2.
この世界。
夜に蠢く奴らが居る。
人には見えないそいつらによって、人は簡単に死を迎えてしまう。
暗い暗い闇の底から、人を無理矢理引きずり下ろす。
そんな、よくわからないものから、人を守るために戦ってる。
なんて、思える程割の良いものでもない。
死神も神と謳ってはいるが、実際にはちゃんと疲れるのである。
現に明るいモノは大の苦手で、人だろうがモノだろうが、環境だろうが。
ともかく、苦手なモノはちゃんと苦手なのである。
では、そんな事を言うなら、なぜ日夜を問わず死神が現れるのか。
そんなもの、理由は1つしかない。
「こんな事のために、働いた訳じゃねぇんだよ!美味しそうなモノ目の前に出されて、お預けなんて、死神でも割とメンタルに来るぞ⁉」
舌打ちをしながら、先程まで目の前に居たバケモノの痕跡を見つめる。
「いきなり昼間に出てきて、珍しいタイプの奴かと思ったら、死ねの一言で消えやがって。冷やかしは他所でやってくれよ」
「おい、お前......」
「ッ!うっぜぇな。右目でガンガン喋るんじゃねぇよ。頭痛いわ」
「なっ⁉一応住まわせて貰ってる身でこれを言うのもあれだが、俺があれをどうにかしたんだぞ?礼の1つくらいはあっても良いんじゃないか?」
一瞬だけだったが、少女の体が止まる。
「おめぇ⁉おめぇがやったのか⁉よくも目の前で飯消しやがって!マジシャンか何かか⁉そうなんだな⁉許してねぇんだよ!右目にマジシャンを採用したいなんて誰も言ってねぇよ!行くならサーカスとかに行っとけよ!ここら辺でサーカスとか知らねぇけどな!」
刹那、辺りが異様な程の静寂に包まれる。
しかし、このほんの僅かな間でも思考は回っていた。
そして、1つの答えを導き出した。
今は確かに右目にマジシャンに近い誰かという、会話相手が居るにはいる。
ただ、もしかしたらこの会話。
仮に自分にしか聞こえていない場合、他の人からはどのように見られるのか?
そんな事、考えるまでもなかった。
「おい!テメェのせいでめちゃくちゃ恥ずかしいじゃねぇかよ!」
擦り切れるような小声で、右目を怒った。
「いや、すまんが。マジシャンとかサーカス?をまずそもそも知らない。異界の知識ならもう少し待ってくれ。今お前の頭の中を覗くから」
「.........」
またもや静寂が訪れる。
「おぉ、シロ!こんな所に居たのか!心配したぞ!」
シロはいつからか後をついてきたらしく、その場を偶然通りかかった林太郎を見つけると、まるで何事もなかったかのように、林太郎に抱かれに行った。
「おい、テメェ。今誰の頭を覗いてるんだ?」
「え?いや、誰ってお前のだけど......なんだ?頭でもどこかにぶつけたか?」
大きな鼻息と共に、自身の指が無意識に右目に向かう。
しかし、結果はわかりきっていた。
目に攻撃なんてして、痛くない訳はない。
ただ、それでも。
「「いっっっ...アァァァ!クッ......ったぁぁぁ」」
死ぬほど痛い。
「おい!ふざけんなよ⁉テメェ、右目に住んでる癖になんでアタシまで痛いんだよ!」
「仕方ないだろ⁉だって、そりゃ同居だからね⁉運命共同体だからね⁉」
「はぁ⁉気持ちわりぃ言い方すんなよ!何が運命共同体だよ!誰が好き好んで人の体に侵入してきた不法侵入者みたいな野郎と一緒に居なきゃ行けないんだよ!早く出て行けよ!ほら、さっさと出ていけ!ただでさえ、この体狭いんだからさ!」
「いや、まぁ......。そうは言われても......」
言いたい事を言い終え、少し疲れたような顔を見せていた横で、長々とそのやりとりを見守っていた林太郎が、タイミングを見計らって話に入る。
「い......石川?どうしたんだ?なんか変なもんでも食ったか?」
「いや、そもそも最初からちゃんと食えてたら、こんな風なってない」
「あっ......そう...」
何か踏んではいけない地雷でも踏んだのかと勘違いした林太郎は少し悩んだ後、最低限の感謝だけを言い残し、即座に家に帰った。
「おい?いいのか?今のやつ、かわいそうじゃないか?」
「あぁ、確かにあいつを見てると悪い気はしない。今察してくれたのだって、中々出来る奴は居ない。それも嫌悪感一切なしにな」
「ん?嫌悪感って、そんな事なんで言いきれるんだ?」
「ん?いや、気にすんな。......後、さっき言った不法侵入っての、半分謝る。ごめんな」
「いきなりそんな急に態度変えられても困るんだが」
「チッ、細かい事言うな。それに、話の続きは後だ。もうそろそろ時間だからな、数秒だけ、この体を......頼む......ぞ」
少女は体の中身が殻になったかのように、そのままぐったりと倒れこむ。
そんな少女の体の中にいたもう1人の同居者は反応に困っていた。
「任せるって、俺今腐っても右目だから、なにも出来ないんだけど」
しかし、あの女が言っていた事も、あながち嘘ではないのかも知れない。
何というか、感覚が重くなっていた。
「......ッア」
なんて事を言っている間に、宣言した通りの時間に少女が何事もなかったかのように立ち上がる。
「ホントに起きた」
「......」
無言で居る少女。
不審がる右目。
そんな一時の沈黙。
「なんで、変われないんだ......。なんで......、いや、
少女の雄叫びが公園と、その近隣に響く。
「なんだ?何かあったのか?」
「いや、何があった?じゃねぇんだよ!この体の本来の持ち主に返せないんだよ!」
「持ち主って......。何の話だ?」
「いや、だから。アタシもアンタと一緒なんだよ。だから、居候みたいなもんなん......だけど...」
「?」
いや、考えるまでもなかったのかも知れない。
そもそも、1人の体に3人ってのに無理があったんだ。
「おい、右目のお前。一旦出ていけ。アタシは出れない」
「いや、出れるなら出たい。でも、無理だ。こっちも」
「なら、どうやったら、出ていくんだ?」
「さっき、お前が見た怪物いるだろ?あれには、俺の一部が入ってた。ほんの少しだけだが」
「それが、なんだって言うんだよ」
僕は今、僕自身を集めている。だからそれに協力してほしいと。
そんなお願いをされた。
「はぁ⁉なんでアタシが、そんな事しなきゃいけないんだよ!」
「嫌ならいい、もう2つほどいい案がある」
「後、2つも?」
「そうだ。まず1つは君を追い出すと言う事、でもこれは君曰く無理なんだろ?だから、まあ出来たらというレベルの話。もう1つは」
君自身の手で、この右目を抉り取ればいい。
「みぎッ......ってお前正気か⁉右目を取れって、そんなの無理に決まってるだろ!そんな事したら......」
「それも無理、あれも無理。なら、方法は1つだ」
「お前...脅してるのか?」
脅す?
そんなの決まっているだろう。
「だって、俺は魔王だぞ?嫌な事の1つや2つ当然突きつけるさ」
読んでいただき、ありがとうございます。