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小説

酒場は盛るよ

作者: 永井晴

ある街の酒屋はいつも人々でごった返していた。

「下劣な連中が溜まって、建物から溢れんばかりだよ。ああ、匂いがついちまう!」

「あんな奴らのことなんか、直ぐに忘れちまうさ。まあ匂いはちと残るけどな。」

通りがけのスーツを着た二人が小言を吐いていった。酒屋からは酷い匂いが漏れて出て、店の通りには、並んだ建物の壁に寄りかかる、飲み潰れた悲惨な酒飲みの姿が幾つも見られる。もちろん彼らが戻したものも至る所で見受けられた。


酒場はその奥まで人で犇めいている。

「ああ!もうないのか!」

「ええい、こっちもねえや!」

「だめだ!こっちはもう半分だべえ!」

とうの昔に、人で狭い酒屋の壁には叫び声が染みついてしまった。劣悪酒と酔いの廻った汗のきつい匂いで、店内には煙ったいような空気が充満している。

「早く酒を出せえ!」

煮詰まった群衆の何処からか、カウンターへ一枚の硬貨が投げ込まれた。店主は金額の確認も瓶の確認もせず、ただ無造作に酒を取りだした。

「投げるぞ!」

野太い声が汚い声の混淆の中を貫いて、響いた。一同がカウンターの方を見上げて、あわよくばこちらに来やしないかと疼いていた。こっちだ!こっちだ!と喚く者も当然あった。まるで水族館の給餌のようである。しかし、店主も彼らのことを汲み取って、追い出すことも出来ぬままだ。

瓶が投げ込まれた。店主は硬貨が投げられた所をしっかり分かっていた。その気遣いは店主の彼らへの配慮でも、情けでもあった。

「いちいちうるせえぞ!」

酒を頼んだ客の一人が叫んだ。初めから期待もしていない一同は、すぐに元に戻った。その客は瓶のまま酒を飲み出して、小さな円卓にそれを叩きつけると、顔を赤くして涙を零した。

「あ、ああ、、これしかねえや!」

「いいなあぁ、、おめえさんは、まだ金があるんだねえ、おれぁなんかもうかえる金もつかっちまったあよ、、」

「俺も金なんかもうねえや!ちびちびしかできねえ俺らを、恵んでくれるやつぁいねえのかねぇ!」

「ほんとぅだねぇ、、でぇもそれでいきとぁるんだからぁ、、ひとっちゅうもんはすげぇなぁ、、」

「この壁の向こうで、鞄持って、清潔装ってる奴らなんかぁ、低俗に金集めてるだけなんだわ!それで気取っちゃってえ、えぇ恥ずかしい!」

「ほんとぅだねぇ、、おれぇらみたいのが、いるのをぉ、、しらんのだろおぅねえ、、、しっかりいきてなぇと、いのちもねえとおもってるんでぁろうねえ、、、」

「賎しいのはどっちだってんだい、ってなあ!生きもんとして生きや出来ない奴らなんざあいつらぁ!こちとら仕事なんか奪われても生きていける人間様だぞお!」

「ほんとぅだねぇ、、もうすっかぁりここもぉ、しごとをなくしたやつらぁばっかになったねぇ、、、」


奥の方で注文の声がした。至る所で、酒に飢えた者達の羨望の言葉が漏れ出る。

「いいねえ、あすこは金があるだぁ、、」

「本当ですねえ、でもみんな同じような人たちだからなぁ、憎む気にはなれないですなぁ、」

「なあに、おめえさんもかねなしかあ、、」

「おあいにく、今はないですねえ、、」

「なぁんだぁ、、おめえさんなんやってたんでぁ、、」

「私は教師やってましてねえ、、社会なんか教えてましたねえ、、それはぁ、もう大変な仕打ちを受けましたよ、、公務員なんて言うのはあ、安定した仕事って言われてたのに、泣く泣く、私も、職なしですよ、、はぁ、、暇が出来ればあ、人々が幸せになれるなんでえ、ギリシアの時代で終わったのでしょうねえ、、」

「むずかしいこといいなさんなあ、だんなあ、、きのどくぅに、、ほら、まだすこしのこってらあ、、」

若い方の客は少しの酒を注いで、勢いよく飲んだ。

「うぅぁぁ、、泣けてきとぁすよおぅ、、、、」

「おめえさんのなんだみたらあ、おれぁもう、さけなんぞいらんね、、、」

若い方の客は拠れたスーツの袖に目元を押し付けた。赤くなった彼の顔を見ながら、もう一方の客は残りの酒を注いで飲んだ。


今頃はそんな会話が、どの酒屋のどの席でもされていた。まだ酔いつぶれてない者や金の無くなった者の多少は、帰宅や便所のために自主的に店を出て、それ以外の酔いつぶれた者なんかは恵まれる情けも使い果たしてしまったように、道につまみ出された。そうして店は回っていた。


昼時、ある酒屋の店主は飯を食った帰りに公園のベンチで休んでいた。どっかの酒屋からの怒号も聞こえる。

そこに一人の若者がやってきた。

「こんにちは。お隣失礼しますよ。」

「どうぞ遠慮なく。」

「……あっ、申し遅れましたけれど私、○○会社でAIの開発に携わっておる者です。貴方、酒屋の店主と見えますが。」

「その通りさ。随分エリートさんなんだな。」

「いえいえ。人間皆一緒ですから。そんなご謙遜なさらず。」

爽やかな顔で若者はそう言った。

「ご休憩中ですか?」

「その通りだよ。」

また怒号が聞こえた。若者は面白そうに、酒屋の店主に言った。

「あいつらがいる限り、貴方方は儲けもんでしょうね。」

「なに、金なんか増えやしない。馬鹿どもに付き合うのもまた馬鹿どもさ。哀れなもんだよ、仕方がないから俺は彼らに酒をまくのさ。」

若者はそれを面白そうに聞いた。店主はそれが癪だった。

「やっぱり、商売って何でも大変なんですね。」

「当たり前なこと言うんじゃないよ。」

「いえいえ!馬鹿にするつもりはないんですよ。」

「ならいいけども、仕事が良すぎるのもどうなのかねえ。」

「ん?どうゆう事ですか?」

「その使える頭で考えな。」

「はあ、」

その時若者のスマートウォッチがなった。

「そうだ、少し早くなったんだっけ。すいません、お話ありがとうございました。おかげで、いいアイデアが思いつきそうですよ。じゃあ私はこれで。」

若者は会社へ戻っていった。店主もまた店へ戻っていった。酒屋はまた一層賑やかになっていった。


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