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ダイノキョウリュウ2 ユウ者達のいえない傷と揺るがない絆  作者: タイガン


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10/11

ダイ10時代 ユウ揚迫らず見守りたい ユウ予なき事態 

紫の人魂に憑依したアサバスカサにユリノが襲われてから数十分後、メトリオリンクス兄妹は、ユーリ親子とユリノを自宅に招き入れ、ルーズと共に二人にマニヨウジとの戦いからダイナ装備のこと、そして今回の幽霊騒動等その詳細を全てを話した。

「まさかそんなことが…。私を助けてくれたカンタちゃん達が、マニヨウジと戦ってくれたのね」

ユリノが見つめるカンタや他のダイナ装備達は、ユリノ達が囲むテーブルの上に横一列で並んでいる。謎の紫の人魂に襲われ、封印されたままのアサバスを置いていくわけにもいかず、皆で兄妹の家に泊まることにしたのだ。一方、ズーケンは精神状態の悪化、日が暮れる時間と門限の都合上、ヘスペローとベロンと共に、バザルとパチキチに送られながらダイ大陸へ戻った。

「そのマニヨウジが今、また復活する為に僕の妻や他の人達の霊が利用されているなんて…」

かつてダイチュウ星、ズーケン達が暮らすダイ大陸やユーリ達が生きるダイ大海を侵略しようとしたシゲン人の指揮を執ったマニヨウジ。それがまだこの世に存在していたこと自体、二人には現実離れした話ではあった。だが、既に目の前で紫の人魂が現れ、傘に襲われた二人にはあながち受け入れられない話ではなかったものの、再び力を得ようとするマニヨウジに負の念を送るエネルギー源とされている亡き妻を思い、ユーリは胸を苦しくさせるのだった。

「あの時、紫の人魂がこのアサバスちゃんを襲ったと思ったら、すぐにユリノさんに向かって飛んでいった。もしかしたら、今のアサバスちゃんにはあなたの奥さんの魂が入ったからじゃないかと思うんだけど」

「!」

「まさか…!妻に限ってそんなことする筈がありません!」

ルーズが札塗れのアサバスカサを片手に語る推測を、ユーリは両手のひれをテーブルにつき、前のめりの姿勢と共に感情的に遮る。その一方で、ユリノは目を見開き、ルーズから顔を背ける。

「でもあの時、紫の人魂がその傘に入り込んだ際、周辺にはメトリン達がいたのにわざわざユリノさんを襲ったわ。マニヨウジが一枚嚙んでいる以上、彼女の言った通りユリノさんを狙ったとしてもおかしくないと思うの。それに、襲ったことがたとえ奥さんの意思でなかったとしても、マニヨウジはそれを強い霊力でねじ伏せて思い通りに操るのよ」

「そんな…」

テーブルの上で一番スペースを陣取るカンタが、かつてバウソーに憑依したマニヨウジを元に話すと、ユーリは落胆した表情と共にゆっくり身体を戻す。

「なぁ、アサバスはどうなったんだ?その亡くなった奥さんの魂と一緒に今もそこにいるんだろ?」

「あっ!それね!ズーケンちゃん達には伏せたんだけど…」

アサバスの隣に置かれるアムベエがその身を案じると、ルーズは黒いハンドバッグからあるものを取り出す。

「ほらこの通り」

「「ええっ⁉」」

彼女が取り出した予想外のものに、誰もが声を上げる。彼女が取り出したのは、白い人魂のようなものだ。

「そりゃそうよね。私だってすっかり忘れちゃってたもんやだねぇ!」

「忘れていたとはなんだ忘れていたとは⁉私はあの紫の人魂にダイナ装備の体を追い出されてすぐルーズ殿のバッグに入れられたのだ!ここまでずっと真っ暗だったぞ!」

「しょうがないでしょう!ただでさえ紫の人魂で大騒ぎなのに、今のあなたが見られたらますます皆がパニクるじゃないのよ~!」

「いや…人魂なら、バッグから出られたんじゃ…」

「あ…」

レーベルから指摘され、アサバスは悟った。すっかり傘の体に慣れていたが、今の私は魂だけだ。

「それもそうね…あなた、いい子ね」

「というかあなた、魂掴めたの~⁉」

「いやそうなのよ~!いや私もびっくりしたんだけど、無意識に人魂に手ぇ出したら掴めてたのよ~!」

ル―ズがアサバスの育ちの良さとピュアさにほっこりしたのも束の間、メトリンが本人と共にルーズの秘められた力におかしそうに笑い合った。すると、カンタがあることに気付く。

「ちょっと待って…なんか、アサバス薄くない?」

「何…?」

アサバス自身には分からないが、カンタ達から見れば彼の人魂の体がやや半透明に見えている。

「ほんとだわ…!多分、ダイナ装備の体から離れた影響ね。少なくともダイナ装備から押し出された時よりも薄くなってるし、ダイナ装備としてのあなたの力も弱まっているっぽいし、きっとダイナ装備の体に戻れなくなるわよ!」

「な、なんだとぉ⁉」

このままでは、ダイナ装備でいられなくなる。その現実と、先程まで大笑いしていたルーズから焦りが見え、ただでさえ冷静さを失うアサバスに更なる焦燥に駆られる。さらに、薄くなる前の状態のアサバスの人魂を見ているルーズからしてみれば、魂が透けていくペースの早さから、一日持つか分からない。

「もし、アサバスがダイナ装備に戻れなかったら…どうなるの?」

「多分…ここにいる私以外には見えなくなるし、声も聞こえなくなる。本来人魂って見えないものだし、アサバスちゃんをダイナ装備に変えたラミダスって人の力で見えるようになってるけど、それが消えるのも時間の問題ね…」

おそるおそる問うレーベルに、ルーズは溜息混じりに答える。事態は深刻を極め、急を要している。

「ど、どうすれば私は元の体に戻れる⁉」

「まず、あなたのダイナ装備の体にいる魂がユーリさんの奥さんだとしたら、奥さんが持つ未練や無念を解消してあげないとね。その為には、ユーリさんだけじゃなくて、ユリノさんからも話を聞かないとね」

「え…私、ですか?」

「あなたもよ~く関わってくるのよ。ここにいるアサバスちゃんの未来がかかっているから、ちゃっちゃとお願いね」

「わ、分かりました…」

まさか自分が関わってくるとは思いもしなったユリノだが、ここまでの経緯と先程までメトリンと豪快に笑い合っていたルーズの緊迫した表情から、今が緊急事態であることだけはなんとなく理解出来た。

「そうそう。ユーリさんはリノちゃんが起きない内に、一緒に別の部屋に行ってちょうだい。正直あなたがいるとこっちも聞き辛いことばっかだし」

「で、ですよね…」

ユーリは遊び疲れすうすう寝息を立てているリノを抱き、彼女達が何を話すのかは大体想像がつく故に気になってしょうがない思いを抑え、娘と共に部屋を出た。

「じゃあ早速だけど…あなた、ユーリさんのことどう思ってるの?」

「えっ…どうって…」

部屋の扉が閉まって早々、ルーズは本題に入る。事は急を要するとはいえ色んな意味で急すぎるので、ユリノは顔を左右に振って戸惑うばかりだ。

「ぶっちゃけ、男として意識してるかどうかってことよ。あなたがあの傘に襲われたのは、傘に憑りついた人魂の正体がユーリさんの亡くなった奥さんだからで、彼があなたに好意を抱いていることが関わっているからだと思うのよ」

「ええっ⁉そうなんですか⁉」

両手のヒレで頬を抑えるユリノにはこの時、3つの衝撃が走った。自身を襲った傘の正体、ユーリが自身に好意を寄せていること、そしてその為に彼の亡き妻の魂が宿った傘に襲われたことだ。その内二つには大きな驚きを、もう一つには少なからず喜びを感じていたことを、ルーズとメトリンは一目で分かった。

「それで、あなたが彼のことをどう思ってるのか、それが知りたいのよ。あなたの気持ち次第では、アサバスちゃんの体に憑りついた、ユリさんだと思われる霊の未練をどう断ち切るかとか、あなた達の今後のこととか色々考えなきゃいけないしね」

「…」

もしアサバスからダイナ装備の体を奪った霊の正体がユーリの亡き妻ユリだった場合、ユリノのことをどう捉えているかは重要なポイントになる。もし肯定的に捉えているなら心置きなく二人の背中を押すことも出来るが、そうではないとしても、既に思い合っている二人を強引別れさせるわけにもいかない。複雑な問題と共に頭を抱えるルーズだが、それはユリノも同じだった。

「…ダメですよね。やっぱり、私なんかが亡くなったユーリさんの奥さんの代わりに、リノちゃんのお母さんになろうだなんて…だからユリさん、怒ったんですよね…」

自分がユーリに好意を抱いたことで、彼の亡き妻ユリの怒らせてしまった。同時に、傷つけてしまったのではないかと罪悪感を抱くユリノが、溜息混じりに吐露した本音に対し、メトリンは首を横に振る。

「そんなことないわ。人を好きになること自体は全然悪いことじゃないし、むしろ素敵なことだわ。ただ、相手の奥さんが亡くなっていたり、お子さんがいると難しいわよね。一度、あなたのユーリさんへの思いを話してちょうだい。もしかしたら、何か力になれるかもしれないし」

「はい…ありがとうございます」

以前のユーリのように、ユリノもまた人には話せない思いを抱えていた。相手は子を持ち、しかも自身が働く保育園に通っており、親や友人に話せばまず反対されると考えていた。ユーリと本気で交際、結婚を考えている彼女は、今まで誰にもは話せなかった。そして今、ユリノはやっと話せる相手を見つけた安堵と、反対されてしまうのではないかという不安を抱きながら、話す決意をした。

「リノちゃんが入園する前、私が担当するクラスの子供達の書類に目を通していた時のことです。リノちゃんの家庭だけ、お母さんがいなかったんです。面談の時にユーリさんに話を聞けば、あの海底火山の噴火によって起きた崩落事故で亡くなられたと…とても驚きました。あんな形で奥様を亡くされて、一人でリノちゃんを育てていたんです。とても辛くて大変な筈なのに、お母様も保育士だったユーリさんはその大変さを理解していて、私達保育士のことも、特に保育士になりたてだった私のことをよく気にかけてくださっていました」

妻を亡くしシングルファザーとして仕事と子育てをなんとか両立させながら、大勢の子供達の世話をこなす自分達保育士の身を案じてくれるユーリに、ユリノや他の保育士達は彼を心から慕っていた。その中でも、ユリノの思いは特に強かった。

「ある日、リノちゃんはよく私と一緒にいたいって離れたがらなくて…そのことをユーリさんに話したら…やっぱり、僕じゃ妻の代わりには、母親代わりにはなれないって、辛そうに言ったんです。それ以来、ユーリさんの力になりたいって思うようになったんです」

妻を喪った悲しみを堪え、どれだけ仕事と育児に身を注いでも、母親の存在そのものには敵わない。父親としての無力さを痛感し俯くユーリを前に、ユリノは彼を助けたいというより強い思いと、自然と好意を抱くようになっていた。

「そうだったのね…。ユーリさんも立派な人だけど、ユリノさん、彼を助けたいっていうあなたも立派だわ」

「いえ、そんな…」

ユリノが何故ユーリに好意を抱くようになったのか。それを知ったルーズは笑みを浮かべ、彼女に小さな拍手を送る。一方メトリンは、ルーズとは反対に真剣そのものの表情だ。彼女はこれから、ユリノの気持ちを確かめるつもりだ。

「あなたは、彼と結婚して、ユーリさんの奥さんに、リノちゃんのお母さんになりたいのね?」

「はい、そうです」

「たとえあなたの親御さんや周りのお友達に反対されても?」

「…はい」

メトリンが問いかける。ユリノの声と返事に、迷いはない。周囲の反対があろうと、ユーリを支えようとしている。メトリンもまた、彼女の気持ちに嘘偽りがないことを感じた。だからこそ、問う。

「リノちゃんがたとえ、あなたを受け入れてくれなくても?」

「え…?」

ユリノは、思ってもみないことを聞かれ、言葉を失う。リノは、自分を家に招こうとするぐらい懐いている。ユリノには、彼女から拒絶されるとはとても思えない。

「ユリノさん。リノちゃんは確かに、あなたのことをお母さんのように思っているかもしれない。でもね、実際にお母さんになることになったら、リノちゃんの中で話が大きく変わることだって有り得るのよ。それに、リノちゃんはまだ5歳の保育園児。小学校に上がって、他の子達との違いを、自分が抱えている複雑な事情を理解する日が来たら…あなたのことを、受け入れられなくなるかもしれないんじゃないかって…私はそれが不安なのよ」

「そんな…!」

あれ程自身を母親のように慕っているリノが、いつか自身を拒絶する。ユリノには今のリノの様子からはとても想像し難いことだが、冷静に考えてみれば、もし自分がリノだったら…有り得るのかもしれない。リノは、母親がいないだけでなく、その母親を事故で喪っているのだ。自分の母親だけ、産みの親ではない。いつか周囲との違いを理解し、悩み、葛藤する日がくるのではないか。また、それを語るメトリンの顔は、どこか悲しそうだ。

「私ね、こう見えても今のあなたと同じ様に、奥さんと別れてシングルファザーになった人を好きになって、お付き合いしていた時期があったのよ。その人とは昔からの知り合いで、小学生ぐらいのお子さんがいて、家まで会いに行くといつも一緒に遊んであげてた。その子のことは生まれた頃から知ってて、会っていく内に私は…その子のお母さんになってあげたいって思うようになったの」

今のユリノと同じ、かつて子を持つ相手を好きになったメトリン。ユリノは、メトリンがその過去を懐かしんでいるようにもどこか辛そうにしているようにも見えた。そしてそれは、メトリンにとって最後の恋愛となった。

「子持ちの再婚は、子供が受け入れてくれるかの問題が大きいから難しいって聞いてたけど、あれだけ私に懐いてくれているあの子なら喜んでくれる、私のことを、新しいお母さんとして受け入れてくれるんじゃないかって思ってた…でも、そうじゃなかった。あの日、彼と一緒にあの子に、私が、彼の奥さんになりたい、あなたのお母さんになりたいって言ったら…はっきり言ったわ。お母さんがかわいそうだって…。あの子のあんな怒った顔も悲しそうな顔も、初めて見たわ…」

「…!」

彼の母親になれる。彼が息子になってくれる。そう信じて疑わなかったメトリンは、いつの間にか我が子のように思っていた少年に初めて拒絶され、自身の中の何かが崩れ去っていくのを感じた。その日を思い出した彼女の目に、涙が浮かび始める。

「私が、あの子にとって仲の良いおばさんでいる内は良かった…でも、母親としては受け入れられない。そりゃそうよね…。子供にとって、自分を産んでくれたお母さん以外の母親ってまず考えられないのよ…。あの子は、私から逃げるように階段を駆け上って部屋に引き籠ったわ。それ以来、あの子は私と会おうとしなくなった。あの人は気にするなって言ってたけど、彼からはあの子と上手くいってる感じがしなかった。私のせいであの子を傷つけちゃっただけじゃなくて、彼との親子関係も壊しちゃったんじゃないかって思った私は…彼と、別れることにしたのよ…」

当時負った未だに癒えない傷を、涙ぐみながら語るメトリン。あの日以降も彼と交際は続いていたが、家に招かれることはなかった。加えて、彼に会う度にその息子の様子を何度も尋ねてはいたが、はぐらかされてしまうことが多かった。いつもなら彼の方から聞かせることがほとんどだったが、彼の方から話すことは一切なくなった。メトリンは彼らの親子の間に亀裂を入れてしまったと強い罪悪感と後悔の念にさらされ、自ら彼とその息子の前から去る決意をした。

「ユリノさん。あなたがユーリさんを助けてあげたいっていう気持ちはとても素晴らしいし、本物だと思うわ。でもね、どれだけあなたの気持ちが強くても、どうしても受け入れてもらえないことだってあるのよ。どちらかが悪いわけじゃない。どっちの思いも正しい、だからこそすごく難しいのよ。たとえあなたにどれだけ強い思いがあったとしても、ユーリさんと一緒になれても、もし大きくなったあの子が自分のことを理解する日が来たら…あなたはリノちゃんも、彼も失うかもしれないわ…」

「…」

ユリノが、ユーリの妻に、リノの母親になろうとしている思いと決意の強さは本物である。だからこそ、もしそれが幼いリノからの拒絶によって、ユリノは心に深い傷を負う可能性がある。それと、ルーズの時のように、ユーリとリノの親子関係に影響が出てしまうかもしれない。ルーズの懸念は、それだけではない。

「私の時は小学校高学年ぐらいで思春期だったから難しかったんだろうけど、リノちゃんはまだ5歳。あなたのことを慕っているなら、もしかしたら上手くいくかもしれないわ。ただ、子供を育てるって、子供がいない私達が想像している以上に大変なことなのよ。今のユーリさんは、仕事と子育てで余裕がないだろうから、結婚してもあなたのことまで気が回らないかもしれない。それに、あなたが保育士になってから3年経つのよね?仕事にも慣れてきたと思うけど、正直まだちょっと仕事で精いっぱいじゃない?お互いに余裕がなかったら、どっちも大変な思いをすることになると思うわ」

「…」

メトリンの懸念には、ユリノも思うところがあった。確かに保育士の仕事には慣れてきてはいるが、まだまだ課題は多い。人としても保育士としてもまだまだ未熟な自分に、果たして母親が務まるのだろうか。ユリノは視線を俯かせ、一点をじっと見つめながら思い悩む。

「あなたに、ユーリさんと再婚するななんて言うつもりはない。むしろ、子供のことで相手と別れた私からしてみれば応援してあげたいくらいよ。でもね、再婚するにしてもしないにしても、今の彼のこともあなたのことも、もっと考えてから、お互いもうちょっと余裕を持てるようになってから決めた方がいいんじゃないかしら」

「そうですよね…」

大きくなったリノが、産みの親ではないユリノを母親として受け入れられるか、ユリノにシングルファザーとして精神的に余裕もないユーリを支えられる程の余裕があるのか。現時点で様々な課題は多いものの、ユーリとの再婚自体はメトリンに背中を押してもらえたことに、ユリノは勇気と安心感を貰えた。だが、彼女にはもう一つ、絶対に外せない大きな問題があった。

「…もし、ユリさんが、私とユーリさんが結婚することに反対だったら、私は、どうしたらいいですか?」

「…」

ユリノにとって、ユーリと結婚することにおいて彼の亡き妻であるユリのことは、その子供であるリノと同じくらい気がかりなことだった。もしユーリやリノが自身を受け入れてくれたとしても、ユリが望まないのなら自身は身を引くべきなのではないか。これに関してはメトリンだけでなく、ルーズやメトリンの兄オリンクスも答えに迷う。しかし、メトリンは自身の考えをまとめた。

「私はね、あなたとユーリさんが幸せになれるなら、たとえユリさんが反対していたとしても、結婚してもいいと思うわ。亡くなった人の思いを汲むこともとても大事なことだけど、亡くなった人が遺された人達に一番に望むことは、遺された人達が幸せに生きることだと思うわ。だからユーリさんとリノちゃんが幸せに生きられるなら、あなたと結婚することを否定したりしない筈よ」

「…そうですか。そうだと、いいんですけど…」

メトリンの言う通りであってほしい。結婚するのなら、ユーリとリノだけでなく、ユリにも歓迎されたいとじっと一点を見つめていたユリノの視線が、テーブルの上に置かれた札塗れの傘に移った時だった。

「…あれ?」

ついさっきまで目を細めていたユリノが、急にパッと目を見開く。

「どうしたの?」

「今…傘が、アサバスさんの体がちょっと動いたような…」

「え?嘘?」

「何ぃ⁉」

メトリンに続き、ルーズとアサバスの人魂が同時に札だらけのアサバスカサを覗き込む。傘は、小さく音を立てながら左右に揺れている

「やだ!ほんとじゃない!どうしたのよアサバスちゃん!」

「いや私はここにいる!それよりどうしたんだ私の体ぁ⁉」

思わず軽く仰け反る程仰天したルーズが、アサバスカサを手に取ろうとした瞬間、彼女に触れられる直前、傘は宙に浮き、皆が見上げる中勢いよく開く。そしてそのまま、パチキチが貼った札全てが宙を舞う。

「きゃっ!」

「どうしたんですか⁉」

ユリノが悲鳴を上げると、ユーリの声と共に部屋のドアが勢いよく開かれる。

「あら!ユーリさんずっとそこにいたの?」

「えっ…あっ…いやその…」

娘を抱き部屋を出てすぐさまドアの前で聞き耳を立てていたユーリ。カンタに問われ、無意識の内に盗み聞きしていたことを自覚した瞬間、アサバスカサは紫色の炎を纏いながら閉じ、彼が開けたドアから抜け出ていく。

「うわっ!」

「待ってくれ!私の体ぁ!!」

「おおいどこ行くんだよ⁉」

アサバスとアムベエの制止も届かず、咄嗟に抱くリノを庇うように屈むユーリの側を通り抜ける。アサバスカサは玄関のノブをを蹴破り、抜け出していった。

「大変…どうしましょう⁉」

「ユーリさん、奥さんが行きそうな場所に心当たりはない?」

「え、ええっと、ええっとですね…」

もしかしたら自身がユーリとの結婚を真剣に考え始めたせいで、ユリの怒りを買ってしまったのではないか。ユリノは自責の念に駆られる中、ユーリはルーズに促され、動揺のあまり働かない頭を必死に動かし、亡き妻と出会った頃からの記憶を辿る。

「あ!」

そしてとある思い出に辿り着いた時、ユーリは目と口を見開き、いつの間にか部屋から飛び出していた。

「ユーリさん⁉」

「おおいどこに行くんだよ⁉」

「とにかく、私達も後を追いましょ!アサバスちゃんも大分薄くなってきたし、もう時間がないわ!」

「なんだとぉ⁉」

「あたし達も行きます!もしアサバスが危なくなったら…その時は、あたし達が」

「くぅ…頼むラミダス…私を守ってくれ…!」

ユリノとアムベエの声が耳に入る前に飛び出していったユーリの後を追うべく、ルーズ達は親友に危険が及んだ場合無理矢理にでもあの世に送ることを決めたレーベル達ダイナ装備と共にする。そして、魂だけとなったアサバスは、残された猶予がない中かつての命の恩人にすがるような、祈るような気持ちで彼らの後に続いた。


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