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3.

 怪物に襲われた日の夜。

 抱くと落ち着くクマのぬいぐるみを横に座らせ、自分も適当に腰掛ける。

 そして、家の前にいつも置いてあるおかずを、これまたいつものように口に運ぶ。

 相変わらず、袋の中には何かの謝罪文らしきモノが同封されているが、誰からのモノかはわからない。

 ただ、これを見ると心臓が少しキュッとする。

 けれど、アタシにはわからない。そして、恐らくこの手紙を本人は一度も見ていない。


 そもそも手紙に名前が書いてない時点で、返事もへったくれもない。

 食べてる合間に、美味しいといつものように林太郎に連絡を入れ、電源を切る。

 変に話をしても会話が嚙み合わないだけなので、基本これでやる事もほとんどなくなる。

 後は風呂に入り、いつものように時間を待つだけ。


「まだ、11時か」

 まだ、時間まで少しある。

 ひとまず明日は休みかチェックして。それから。

「......」

 冷静に考えよう。

 今アタシの体には3つの魂が入ってる。

 まずは何故かこの体に入ってきた自称魔王の魂。

 そして、死神であるアタシの魂。

 最後に、この体本人の魂。


 そのうち1つは、勝手にへばりついて取れない。

 アタシの魂は多少サイズの調整は出来るが、へばりついてる奴のせいで出れない。

 そして、本人はアタシと無理に変わったせいで帰れない。

 

「...右目のお前。確か魔王って言ったか?仮にお前の一部を回収したところで、解決にならないんじゃないか?」

「それは心配するな。今は出れないが、一定量いっていりょうの体が集まれば、俺は俺の意思で、この体から出ることが出来る」

「信用しろって言うのか?」

「信用も何も、今俺は本来の持ち主の魂と繋がっていて、自分の意思で離れることが出来ない。ただ、逆に言えば俺がコイツと繋がっている限り、コイツが魂の器から零れることもない」

「そんな事なんでッ...」

 一瞬だった。視界がぐらつく。

「なっ......。今の......」

 右目に話しかけるが、返事がない。

 それと、もう1つ。

 もう12時だ。

 奴らが出てくる。



 そして、それをわかっていたかのようなタイミングで腹が鳴った。

「ッ......ふざけんなよッ!なんで、どいつもこいつも......」

 少女は急いで着替えると、そのまま自分の部屋のベランダから外に飛び出す。


「ともかく、まずは腹ごしらえだ」

 飛び出したすぐ先に。

 あいつから狩る。


「おっ...りゃッ!」

 てのひらで掬うように、相手に触れる。

 しかし、少女の「ぶき」はいつもだったら、スープでもすくうかのように、相手の体を削ぎ落としていくが、今回は違っていた。


「はぁ⁉なんで?」

 何度やっても効果がない。

 それどころか、反撃までして来た。

「クッソ!大したサイズでも灯りに強い訳でもねぇのに、なんで効かないんだよ!」

 このままでは埒が明かないと、いつもの「ぶき」ではなく「手刀ぶき」へと変える。

 いつもはこんな奴に使うような技でもないが、背に腹は代えられない。


「よしッ!効いた!」

 ぐちゃりという感触と共に、体の一部が地に落ちる。

 しかし、体の一部を削がれた程度じゃ、こいつらは止まらない。

 むしろ、自身の魂が欠損した分、より凶暴になって襲って来る。

 でもだからと言って、やっと手に入れた食事をお預けにされるのは、ちょっと嫌だ。

 そんな思いから、今日一番の渾身の蹴りを入れ、目の前の相手を遠くに飛ばす。

 真夜中の住宅街、手前から右6つ目の街路灯がいろとうまで飛んだのを確認しながら、一度体勢をリセットする。

 そして、自身の足元に落ちた相手の欠損部位を拾い、飛ばした相手とは逆方向に全力で走る。

「拾い食いなんていつもはしないけど、飯を食わずはなんとやらってな。とりあえず今日初めてのいただきま、ぷウッ」

 笑顔で口をけ、目の前の食事にかぶりつこうとする少女の頬を、手に持った欠損部位がダイレクトに当たる。

「痛っ...もう、なんなッ...って⁉ちょ、どこ行くんだよ!」

 何故か手から勢いよく飛び出したそれは、少女が走っていた方向とは全く逆へと向かって、飛んで行く。


「いや、だからどこ行って」

 急停止し、その場くるんと後ろを向く。

「うわっ⁉」

 既に自身の後ろに居た相手に思わず驚きを見せてしまった。

 相手の体の一部が当たる直前に、上半身を大きく後ろに反らす。

「ッぶねぇ......。あの野郎、今まで全速力じゃなかったのか......」

 しかし、かわしてひと段落という訳でもない。

 次の一撃が来る前に、早く体勢を直さなくては。

「って......ちょッ⁉」

 ほぼブリッジに近い体勢。

 その上空を見上げるような視線の先に居た相手は、置き上がりの顔を直接狙うように突撃して来ていた為、思わず声が出てしまう。

(ッ⁉嘘だろ。さっきまであんなに遅かったのに......。もしかして自分の一部を持ってかれたのが、そんなに気にさわったのか?)


 片足の力だけで倒立し、もう片方の足で相手を蹴り飛ばす。

「まあでも、お前相手に手刀ぶきまで使ったんだ」

 すぐに態勢を整え、飛ばされた相手に追いつき、そのまま3回。

 さっきは体の一部しか削げなかったが、今度はみじん切りのように細かくなって地面に散乱した。

「ふう......」

 一旦落ち着く。

 今回はなんであそこまで手こずったのか、なんで変われなくなったのか、これからどうするか。

「ッ......」

 お腹が鳴る。

 モノを考えるのにもエネルギーを使うとはよく言ったものだ。

 そこら辺に少し大きな団子のような状態で落ちている相手の体を1つずつ拾いながら、一心不乱に口に運んでいく。

「......なんだ?思ったより普通の味だな。変に刻んだせいか?」

 文句は言いつつも、しっかりと食べ進めていく。

 今日最初の食事という事もあってか、言葉とは裏腹に、その表情には自然と笑みがこぼれていた。


「美味ぁぁ......」

「えっ?」

 食事中に誰かと目が合う。

 というか、全然気がつかなかった。

 これが仮に1人家の中での食事中に起こったら、悲鳴の1つがあっても不思議ではない。

 しかしここは外で、人通りが比較的少ないとはいえ、人と全く出会う可能性がないわけではない。

「あぁ、てかこの食事普通の人には見えてないんだった」

「えっ、あの?何か落としたんですか?」

 明らかに私の姿が見えている事の衝撃に思わず相手の顔を直視する。

 黒髪の短髪で上下灰色の服のどこにでも居そうな普通の男で、見た目からして石上このからだと同年代に見える。

 けれど、こんな夜中にこんな場所で人と会っただけでなく、まさかそいつがアタシの姿を見れるなんて偶然が本当にあることに驚いた。

「って、あれ?もしかして石上さんですか?」

「⁉」

 しかも知り合い。

「いや、その。はっ、そうッ。落として!家の鍵落としちゃって」

「えっ⁉大変じゃないですか。あっ、ボク手伝いましょうか?明日は休みですし、見つかるまで一緒に探しますよ」

「あっ、いやっ...その~...」

 つい咄嗟に言ってしまった嘘で、状況が悪化してしまった。

 もっと良い言い訳があっただろうに。


「でも、こんな遅く...だし。悪いよ」

「いや、いいんだよ。それにこの間バックにつけてたクマのぬいぐるみ。あれ、実はボクも好きなんだよね。だから、いつか石上さんとお話出来たらと思ってたんだ。友達にぬいぐるみを好きな人居なくて...。まぁ、男友達ばっかりだから仕方ないんだけど。って、こんな時に話す事じゃないよね...ごめん」

 謝ってもらって悪いが、そもそもそのクマについてアタシは知らない。

 仮に知っていたとしても、それはアタシじゃなく、元の石上だ。


 確かに知ろうと思えば知ることは可能だ。

 しかし、それは心に土足で入り込むに等しい行為だから、個人的にはやりたくない。

 それに今は私のせいで燃費が悪い。

 その上に記憶を除くなんて、自殺行為みたいなもんだからどっちにしろ無理だ。

「そうだね......」


 そんな言葉の隙間から溢れ出てきそうな、否定という言葉を必死に隠し、その口元かおで笑顔を作った。

「じゃあ、お願いします」


 結局頼んでしまった。

 人前で、何かが出来るわけでもなく、時間だけが過ぎていく。

 ただ、悪いことだけでもなくいい事もあった。

 話しかけてきた彼は、同じクラスのほり健太けんたと言い、自分の席の3つ後ろに座っているらしい。

 今更だが、本当の石上の新しい学校生活については、まだあまり詳しくなかった事もあり、ここでクラスと席の目印となる人に出会えたのは運が良かった。最悪、隣に住んでいる林太郎に聞けば良いだけの話だが、クラスが同じかわからない以上、変な誤解をされては大変だ。

 それにこうして喋らなければ、そんな些細な問題にもアタシは気がつかなかっただろう。それがわかっただけでこの時間にはある意味意味があったのかもしれない。

 

 そんなこんなで、探し始めてから暫くして、健太はアタシのポケットから音がすると指摘してきた。

「あっ」

 今更、自分の失態に気づく。

 もしかして、探し始めのタイミングでポケットから、あたかも今見つかったかのようにしていればすぐに終わったんじゃないか?


「見つかってよかったです」

「そっ、そうですね」



 この日、彼が見せた苦笑いを、アタシはきっと忘れないだろう。

 そんな事を考えながら、彼の背中を見つめていた。





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