は祖父に愛されていた。自分を愛した人を、愛してくれた人を喪う悲しみは大きい。だが、傍にいてくれる者はいる。俺もかつて、恩人ともいえる親友を喪った。だが、そんな俺の傍にいてくれる者だっている。俺はそいつらに、ズーケン達に救われたんだ」
「…!」
ここで、ズーケンの言葉に感銘を受けたバウソーが、オプローケに対する熱い思いと共に、ズーケンの隣に出る。その時、ズーケンの表情が少し引きつった。
「だから俺は、いざという時は皆の力になれる友になりたいと思っている。そしてオプローケ、それはお前に対しても同じだ。俺だけじゃない。ズーケン達もきっと、お前にとって素晴らしい友に、心強い味方になってくれる筈だ。なぁズーケン」
「あっ…」
そして、バウソーが隣にいるズーケンに振り向く。だが、満面の笑みを浮かべるバウソーと目が合った瞬間、ズーケンの脳裏に、あの忌まわしき悪霊が宿った眼とその笑い声が過る。ズーケンは咄嗟に、バウソーから顔ごと逸らしてしまった。
「ど、どうしたんだズーケン?」
「いや…その…」
「…!」
いつもと様子がおかしいズーケンに、バウソーは困惑した顔でただ戸惑うばかりだ。レーガリン、ヘスペロー、ペティの3人は顔を見合わせる。
(ねぇ、もしかしてこれって…)
(…けど、なんでだ?)
(…)
昨日、3人が公園で見た、ズーケンが記憶の中のマニヨウジに怯え、震える姿。昨日は、何の予兆もなく一歩動いただけでトラウマが彼を襲ったが、今ズーケンは一歩も動いていない。彼らは戸惑う、強いてゆうなら、ただバウソーと目が合っただけだ。
「そういえば、今日はズーケンとはろくに目が合わなかった…それに、ここに来る途中俺が話しかけても返事がどこか曖昧だった…。何故なんだズーケン…どうしてなんだ…?」
「そ、その…」
今朝からズーケンの異変を感じ取り、少なからず感じていた不安をさらに煽られたバウソーは、自身から顔ごと逸らすズーケンに詰め寄ってしまう。
「よせって。ここ病室だぞ」
「…!」
何故ズーケンがバウソーを見てトラウマが再燃したのかは分からない。しかし、どの道放っておくわけにもいかず、ペティが両腕を上げてズーケンとバウソーの間に割って入る。
「それにさ、そんなんじゃズーケンだって話したくても話せないよ」
「…すまん」
友人の非常事態に、レーガリンもペティの横に並びバウソーを諭す。バウソーは、他の患者から視線を集め、自身から顔を背けるズーケンが、今も目を見開き、呼吸を荒くしていることに気付く。彼は、ズーケンと同じ様に顔を背けた。
「わりぃ。また来るわ。とにかく、俺も応援してるから二人共手術頑張れよ」
「う、うん。ありがとう…」
「よし。んじゃ、帰ろうぜ。ほら歩け」
「…だねぇ」
これ以上は状況が悪化する一方だ。ペティの独断でお見舞いはお開きとなったが、誰も異議を唱えるものはいなかった。彼はズーケンとバウソーの背中を強引に押しながら、自身の言葉が気まずい空気を悪化させてしまったことを自覚したレーガリンと共にドアに向かう。
「みんな」
全員が背を向けたところで、オプローケが呼び止める。
「…明日も、来てくれる?」
オプローケの顔と声は、不安そうだった。このままだと、明日は誰も来てくれないのではないか。
「…まあ、来れそうなやつはな」
「僕は行くよ。だから、またね」
ペティは少々苦い顔であやふやに、ヘスペローは笑顔ではっきりと答えた。
「…ありがとう」
「よかったねオプローケ。それじゃみんな、またね」
「う、うん…じゃね」
ヘスペローがはっきり言ってくれたおかげか、オプローケの顔に少し笑みが戻る。未だ目の前でズーケンとバウソーのことが気がかりだったが、手術が終わった後も見舞いに来てくれることには安心出来たようだ。5人は、小さく手を振るユウティに見送られながら病室を後にした。
「今日は、家まで送るわ。正直キツいだろ?」
「だねぇ。君は悪いって思うかもしれないけど、そうさせてよ」
「…ごめん」
帰路につく一行。ズーケンは前列の中心で俯きながら、両脇のペティとレーガリンに声をかけられながら歩いている。後列のヘスペローは、隣でズーケンと同じ様に俯くバウソーに、前を歩く3人に聞こえないよう小声で話しかける。
(バウソー…。ズーケンのことだけど、悪気はないんだ。あとで僕から話すから、今はそっとしておいてあげても、いいかな?)
ズーケンが何故突然バウソーに怯え始めたのかは、バウソーどころかヘスペロー達3人にも分からない。だが、ズーケンがマニヨウジへの深い心の傷と強いトラウマを抱えていることは確かだ。それをバウソーに伝えるべきかどうか、ヘスペローも最初は迷った。だが、同じズーケンの友人として、彼の身を案じている身として、話すべきだと独断で決めた。何も知らないままではズーケンだけでなくバウソーにも苦しい思いをさせてしまう上、もし自身がバウソーの立場なら、教えてほしいと思うだろう。
(…分かった。すまんな)
ズーケンの身に起きた異変には、ズーケン自身は勿論、バウソーも、事情を知っているヘスペロー達さえも未だに戸惑っている。しかし、それでもヘスペローは、レーガリンとペティは、自分達なりにズーケンの力になろうと決めた。マニヨウジが復活しようとしていることをズーケンとバウソーには伏せ、自分達のみで対処し、今も苦しむズーケン達に寄り添うことを、話し合わずともそれぞれ決意するのだった。
その日の晩、時折りペティとレーガリンに声をかけられ、背中をさすられながら帰宅したズーケンは、夕食を済ませ風呂に入って早々寝床に入った。夕食の最中、最近どこか元気もなく、口数も減り、溜息が増えていることを感じていた両親に声をかけられた。だが、バウソーを見るとそのマニヨウジのことを思い出してしまい、今でも身体が震え出したり、呼吸が荒くなってしまうこと、そもそもマニヨウジとの戦いに関することは何一つ話していなかった。戦いを終える前は、あまりに現実離れし過ぎていることが理由だった。だが、戦いを終えた後は、再び戦地と化したボンベエ盆地での謎の爆発騒ぎが大きな話題となり、両親もかなり関心を寄せている。今なら、話せば信じてもらえるかもしれない。だが、マニヨウジのことを口に出せないのだ。彼にとってマニヨウジは、自身やその大切な親友達の身も心もズタズタにし、生涯消えるの事のない恐怖と傷を与えた、一生忘れることの出来ない相手だ。マニヨウジの名を口にしようとするだけで、マニヨウジから受けたあまりにも理不尽な仕打ちや罵倒、それらを思い出すだけで全身が震えてくるのだ。
「…」
いつもより一時間以上早く寝床につき、布団にうずくまるズーケン。ズーケンは何も話すことが出来なかったが、両親はそんなズーケンを責めたり詰め寄ったりせず、ズーケンが自ら話せるまで待つと伝えた。その言葉に、ズーケンは安心したようなどこか寂しさを覚えたような、なんとも言えない複雑な思いを抱いた。そんなモヤモヤとした思いを抱えている為か、中々眠りにつくことが出来なかったがようやく、彼は眠りについた。
「…」
そこは、一か月前に何度も見た、辺り一面真っ白の空間。
「よぉ。元気だったか…って、んなわけないよな」
一人立たずむズーケンの前に現れたのは、事の経緯を全て把握しているズーケンの亡き祖父ラ―ケン。
「祖父ちゃん…」
「お前、今大変だよな。友達のことだけじゃなくて、お前自身のことで悩んでるんだろ?」
「…!」
やはり祖父には、すべてお見通しだった。自分でも分からない今の自分のことを、分かってくれる人がいる。ズーケンから、はち切れんばかりの思いと涙が溢れ出す。
「祖父ちゃん…僕、どうしちゃったの…?なんで、あのことばかり思い出しちゃうの…?突然思い出しちゃって、その度に怖くて怖くてたまらないんだ…!それに僕、バウソーのことを傷つけちゃった…。バウソーは、大事な友達なのに…。でも、なんでだか分かんないけど…どうしてもダメなんだ…!このままだと、バウソーと友達でいられなくなっちゃうよ…」
ズーケンは、今も残るマニヨウジへのトラウマと、突然芽生えてしまった親友への恐怖感、その大切な親友を傷つけてしまった罪悪感、そんな自身への異変に対する戸惑いへの悲痛な胸の内を、藁にも縋る思いでラ―ケンに吐き出す。
「それはな…病院に行くしかないんだよ」
「えっ…?」
心の底から沸き上がる不安に押し潰されそうなズーケンに対し、祖父から返ってきた答えは予想外のものだった。
「いいかズーケン。お前は今、大きなトラウマを抱えている。マニヨウジに憑依されていたバウソーの目を見た時、凄く怖かっただろ?それに、あの戦いでお前は死ぬかもしれないって思うぐらい怖い思いをした。それが、大きなトラウマになっちまったんだ。しかもそれは、お前の人生の今後を左右するトラウマで、ただ時間任せにしても治るものじゃないし、放っておいても治るどころかどんどん悪くなっちまう。だから一度、病院で診てもらうんだよ」
「そ、そんな…」
自身の身に何が起きているのか。祖父にはそれがよく分かっていた。しかし、まさか病院に勧められるとは思わず、ズーケンは理解が追いつかず、ただただ戸惑うばかりだった。
「そりゃびっくりするよな。どこも怪我してないのに病院に行けだなんて。でも、俺は本気で言ってるんだよ。ただ、病院って言っても、風邪引いたり骨が折れた時に行く病院とはまた違うんだよ。怪我するのは身体だけじゃないからな。一回ズケンタロウ達と話して、診てもらってこい」
「で、でも…」
「ズーケン。俺達の星で戦争があったよな。戦争の最中、たくさんの人達が傷ついて苦しんで、命を落としていた。戦争が終わって命だけは助かったけど、一生ものの傷を負う人もたくさんいたんだ。身体だけじゃなくて、心にもな」
ラーケンが語る、戦争によって心と身体に一生の傷を負った者達の後遺症とはなんだったのか。その詳細を未だラ―ケンの言葉を理解し切れていない孫が知るのは早いと判断した。
「60年前、俺達がマニヨウジを封印して戦争は終わったけど、人々の生活や心に平和は来なかった。誰もが生きるのに精いっぱいで、人のものは盗らない、暴力は振るわないとか、そんなルールを守ってなんかいられなかったんだ」
星と星の戦争は終結したが、人と人との戦争は終わらなかった。ラ―ケンは、戦後に起きた新たな戦争を目の当たりにしていたのだ。
「けど、お偉い連中がそんなルールを守らないたくさんの人達を罰していく内に、ある時気付いたんだ。ルールを破る人々は、ルールを破りたくて破ってるわけじゃない。ルールを守っていたら生きていけないから、ルールを破るしかなかった。人々に悪いことをさせているのは、その人達の生活や心を追い詰めた戦争と、悪いことをする人達に罰だけを与えて、何がその人達をそうさせたのかをちゃんと知ろうともせず、人々の生活も心も救おうとしなかった、ダイチュウ人そのものだって。だからダイチュウ星はまず戦争で傷ついた人達の心のケアをするべきだと考え、その研究を進めることにした。その結果、ダイチュウ星は長い年月をかけて、生活や心のことで苦しむ人達に寄り添うことを覚えていったんだ」
ダイチュウ星が、罪を犯す人を生む遠因となる環境や、それによって心が荒む人々に寄り添うことの重要さを知るまでの間、数多くのダイチュウ人達がどのように罰せられていたのか。それは、孫がもう少し大人になれば分かるだろう。
「お前の祖父さんの言う通りだ。俺達の時代じゃ考えられなかったことだが、俺達の頃にもあってほしかったよ。少なくとも、俺達の頃よりも良い時代にはなった。だが、まだまだ今のお前のような奴が多い。お前が病院に行って治療を受ければ、ダイチュウ星の医療技術も多少は上がる。何も恥ずかしくもおかしくもない、だからさっさと病院に行ってこい」
「え…」
ラーケンからとにかく病院に行くよう、両親と相談するよう勧められるも踏ん切りがつかないズーケン。すると、ラーケンの横にいつの間にやらもう一人。
「あ、あなたは…」
「お前ン中の居候…ってとこだな」
「やや?」
「間違ってはいないが、ちゃんと挨拶させてくれ」
ここで、ラーケン曰く自身の中の居候と初対面を果たしたズーケン。まずは、入居のご挨拶。
「俺はガーティ。わけあってお前に憑りついた霊だ。事情は友人達から聞いていると思うが、しばらくの間、世話になる」
「やや、こりゃどうも」
真剣な表情で頼み込むようにお辞儀するガーテイに、ズーケンも深いお辞儀で返す。可愛い孫の礼儀正しさに、うんうんと感心したように頷いている。
「それから、ありがとな」
「やや?」
真剣な表情が少し緩み、口元に笑みを見せるガーティ。首を傾げるズーケンに、ラーケンは孫が可愛いらしく、微笑ましく見つめている。
「俺が憑りついていると知っても、お前は俺を祓おうとしなかった。俺を祓ってもお前には何の影響はなかった。むしろ、害はなくとも祓ってもらう奴がほとんどで、俺も祓われても仕方ないと思っていた。だが、俺がお前に居心地の良さを感じていると知ったら、お前は俺を祓わないで受け入れてくれた。死んでからこんなに嬉しい思いをしたのは初めてだ。だから、ありがとう」
「そっか…それなら、良かったよ」
誰かに自身の存在を受け止めてもらうこと。それは、誰にも見えず誰にも触れられない霊となったガーティにとって久しぶりの経験であった。穏やかな笑みを浮かべる彼を見ていると、ズーケンはどこか安心出来た。
「ただ、これで病院に行ってくれれば、もっと居心地が良くなるんだがな」
「え」
安堵して早々、居候から念押しされるズーケン。やはり行くべきだろうか。
「マニヨウジのことは勿論気がかりだが、お前の人生だ。死んだ奴のことよりも、今を生きるお前の方が大事なんだ。このままだと苦しいだろ?だから、今はお前のことを優先させろ。そうすりゃまた、バウソーとも以前みたいな友達に戻れるさ」
「そうそう。あと言っとくけど、俺からあいつらには言わないからな。お前の問題だから、お前が自分からあいつらに言うんだ。まあ俺らは死んでるし、死人に口なしとはよく言うだろ。あとこの問題は、お前だけじゃなくて、あいつら親の問題でもあるんだからな。ちゃんと言ってやれ」
「わ、分かりました…」
彼らは自身の今後を思って病院を勧めているのだろう。二人の死人からの口出しとその真意を大体理解したズーケンは、ひとまず了解することにした。実際に話せるか分からないが、二人の思いをふいにするわけにも、このままこの状態でいてもいいことはないのだ。
「明日の見舞いはどうする?行くのか?」
「…分かんない」
行きたいような行きたくないような…。少し心配そうなガーティに聞かれるも、ズーケンは何故そんな複雑な思いを抱えているのか、正直分からなかった。
「お前が見舞いに来てくれたら、オプローケは嬉しいだろうな。けど、無理にバウソーと一緒に行かなくても、見舞い自体にも行かなくたっていいさ。バウソーもオプローケも、お前が無理することは望んじゃいないだろうしな」
「…」
ズーケンが見舞いに行きたい理由は、オプローケの為。行きたくない理由は、バウソーと一緒に行くことが不安になる為。ズーケンが自分でもはっきりしないモヤモヤの理由を、ラーケンは分かっていた。だが、まだ答えが出ない孫を見つめる顔は、どこかしんみりしている。
「なぁズーケン…お年玉、欲しかったか?」
「え…?」
見舞いに行くか行かないか悩んでいたところに、唐突に聞かれたズーケンは祖父の切なそうな顔もあって一瞬唖然とする。
「いや…ほら、俺お前が生まれる前に死んじまっただろ?だから…俺はお前に、お菓子をいっぱい食べさせたり、おもちゃを買ってやったり、お年玉をあげることだって出来なかった…。それがずっと心残りでさ、俺だってお前のこと大好きだしさ、それをもっとこう…形にして、思い出を作ってやりたかったんだよ」
「…!」
おそらく、自身がオプローケに言ったことが関係しているのだろう。確かに、オプローケに言った言葉は、自身の思いもあった。夢の中で会うことが出来ても、ズーケンが生きる現実では、物を貰うどころかもう会うことも触れ合うことすら出来ないのだ。仕方がないことだと割り切りながらも、寂しさも少なからず彼の中にあった。
「僕は…お祖父ちゃんさえいてくれたら、それで良かったよ。お菓子やおもちゃ、お年玉がもらえたら嬉しいけど、その為にお祖父ちゃんにいてほしかったわけじゃなくて…ただいてくれるだけで、それで良かったんだよ」
もし今も祖父が生きていたら、お菓子やおもちゃ、お年玉をねだったりしただろうか。それは今となっては分からないが、生きていてさえてくれれば、それだけで良かった。そう思える自分であってほしい。ズーケンはそんな思いを抱いていた。
「けど、もう仕方がないことだって分かってるよ。でも、こうして祖父ちゃんは僕に会いに来てくれるし、僕の事を何度も助けてくれたよね。それに、思い出ならいっぱい貰ってるよ。夢の中でこんなに祖父ちゃんと話せるなんて、僕と祖父ちゃんだけだと思うからね」
亡くなった祖父と度々夢の中で会話し、その形見で災厄の怨霊を倒し、祖父の親友を救った。こんな経験と思い出、ほぼ間違いなく自分だけのものだろう。それは、優しい笑顔を見せるズーケンの誇りでもあった。
「…そっか。ありがとな。ちゃんと言ってくれて」
ラーケンは安心したように、嬉しそうに微笑むが、孫の思いは聞かなくても分かっていた。だが、ラーケンは生きている間、ズーケンに対し何もしてあげられなかったことが今も心残りになっており、聞かずにはいられなかった。そして今、ズーケンの口からその思いを直接聞くことが出来たラーケンの心は、大きく温かく満たされていた。
「良い孫だな。俺も息子にしたいくらいだよ」
「やや、それはそれはそれは、どうも…」
目の前の祖父と孫の関係を微笑ましく見守っていたガーティ。同時に、生きていれば自分にもこんな孫か子供を持てたのかもしれない。そんな切なさも感じてか、孫とは会えなかったものの、昨日家賃代わりのつもりで送った1000円札を交番に届けた、ズーケンのような孫を持てたラーケンが羨ましく思えた。
「あと、オプローケのことは心配すんな。お前がオプローケに伝えたことは、あの爺さんの思いそのものだったようだ。自身は亡くなったが、オプローケと一緒の時間を過ごせて、思い出をたくさん作る事が出来た。それはあの爺さんにとって、幸せなことだったんだろうな。それに、お前があいつの友達になったことでもう心残りはないみたいだ」
「そっか。それは良かった…うん?」
ズーケンはあくまでも想像でオプローケの心情に思いを馳せたが、ガーティの話を聞く限り正しかったらしい。ほっと一息つくズーケンだったが、すぐに眉間にしわを寄せる。一体何故そこまで分かるのだろうか
「オプローケのお祖父ちゃんと、話せたの?」
「いや、マニヨウジの結界に利用されている霊達と俺達は話が出来ない。だが、どうやら彼らとその未練の元となっている奴とは心が繋がっている。たとえば、オプローケが不安を感じているならその祖父さんの霊にも不安が伝わるようになっているらしい」
「多分だけど、爺さんのような霊から負の感情や無念をより引き出す為に、マニヨウジが敢えて繋いでおいたんだろうな。けど、人の無念を糧にして結界を張っている以上、無念を持たなくなったらもう必要ないだろうから、解放されたみたいだな」
「やや!そうなの⁉そりゃあ…ならいいや」
しかも、いつの間にやらマニヨウジから解放されていたらしい。ズーケンは目を見開き眉間に寄ったしわを一気に伸ばしたが、未練を抱えていた霊を救えたのなら、それはそれで良かった。
「お前らに、友達になってくれてありがとうって、感謝してたぞ。あと、オプローケをよろしく頼むってさ」
「この調子で頼む。お前達なら、あと二人も助けられる。レイコのことも、助けてやってくれ」
「あ、はい…」
マニヨウジの結界に利用されている霊と憑依されているレイコの解放という使命、そしてオプローケを託されたズーケンは、肩の荷が増え重くなるのを感じた。一応、自身に憑りついた霊は今、少なくとも肩にもたれかかってはいないが。
「じゃ、明日も頑張れよ。俺達、応援してるからな。今、すごく辛くて苦しいだろうけど、お前ならきっと大丈夫だからな」
「マニヨウジは恐ろしい相手だが、俺達がついている。応援しかしてやれないが、お前達の力になってみせる」
今も癒えない傷に苦しむ、孫であり家主の傍にいられず見守ることしか出来ない霊達は、せめて励ましの言葉だけでもかけ、その心に寄り添い続けようと心に決めた。
「祖父ちゃん…ガーティさん…ありがとう」
ズーケンは最後に、二人に深くお辞儀する。そして顔を上げた瞬間、彼を窓から差し込んでくる朝日が出迎えた。しかし、爽やかな朝日を浴びる彼の脳裏には、怨霊から受けた仕打ちが過り、罵声が響き渡っていた。