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ダイ2時代 ユウ気を出したらユウ霊出ました

「ねぇ。あの人達じゃない?さっきのお坊さんもいるし」

「だな。ってことは、あのおばちゃんがルーズだかズールだかで…間違いねぇな」

ズーケンが悩んだ末に決断し、以前自分達がささやかな祝勝会を開いた公園にやってきた一行。入り口の看板の陰に隠れながら見つめる先には、ベンチに座る僧侶と占い師のような紫色の装束を纏ったズールの女性。二人は、ズーケン達と同じかそれよりも幼い子供達が滑り台やジャングルジム等の遊具で無邪気にはしゃぐ様を、その保護者達と共に温かい目で見守っている。

「どうするズーケン?あの二人、僕達のことを待ってるみたいだよ。何か企んでるんだろうけど、大人の人達もいっぱいいるし変な真似は出来ないと思うけど…行ってみる?」

「むむむ…」

二人が、レーガリンが思うような悪い人どころか、もう一人の僧侶パチキチも含め心優しい人達であることはよく分かっている。おまけに、子供達を見つめる目も優しい。おそらく昨日抱いた印象通りの人達だろうが、ズーケンは悩む…もし万が一、友人達に危険が及ぶようなことがあれば…。

「ひとまず…僕だけで行ってみるよ」

3人への警戒心はまだ完全には解けてはいないが、今はそれが最善だと思った。

「大丈夫なの?」

「マジかよ。流石に危なくねぇか?」

「うん…まあ…多分。用があるのは僕だけだろうし…あの人達はきっと、悪い人達じゃないと思うから」

昨日会った時に抱いた印象通りの人物達ならば、何も心配はいらない。おそらく、ヘスペローやペティが心配するような事態にはならないだろう。だが、どうも不安も大きい。

「まあ、なんかあったら助けに行くからね。気をつけてね」

「ありがとう」

いざという時は、レーガリン達が助けに来てくれる。その安心感もあってか、ズーケンは看板の陰から勇気の一歩を踏み出すことが出来た。

「!」

しかしその直後、ズーケンの脳裏に、あの忌まわしき怨霊の歪んだ笑みが、罵声が、怨霊が造り上げた恐怖の要塞竜が過る。

「う…ううっ…!」

その直後、ズーケンは呻き声を上げながら、己の中のマニヨウジを振り払うかのように、両手で頭を抱え両足を激しい地団駄させている。

「おいなんか、様子変だぞ…?」

「ズーケン、どうしたの⁉」

突如異変を見せた親友に、ペティとレーガリンが声をかける。しかし、彼の耳には一切届いておらず、今も息を荒くさせながら何かを踏みつぶすかのようにひたすら両足を地面に叩きつけている。

「どうしたのズーケンちゃん⁉」

ズーケン達の姿はとうに見えていたルーズが、樽のような身体を真っ直ぐ起こし短い二足をバタつかせながら、ズーケンの元に駆け寄る。

「ズーケンちゃん…怖がらなくていいからね。おばちゃんがついてるからね…」

ズーケンの身に何が起きたのかは、ルーズには分からなかったが、何かに怯えていることだけは理解出来た。彼女は、今はとにかくズーケンの恐怖を和らげる為、ルーズは笑みを作り、大量の汗が噴き出すズーケンの背中をひたすらさする。

「うう…うう…ううううっっっ…!!」

「少し、あそこのベンチでお話ししましょ。ちょっと失礼…よいしょと」

ルーズの努力も虚しく、ズーケンの状態は変わらなかった。彼女は、周囲の視線を集めてしまっていることもあり、一旦場所を変えようと、未だ震え続ける彼の両脇を抱え、バザルの待つベンチへと運んでいった。

「ズーケン…どうしたんだろう?」

「分かんねぇけど…行くしかねぇな」

「だね…」

ヘスペロー達が怪しむルーズだけでなく、公園の看板の陰から見てもズーケンの身に異変が起きていることは明らかだった。見知らぬ鎧竜の女性に運ばれていく親友を、彼らはこのまま放っておけなかった。

「あら、あなた達も来てくれたのね」

「ズーケン…一体何があったんですか?いきなり震え始めて…」

「私にも分からないけど、何かに怯えているのは確かね…」

駆けつけたレーガリン達に、未だ震え続けるズーケンの背中をさするルーズは安心したように微笑む。だが、ズーケンが目を見開き、肩を切らし、身体が震え続けている程感じている恐怖の正体がなんなのかは、彼女には分からない。

「ねぇ…もしかして…」

「…かもな」

「…」

ズーケンが何に怯えているのか、顔を合わせるヘスペローとペティには思い当たる節があった。ルーズがズーケンの背をさすり続ける一方、彼の背後のある一点を見つめている。だが、そこには誰もいない。

「ズーケン君、悪いけどちょっと、身体を貸してあげて」

ルーズは、返事すらままならないズーケンの震え続ける小さな二本指を両手で優しく包み込み、彼の両手を合わせる。そしてふっと息を吹きかけた瞬間、ズーケンはまるで糸が切れたかのように、がくんと項垂れる。

「ズーケン⁉どうしたの⁉」

突如目の前で気絶したズーケンに、レーガリン達に動揺が走る。しかし程なく、彼はゆっくり顔を上げる。

「悪いが、少し眠ってもらった。緊急事態なんでな」

「えっ…ズーケン…?」

しかし、レーガリンは唖然とする。その目と声は全くの別人、知らない男のものだった。

「ちゃんと説明してからするつもりだったけど、彼が、ズーケンちゃんを見かねて変わってくれって言ったから、ひとまず変わってもらったのよ」

「な、なんだよそれ⁉」

「今ズーケン殿の身体で話しているのは、ズーケン殿に憑りついている霊だ。ルーズ殿の降霊術で、霊とズーケン殿の意識を入れ替えたのだ」

「降霊術…?」

ルーズがズーケンに行ったのは、バザルからの説明通り降霊術。しかし、それを頭で理解できても、それが目の前で起きたことは、ペティやヘスペロー達にはまだ受け止められずにいた。

「俺は、このズーケンに憑りついた霊、キンデサウルスのガーティだ。わけあってこいつに憑りついて、その身体を借りて喋っている」

「えっと…まず、誰ですか?」

今目の前で喋っているのは、ズーケンではなく、ズーケンに憑りついた幽霊である。その状況は未だ理解しきれていないが、ひとまずレーガリンは、名前だけでも聞いてみることにした。

「俺は、キンデサウルスのガーティ。キンデサウルスは、そこの坊さんみたいな感じのやつだと思ってくれていい」

キンデサウルス。バザルのザナバザルと同様、ヴェロキラプトルに近い容姿を持ち、その名は幽霊トカゲを意味している。

「お坊さんみたいなって…あっ!」

何かを思い出したレーガリンは、おもむろにズーケンのショルダーバッグに手を突っ込み、あるものを取り出し、ズーケンに憑依したガーティに見せる。

「ねぇ、もしかしてだけど…この僕達の写真に写ったのも君?」

「ああそうだ」

「マジかよ!」

思い出の心霊写真に写った人物の正体が発覚。ペティは思わず後ずさりする。

「んもぅ。なんでこんな真似するんだよぉ。めっちゃびっくりしたじゃないかぁ」

「悪いな。俺達幽霊は、お前ら生きてる奴らと違ってまず目に見えない上、その存在をアピール出来ることといったら、写真に写り込むぐらいなんだよ」

「存在をアピールって…一体なんの為に?単なるいたずらとかじゃなくて?」

内心、心霊付き思い出写真に対し肝を冷やしていたレーガリンは、ガーティが何故心霊写真で手を出したのかが分からず首を傾げる。

「ある女を、助けてほしいんだ」

「ある女…?」

「もしかして元カノ?」

「まあそんなとこだ」

「え、うそぉ」

「やはりか。成仏できずこの世に彷徨う魂の未練の多くは、家族や恋人が関わっている」

ガーティが女性のことを口にした時、バザルはこれまでの経験から、レーガリンは軽い冗談のつもりだったが、ドンピシャを導き出した。

「それで、その元カノさんを救うには、私達は何をすればいいの?」

「この前あいつが入院している病院行ったら、何か結界のようなものが張られていた。しかもその結界からは、強い無念の気と、恐ろしい怨念を感じた」

「結界…?」

「そうだ。無念の気は四人、怨念は一人、合わせて5人分の念でその結界は作られていた。特に怨念の方は寒気を感じる程強力なもので、俺は近づくことすら出来なかった」

「えっと…そもそも、元カノさんは病気なの?」

「ああ。脳の病気で倒れて以来昏睡状態、3年間意識がないまま眠り続けて今年で78だ」

「78ぃ⁉あんた今いくつだよ⁉」

「17だ。俺が死んだのが60年前だからな」

「めちゃめちゃお祖父ちゃんだねぇ」

ズーケンの身体を通し、元恋人の身に何が起きているのかを語るガーティは、バザルとレーガリン、それぞれ核心と根本に迫る疑問に答えていく。しかし、疑問に答えればペティ達に新たな疑問が生まれ衝撃が走る。

「それで、その結界を作っている人達の念は、それぞれ誰のものか分かる?」

「無念の気を持った4人の内、俺の昔の恋人、レイコ…アダサウルスの女のもの以外は全員知らない者だ。だが、寒気がする程の怨念の持ち主はすぐに分かった。そしてそいつが、あの結界を作ったこともな」

「誰なの?それは?」

話を進めるルーズは、ガーティのかつての恋人のこと、彼女を利用し結界を作った者の正体に迫る。

「…マニヨウジだ」

「「「「「ええっ⁉」」」」

ガーティの元恋人を覆う結界を作った怨霊の正体。それは一か月以上前、ズーケン達が10人がかりでようやく60年の因縁に終止符を打った災厄の怨霊、マニヨウジ。その存在は今も少年達の心に深く刻まれ、時折平和を取り戻した彼らの脳裏に現れ、消えることのない恐怖と苦しみを思い出させている。

「でもマニヨウジって僕達があの時んが」

「だぁも!と、とにかく、マニヨウジはもういないんじゃないのか?」

ペティは咄嗟に右手で、言葉のフィルターを通さないレーガリンの口にフィルターを作った。

「マニヨウジ自身は既にとうの昔に世を去った。だが、その魂の気配はまだボンベエ盆地に残っていた。それだけでなく、奇妙なことにマニヨウジの魂の近くには子供のダイチュウ人と他のシゲン人の魂を感じた」

「そうそう。それと先月ボンベエ盆地で爆発騒ぎがあったでしょう?それでその次の日見に行ったら、マニヨウジの気配はまだ残ってたけど、男の子ともう一人のシゲン人の気配はなくなってたのよ!それどころか、ボンベエ盆地にいたシゲン人の霊全員が一人残らずいなくなってて、ちょっと信じられないけど不思議なこともあるものよね~」

バザルとルーズが奇妙そうに顔をしかめる一方、レーガリン、ヘスペロー、ペティの3人はそれぞれ顔を見合せる。まさか自分達がその爆発騒ぎの当事者であり、爆発の原因が自分達とマニヨウジとの戦いであることなど、二人は勿論、誰一人思いもしないだろう。

「その後も気になって定期的に様子を見に来ていたのだが、昨日来た時にはもうマニヨウジの気配はなかった」

「んじゃ、もうマニヨウジは今度こそいなくなったってことだね」

「いや、奴はまだこの世で彷徨っている」

「え?」

フィルターを外してもらったレーガリンは色んな意味で安堵したが、それもガーティによって破られた。

「お前達がマニヨウジと戦い、奴を倒し、他のシゲン人の霊達と共にをあの世に還した。だが、マニヨウジは逃げ延び、既にボンベエ盆地を離れた」

「「「ええっ⁉」」」

話したところで誰も信じないであろう少年達だけの秘密。その秘密をあっさり見抜かれた上、彼らが生涯心に残る傷を与えられながらも倒した筈のマニヨウジが、まだこの世のどこかにいる。その事実が、少年達に当時味わった計り知れない恐怖を蘇らせつつあった。

「あら⁉そうだったの⁉というかいやだ、あなた達とんでもない子達だったのね!」

「シゲン人の霊達が一斉にいなくなったのも、お主達が絡んでいたのか…」

あのマニヨウジを倒したのが目の前にいる少年達であることに、ルーズとバザルは一瞬耳は疑ったが、その見開いた目は、彼らを一切疑っていなかった。

「まあそうだけど…あっさり信じるんだねぇ」

「だって彼、嘘言ってないもん。嘘言ってたら私達分かるもんね?」

「無論」

「うそぉ」

レーガリン達は、驚きと不思議に満ちた気分だった。霊が見えたり霊媒が出来たり嘘が見抜けたりと、二人は意外と凄い人達なのかもしれない。レーガリンは首を左右に振り、二人を交互に見やる。

「でも、どうしてそのことを知ってるんですか?」

「俺もあの時、あの場でお前達の戦いを一部始終見守っていたからな」

「なら、助けてくれてもよかったじゃないか。僕達あの時死んじゃうところだったんだしさ」

「俺達もそうしてやりたかったが、出来なかった。まずそもそも霊は生きてる奴に干渉出来ない。マニヨウジのようなシゲン人でもいない限りはな。仮に出来たとしても、俺達じゃ奴に太刀打ちどころかお前達ちを助けることさえかなわなかっただろうな」

少々不満げなヘスペローの疑問に答えられても、当時のレーガリンの思いには応えられなかったガーティ。彼も他の霊達と共に、力になりたくともなれない歯がゆさと悔しさを抱えていたのだ。

「それで、ボンベエ盆地から離れたマニヨウジは今、お主の元カノ殿に憑りついているということだな?」

「ああ。奴が張った結界のエネルギー源に使われている霊達の無念や未練を晴らせば、負のエネルギーも消えて結界も解ける筈だ」

「でも、問題はマニヨウジね。その元カノさんの結界は解けても、肝心のマニヨウジがどこにいるのか分からないから、私達の知らないところで復活されちゃうかもしれないわね」

「というか、そもそもなんでマニヨウジは結界を張るのにその元カノの人を選んだの?」

「おそらく、マニヨウジはおそらく他人の負の感情から生まれる念を己の力に変える。力を取り戻す為により強い未練や心残りなことを抱えている相手を、その負のエネルギーを供給する源に選ぶんでしょうなぁ」

バザル、ガーティ、ルーズ3人の会話に置いてかれそうな少年達の一人レーガリンの質問には、彼の背後から昨日ズーケン一家が出会ったもう一人の僧侶が答えた。

「うわっ⁉いつの間に⁉」

「あらおかえり」

身体が跳ねるレーガリンとは対照的に冷静なルーズを見る辺り、どうもつい先程帰ってきたらしい。

「それに、あの結界はマニヨウジに、レイコはんや他の霊達の未練や無念などを元に作られた負のエネルギーを送る供給先になっとる。マニヨウジが結界から離れていても、力を取り戻し更なる力を得る為のエネルギーが送られてくる上、結界を張る為の核にされとるレイコはんはどんどん弱っていく」

「なら一刻も早く奴を捜し出さねば…」

「せやけど、仮にマニヨウジを見つけても、レイコはんに張った結界の影響で、奴には常に負のエネルギーが送られている状態。つまり、ほぼ無尽蔵にエネルギーが送られてくる奴を見つけても、返り討ちに遭う可能性が高い。それに、マニヨウジへの負のエネルギーの供給先にされとる以上、こうしている間にもレイコはんはどんどん弱っていく。あちき達は、マニヨウジを捜し出すことよりレイコはんや他の霊達を救うことを優先させるべきでしょう。最も、奴もそれを見越した上であの結界を作ったんでしょうけど」

普通なら、バザルのようにすぐにでもマニヨウジを捜しに行こうとするだろう。だが、レイコ達を元に作られた結界がある限り、マニヨウジはエネルギーを与えられる一方、逆にレイコは衰弱していく。どの道、結界に利用された霊達の未練を断ち切り、無念を晴らす必要がある。それをどこか気の抜けたような声と口調で語るパチキチだったが、内心現在の状況にかなり危機感を抱いていた。下手に少年達を刺激しないよう、顔には一切出さないようにしていたのだ。

「けど、救うっていったってどうやって?未練や無念を元にその結界が作られているなら、その未練や無念を晴らさなきゃいけないんだろうけど、まずそれがなんなのかが全く分かんないわけだし。霊達とは、話せないの?」

「生憎、そうしたかったところなんですが、結界のせいでそれもかなわんかったんですわ」

「なぁんだぁ」

レーガリンは肩を落としてがっかりするが、何も悪いことばかりではなかった。

「そうがっかりしなさんな。一応、結界に利用されている霊達からはそれぞれ負の念が出とって、その内2つは、レイコはんがおる病院内に未練の相手がおることが分かりました」

「あら!でかしたわね!」

「つーか、病院入れたのかよ…」

パチキチの調査結果の収穫は小さく拍手するルーズ達にとって大きいが、ペティが思ったように、患者と見舞いに来た者でもない限り、院内を探索しようとしても受付に止められるだろう。

「丁度健康診断の結果を取りに行く用があったもんで、それを待つ間に特に怪しまれることもなく探索出来たんですわ」

「えっと…その恰好で?」

渋い表情のレーガリンは、パチキチのオウムのような頭の先からニワトリのような爪の先まで視線を下ろし、そのいかにも僧侶な装いを訝し気に凝視する。病院では一番適さない恰好だろう。

「とんでもない。流石に縁起でもないので真っ黒なスーツにコートにブーツを決めて参りましたとも」

「あそう」

僧侶ということもあって、良識とおしゃれ意識も持ち合わせているらしい。レーガリンは少し、僧侶に対する理解が深まった…のかもしれない。

「それで、その霊達のことと、それぞれ未練を持った相手は分かったの?」

「マニヨウジが結界に利用した霊達は、さっき言ったヨロイ系の爺様に加えて、ヨクリュー系の爺様、そしてギョリュー系の女性の3人。その内ヨロイ系とヨクリュー系の爺様の未練の相手はそれぞれ子供と女性…年の差から考えて孫と妻でしょうなぁ」

「そこまで分かるんだ…」

ヨロイ系とは、地球では鎧竜と呼ばれるアンキロサウルスやそれに似た姿をしたダイチュウ人のことを、ヨクリュー系はプテラノドンのような翼竜、ギョリュー系はくちばしや魚のような目を持ったイルカに近い姿をした魚竜とそれぞれ呼ばれる。

また問いに答えるパチキチやルーズ達3人には、魂だけとなった霊は生前の姿で映る。ただし、その霊が何の種族であるかは、大きな違いがない限り本人に聞かねば分からない。

「ギョリュー系の霊って…ダイ大海の方だよな?マニヨウジは、海まで行ったのか?」

「今のマニヨウジは魂だけの存在だからな。死者の魂にとっては海に行くことも容易い。おそらく、我々がいるダイ大陸から離れたダイ大海の霊を利用することで、結界が解かれることを遅らせ、自身の復活の為のエネルギーを得る時間を稼ごうとしているのだろう」

「わざわざ海にいる霊を連れてくるとは…変なとこでずく出しやがるな」

ペティの疑問には、バザルが憶測を含めて答えた。その中に垣間見えるマニヨウジの魂胆に、ガーティは憑依した少年の小さな両腕を組み、その執念に呆れるのだった。

「ねぇ。あなたと元カノさんのことについて、もっと教えてもらってもいいかしら?マニヨウジが目をつけたということは、よっぽど未練が強いってことだろうし、普通に気になるし、もしかしたらあなたの元カノさんの未練も分かるかもしれないし」

「確かに。そういやあんたについても分からないことだらけだわ。いっそあんたのことも全部話してもらった方が早いかもな」

「…分かった」

ルーズからの提案に、首をゆっくり縦に振るガーティ。ペティも誰も、彼のことは元カノがいたこと以外何も知らないのだ。

「まず、俺が死んだのは17歳の時、シゲン人との戦争の真っただ中だった。兵士として徴兵された俺はボンベエ盆地で戦い、そして呆気なく死んだ。だが、俺が殺されたことよりもあいつ…レイコのことが気がかりだった」

「今、マニヨウジに憑りつかれている元カノさんのことね」

ガーティは命を落とし魂だけの存在となった直後、己の命を奪ったシゲン人への憎悪を抱いた。だが、そのシゲン人もまた、ガーティの同志によって討たれた。だが、その同志もまた他のシゲン人によって討たれ、そのシゲン人もまた…その繰り返しだった。

「俺が霊になってからも、俺はレイコの傍にい続けた。だが俺は、見ていることしか出来なかった。俺が死んだことを知って悲しんでいる時も、どれだけ隣で慰めようが励まそうが、全く届かなかった。戦争によって大事なものを奪われ、大きな悲しみと深い傷を背負いながら一人で生きていくあいつを、俺は見ていることしか出来なかった。だが、それでも俺は、レイコの傍にいたかった。あいつのことが心配だったからだけじゃなくて、俺がただ、あいつの傍にいたかっただけなんだ。いつかあいつが、大きな幸せを掴む…それこそあいつが結婚した時も、子供が生まれた時も、その子供が自立するまでもな」

「偉いわね。ボンベエ盆地にいる霊って地縛霊が多いのに、あなたはそうならなかったのね。相手を憎む気持ちより、レイコさんへの思いが強かったってことね」

「…だねぇ」

たとえ命を落としても、自分以外の誰かと結ばれたとしても、それでも愛する人を見守り続けたガーティ。そんな彼にルーズは小さく拍手しながら感心を抱くものの、まだ恋を知らないレーガリンにはどうもストーカーのようにも見えてしまうのだった。

「あの…じ、地縛霊って何ですか?」

おそるおそる、誰か答えてほしい思いを元に尋ねたヘスペローに、即座にバザルが対応した。

「己が死んだことが受け入れられない、または理解出来ずにいる者が、命を落とした場所に彷徨い続ける霊のことだ。ボンベエ盆地で戦死した者は皆、不本意に死を遂げた者が大半なのだ」

「あ、ありがとうございます…」

「礼には及ばん」

ヘスペローがちゃんと答えてもらえたことに安堵し小さくお辞儀する様に、バザルは表情を一切変えず短く返事をした。だが、その心の底からは嬉しさがこみ上げており、気分は上々であった。

「というか、いくら死んじゃってるとはいってもさ、流石に相手が結婚するのはイヤじゃなかったの?」

「…まあ。俺は死んでたからな。死んでる奴と結婚なんか無理だろ?」

「…」

自分だったら絶対に嫌だ。そんなレーガリンから視線を逸らし、ガーティは答える。それは、これで良かったと自分に言い聞かせているようにも聞こえた。彼女の幸せを願う一方、その彼女と共に幸せになることが叶わず、誰かに託すしかないことには、内心複雑な思いを抱えていたようだ。

「それに、俺は徴兵されることが決まった時、生きて帰ってこられないことを覚悟した。だから兵士として出撃する前日、俺はあいつに言った。もし俺が帰って来なかったら、その時はお前が幸せになる生き方をしろ。いなくなった奴のことを待つ必要なんかないってな」

「うわぁ素敵。レイコさん、あなたにそこまで愛されてたのね。私にもそんな時期があったのよ~」

「はぁ…」

ルーズが両手を合わせ、うっとりするような表情を浮かべている様から、レーガリンは彼女が現在独り身であることを察するのだった。ただ、それは流石に言わない方がいいだろう。

「それで、そのレイコさんやけど…もう危篤ではないですか?彼女の気配が弱々しかったもので気になりましたわ」

「…そこまで分かるのか。そうだ。もうじきあいつは死ぬ。意識を取り戻さないまま、老衰でな」

「きと」

「患者が意識を失い、もう助からない状態にあることだ」

「あ、ありがとうございます…」

「僕も知ってたけんだけどなぁ」

待っていたと言わんばかりのバザルが迅速に対応した。ヘスペローはやや引き気味になりながらも礼を言ったが、次からは黙っておこうと決めた。バザルの反応が早すぎるが故に少々恐怖を感じたこと、医者の息子であるレーガリンが少々拗ねた態度でいることから、次は僧侶と競争しかねないと判断したからだ。

「多分やけど、レイコさんが狙われた理由はそこにあるんでしょう。レイコさんには、他の霊よりも大きな心残りがあった。んで、今にも世を去ろうとしている。マニヨウジはそれにつけ込んだ」

「どういうことだ?」

「マニヨウジはシゲン人。魂だけとなったシゲン人の中には、他人の負の感情を糧に力を得る者もおります。まさしくマニヨウジがそれですわ。もしそうなら、レイコさんが何かしらの未練を抱えながらこの世を去るのを待っている可能性が高いでしょう。もしその未練が晴らされないまま亡くなれば、その無念の念は大きい。仮に地縛霊にはならなくとも浮遊霊となってこの世を彷徨い続けることになる…。身動きが取れても未練を残したまま亡くなれば成仏することも叶わず、その負のエネルギーは強い。それを利用して、また力を得ようとしとるのかもしれません」

「…有りえるな。あいつの未練といったら…」

シゲン人の特性とマニヨウジの人間性によるキチパチの推測は、ガーティを始め誰もが納得のいくものだった。そして、レイコが抱える未練の正体もまた、ルーズにはおのずと理解出来た。

「あなたのことじゃないの?ほら、あなたは彼女の幸せを願って見守っていたけど、彼女はずっとあなたのことが忘れられなかったのよ。だから、あなたに会いたいんじゃないかしら」

「…」

視線を落とすガーティは、ルーズの言った通りであることをよく理解していた。レイコが自身のことを思い返し、思い詰め、時には涙する様をその傍で何度も見てきたからだ。そしてその度に、傍にいるのに何も出来ない無力さと悔しさがこみ上げていたのだ。

「けど、死んじまってるならもうどうしようもないよな…」

「いや、人は死の間際、霊が見えるようになる者もいるそうだ。もしかしたら彼女も亡くなる間際、お主が見えるようになるかもしれん」

「私も父が亡くなる間際に言ってたわ。前日に死んだ母さんが迎えに来たって」

「マ、マジかよ…」

「夢かお家の関係なんじゃないの?」

「そうかもね。でも、私は素敵な話だと思うわ。会いたかった人と、最後には会えたんだもの」

どうやら実体験に基づく内容らしい。ペティとレーガリンはそれぞれ目を丸め細めるものの、ヘスペローは、ルーズの思った通りであってほしいと優しい目で見つめていた。

「だが今、レイコにマニヨウジが結界を張っている。あの状態じゃ話すこともかなわない…」

ガーティ自身と同じ様に、成仏できずこの世を彷徨い続けることになる。それだけは何としても避けたいガーティは、身体を借りた少年の瞼を強く閉じ、思い詰めているようだった。

「マニヨウジの結界は他者の魂を閉じ込める力がある。あれがある限り、たとえレイコはんの未練が解消されようと、成仏は叶わんでしょう」

「結界を解かないとね。まず、私と同じヨロイ系と、ユクリュー系のお祖父ちゃんの霊二人からね。その未練の相手が二人共同じ病院に入院しているってことだけど、ヨロイ系のお祖父ちゃんのお孫さんの方は、あなた達誰か知らない?」

レーガリン、ヘスペロー、ペティはそれぞれ顔を見合わせるが、心当たりはない。

「じゃあ…」

となると、この場で知っているかもしれない人物はあと一人。

「そろそろ離れた方がよいだろう。彼からも話を聞かねばならない」

「そうね。それに霊媒って意外と身体に負担がかかるし、この辺にしときましょう」

「…そうだな。用件は伝えたからな」

これ以上はズーケンの身体に負担をかけ過ぎてしまう。そう判断したバザルとルーズの提案を呑んだガーティは、小さく息を吐いた。

「離れるって…お祓いすんのか?」

「俺が憑りついていても、こいつには何の得もないからな」

「あ、ちょっと待って」

ペティの言った通り、ガーティはズーケンの身体から引き払うつもりらしい。ただレーガリンはその前に、どうしても聞かずにはいられないことがあった。

「ズーケン…何かあったの?ここ最近、あんまり元気ないっていうか口数が減ったっていうか…なんだかいつものズーケンじゃない気がして…さっきもすごく震えてて、怯えてたみたいだったし…」

「!」

レーガリンの疑問は友人としての心配でもあり、同じズーケンの友人ヘスペローやペティ、その場に居合わせたルーズとバザルの疑問且心配でもあった。マニヨウジを倒してから一か月、入院生活を終えてからまだ一週間。マニヨウジと戦う以前と比べ、レーガリンはズーケンの変化を感じ取っていた。先程のズーケンは、明らかに様子がおかしかった。

「ズーケンは今、大きなトラウマを抱えている。原因は、マニヨウジだ。自身だけでなく目の前で友を傷つけられ、命の危機に陥った。その時に味わった図りしれない恐怖と苦痛によってその心は深く傷つき、結果ズーケンは生涯に残る傷を負った。それが今でも脳裏に何度も蘇り、苦しめ続けている」

「トラウマ…?」

突如ズーケンの身に降りかかった震えと恐怖の正体。それは、一か月前にボンベエ盆地で戦ったマニヨウジによって刻まれた、深い心の傷であった。マニヨウジとの戦いから見守り続けていたガーティには、今彼の身に起きた変化の正体をよく理解していたのだ。

「そうだったの…無理もないわね…。すごく怖かっただろうし…」

「こりゃズーケンはんには相当なケアが必要やな。君等は、大丈夫なんか?」

マニヨウジとの戦いを辛くも制したズーケン達だったが、下手をすれば全員命を落としてもおかしくはなかった。入院生活を余儀なくされる程負傷した彼らが味わった恐怖とマニヨウジの圧倒的な力は、ルーズやパチキチの想像を遥かに超えるだろう。

「まあ…今でも思い出す時はあるけど、あんな感じに震えたりはしないな」

「僕は…正直今でも辛くなっちゃう時があるんだ。だから、学校に行けない日もあって…」

「僕は、マニヨウジを倒してからしばらくはしんどかったけど、今はそんなに思い出さないね。なのに、なんでズーケンだけ…?」

ズーケンと共にマニヨウジと戦ったペティ、ヘスペロー、レーガリンも、決して浅くはない心の傷と小さくはないトラウマを抱えている。しかし、ズーケンのように身体が急に震え出したり、過呼吸に陥ることはない。何故自分達とズーケンにここまで差が出来るのか、レーガリンは顔をしかめた。

「ズーケンは元々、人一倍繊細な心を持っていて、人より傷つきやすい。それに加えて、お前達よりマニヨウジと対峙していた時間が長い上、マニヨウジに執拗に苦痛を与えられていたことも大きいだろうな」

「言われてみれば…あいつ、ズーケンにだけやたら目ぇつけてたよな」

ペティの脳裏に蘇る記憶。ズーケンは、血怨城という新たな体と圧倒的な力を持つマニヨウジによって友人達を目の前で次々と蹂躙され、同じく既に蹂躙された親友達と力を合わせて救い出したバウソー達の命を取るか、自身の身を案じて駆け付けたレーガリン、ヘスペロー、ペティ達の命を取るか、選べる筈もなく10にも満たない少年には重過ぎる選択を迫られた。極限状態に陥ったズーケンは、悩み抜いた末己の命と引き換えに親友達全員の命を救うことを選んだ。しかし、マニヨウジは自己犠牲を選んだズーケンの決断を踏み躙り、レーガリン達3人にその逆恨みの炎を向けた。何故マニヨウジがこれ程までズーケンに固執していたのか。それは、60年前自身を封印した少年少女達の仲間の一人であり、自身が唯一耐性を持たないダイナ装備ティラノズ剣が生まれるきっかけになったラ―ケンの孫であること。そのティラノズ剣によって、自身が人質として憑依していたバウソーと分離させられたこと、何よりプライドの高いマニヨウジにとって唯一の脅威であるティラノズ剣の持ち主であることが関係していた。ラ―ケンとズーケンへの一方的な逆恨みを抱いたズーケンを徹底的にいたぶり、精神的に追い込むことで戦意喪失させ、60年前封印されたこと、バウソーと分離されたことへの屈辱を晴らすことで、最後にはその命を奪おうとしていたのだ。

「ケルベ達は、大丈夫かな?ズーケンと同じぐらいマニヨウジといたし…」

「今度聞いてみよっか。最近会ってないし」

ヘスペローが心配するケルベ、ルベロ、ベロンの三兄弟は、レーガリン達より先にズーケンとダイナ装備達と共にマニヨウジが待ち構えるボンベエ盆地に赴いていた。ズーケンのように強いトラウマを抱えていないか、それを確かめる為にもレーガリン達は、3兄弟と会うことを決めた。

「一度、マニヨウジと戦った者全員医者に診てもらうといい。特にズーケン殿には、より精神的なケアが必要になるだろう」

「医者って…僕達もう退院してるのに…」

マニヨウジと戦った際、自分達は確かに身体中に怪我を負ったが、今はすっかり完治して学校にも通えている。身体はどこも悪くないのに何故医者に行くのか。バザルのことばの意味をレーガリンが尋ねようとした時、ズーケンの顔や小さな腕が小刻みに震え始める。

「悪い。もうズーケンが限界だ。じゃあな、世話になった」

「ちょ、ちょっと最後に一つだけ…」

霊媒は身体に負荷がかかる。特にズーケンのような子供にはより負担が大きい。頃合いを見たガーティはズーケンから離れようとするが、今まで4足歩行だったレーガリンが咄嗟に立ち上がり、小さな5本指の内一本を立てる。

「なんで、ズーケンに憑りついたの?ボンベエ盆地には僕らだっていたのに」

「ズーケンが、マニヨウジを倒したからだ。お前達の力もあってこそだが、一番はこいつのおかげだろう。結果的に逃げ伸びていたとはいえ、お前達はマニヨウジを命懸けで倒し、シゲン人の霊達をあの世に還した。マニヨウジは誰にも止められないと思っていた俺達に、どれだけ希望を与えてくれたか…礼を言わせてくれ。ありがとう」

この時、ガーティが初めてズーケンの身体を通し、優しい微笑みを見せた。

「それにこいつ、ズーケンはいい奴だな。とても居心地がいい。俺まで優しい気持ちにさせてくれる。俺にもこんな友人が欲しかったぐらいだ」

「そんなに褒めるんだったら、いっそ一緒に住まわせてもらえば?家賃とか払ってさ」

「家賃か…払えるもんなら払っていいかもな」

一番の親友を褒められ内心ウキウキ気味なレーガリンの冗談に、ガーテイも冗談を交えて返す。両者共に楽しそうだ。

「まあ…あんさんならズーケンはんに害を加えることはないでしょうけど、こればっかりは本人次第やなぁ」

「そうね。一回ズーケンちゃんから引き払うかどうかはお預けして、あなたがいてもいいかズーケン君に聞いてみましょう。みんなは、それでいい?」

「まあ僕はいいけど二人は」

「異議なし」

「んもぅ、僕はヘスペローとペティに聞いたんだけどなぁ」

その後、この場にいる全員の意見がバザルと一致したことで、いよいよ少年達の人生史上初めての霊媒が終わりを迎えようとしている。

「それじゃ、ズーケン君の意識を戻すわよ。目を閉じて手を合わせて」

「ああ…頼む」

ルーズに両肩に手を置かれたガーティは、少し寂しそうだ。

「ねぇ…ズーケンは、大丈夫なの?」

「…しばらくはな。だが、早く医者に診せた方がいい。あんた達も、いいところがあるなら紹介してやってくれ」

「そうね。丁度知り合いに一人いるから、連絡してみるわ」

「ただ、マニヨウジのことは、ズーケンはんには言わん方がええかと。あの感じやと、名前を出すだけでもあかんでしょうからなぁ」

「マニヨウジのことは、我々だけで対処する。その為の協力はさせてもらう。全力を尽くそう」

ズーケンが意識を取り戻した時、再びトラウマに見舞われないだろうか。レーガリンが懸念を見せると、ガーティはルーズ達に少年達に手助けを求めた。ズーケンが抱えている問題は、子供だけでは解決が難しい、大人の助けがいるからだ。ルーズ達3人は互いに顔を見合わせ頷き合い、病院探しは勿論、ズーケン達の為に尽力することを決めた。

「ありがとな。久々に誰かと話が出来て、正直嬉しかった。こいつ、ズーケンにも礼を言っといてくれ」

霊となった彼は、生きている者には誰にも見えず声も聞こえない。緊急事態とはいえ、こうして生きている誰かと話をするのは、命を落としたその日以来のことであったのだ。

「うん。分かったよ。またね」

「…ああ」

レーガリンが寂し気な表情と共に名残惜しそうに言うと、彼と同じような表情と口調でガーティが返事をすると、その口元の少しだけ緩む。その直後、ルーズがフッと息を吐くと、糸が切れたかのようにズーケンの身体がうなだれる。そして数秒後、ズーケンの瞼がゆっくり開かれる。

「…やや?」

ゆっくり顔を上げたズーケンはまるで、昼寝でもしていたかのような半開きの眼で右、左、右と友人達と霊能力者達を見渡す。

「終わったわよ。お疲れ様。具合はどう?」

「やや…まあ…」

少なくともする前に自身を覆っていた恐怖と震えはなかった。この時点で、ズーケンは先程までマニヨウジのことをフラッシュバックしたことを覚えていなかったが、心のどこかで何かが引っ掛かっているような、ザワザワしているような、なんとも言い表しがたい状態だった。

「色々話したいことがあるけど、もう日が暮れそうだからそろそろお家に帰った方がいいわね。事情は後でお友達から聞いてちょうだい」

「あ、はい…」

ひとまず返事をしたズーケンだったが、寝起き同然の状態である為、ルーズの言葉の意味はほぼ理解できていない。

「それじゃみんな、何かあったら私の店まで来てちょうだい。ていうか、私の方から行くかも。またね」

冗談交じりに笑いながら、ルーズは最後にズーケン以外の少年3人に名刺を渡し、二人の僧侶と共に公園を後にした。

「そういえばあなた、健康診断の結果はどうだったのよ?」

「おかげさまで無病息災、健康体そのものですわ」

「何よりだ」

会話を交わす3人が遠ざかっていく中、未だに何が起こったのか理解に困るズーケンに、レーガリンは一言。

「まあ要は、ズーケンは今、大家さんみたいなもんだねぇ」

「やや、それはどういう…」

意味なのか聞こうとした時、どこからか風になびかれ一枚の紙切れがズーケンの頭上にやってきた。彼は咄嗟にジャンプし、それを両手の二本指でキャッチする。そして、その正体に目を丸くする。

「やや!」

それは、1000円札であった。ズーケンの月一のお小遣いと同じ金額である。

「マジか!ラッキーだな!」

「きっと、家賃だろうねぇ」

浪費家のペティは久しぶりに見る千円札に目を輝かせる。また、冗談のつもりで言ったが律儀な計らいをする親友の住民に、レーガリンはガーティにますます好感を持った。

「いや、交番に届けるよ。きっと誰かのお金だし、その人が探してるかもしれないから」

目に見えぬ者からの折角の気持ちだったが、ズーケンは見知らぬ者の気持ちを汲み、近くの交番に届けることにした。もし自身がお金を落としたら、きっと青ざめて慌てふためくだろう。だが、もしそのお金を誰かが拾って交番に届けてくれたら、とても嬉しい上に温かい気持ちになれるからだ。

「うん。僕もそれがいいと思うよ」

「まあ、落としたとはいえ誰かの金だからな。今頃焦ってるかもしんねぇし」

「勿体ないなぁ。でも、それでこそズーケンだね。よかった…いつもの君で」

「やや、そりゃどういう」

「なんでもない。さ、行こっか」

ズーケンがマニヨウジのことを思い出し、恐怖と震えが彼を再び彼を襲う前に、レーガリンはズーケンの背中をやや強引に押しながら、4人で公園を出た。




「ねぇズーケン。さっき話したズーケンに憑りついている霊はズーケンのこと、友達になりたいぐらいいい奴だってすごい褒めてたよ」

「やや!そうなのか!」

「それに、ズーケンと一緒にいると居心地がいいって。ズーケンが優しいからだって」

「そ、それはそれは…」

「それで、そのガーティが、しばらくの間お前に憑りついててもいいかだってさ。どうする?」

「や?え?やややううむ…」

交番へ向かう道中、レーガリン、ヘスペロー、ペティの3人は、ズーケンに憑りついた霊ガーティについて、マニヨウジのことだけは伏せておいた。ズーケンは友人達から、考える暇もなく霊からのお褒めと間借りの言葉を伝えられていく。少々困惑気味ではあったが、これもなるべく、彼がマニヨウジのことを思い出さないようにするという3人の意図があった。また、心霊写真で見た時は恐怖さえ感じた霊だったが、意外と友好的なので身体を賃貸に出すかどうか…ズーケンは、夕焼け空を見上げる。

「まあ、お前が嫌ならお祓いしてもらっとけ。きっとあいつも文句言わねぇだろうし」

「うん。あの人は良い人だと思うけど…無理する必要もないと思うし」

幽霊が憑りついている。普通なら、ペティとヘスペローのようにすぐにでもお祓いしてほしいだろう。だが、ズーケンのお人好しな性格をよく知っている二人から見れば、自身を気に入っているガーティを気遣うあまり、祓ってほしいと言えないのではないかと懸念していたのだ。因みに、レーガリンの場合憑りついていても家賃を払えるわけではないので、即座に祓ってほしい。

「いや、お祓いしなくてもいいよ。特に僕に悪さするわけでもないわけだし、居心地が良いならいてくれた方が僕も嬉しいしさ」

たとえ幽霊でも、傍に誰かがいてくれた方が多少は心強いからだ。親友達の努力も空しく、この時、ズーケンの脳裏には既にマニヨウジのことが薄っすら頭にあった。だが、先程のような震えはなかった。トラウマの強弱にも、波があるのだ。

「そっか。きっとガーティも喜ぶよ」

レーガリンは、ズーケンならそう言ってくれるだろうと、内心彼の返事にほっとしていた。ガーティとは、小学生と高校生ぐらい年が離れているが、同じズーケン推しとして仲良くなりたい、良い関係になれそうだと密かに思っていたのだ。

「…そうだといいな」

ズーケンもまた、レーガリンと同じようにガーティと親しい思いだった。そうなれば、彼はさらに自身に居心地の良さを感じ、長い間抱えていた孤独が少しでも和らぐのではないかと考えていたからだ。

「…!」

一歩踏み出す度に過る、忌まわしくも恐ろしい怨霊による恐怖と苦痛に満ちた記憶。ズーケンは身体が震えそうになるも、それを友人達に悟られないよう、心配をかけないよう抑え込みながら歩を進めるのだった。

レーガリン、ヘスペロー、ベロンの3人には、心身共に、特に心に深い傷を与えたマニヨウジとの戦いが再び始まろうとしていた。特に一際深く大きな傷を負ったズーケンには何も言わないことを決めた3人だったが、彼の中でも、癒えない傷口が疼く終わりのないマニヨウジとの戦いが既に始まっていたのだ。



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