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 包子(パオズ)青椒肉絲(チンジャオロース)回鍋肉(ホイコーロウ)白湯(パイタン)粥、芝麻球(ごまダンゴ)─卓の上いっぱいに並ぶ(りょうり)を前にしているが四人の顔は浮かない。

 これで暫く食べ納めかと思うと悲しくて仕方ない明藍メイランと、明日から上官がいなくなり仕事が倍増すると思うと辛くて仕方がない弟子三人組である。

 

 「どうしたんですか、みなさん揃って浮かない顔して」


 釣り銭を渡しながら太燕(タイエン)飯店の来福(ライフク)が首を傾げる。

 最近奉公に田舎から出てきたらしく、皇宮に入ることがこんなに大変だとは思わなかったとぼやいていたが、忘れてもらっては困る。ここは一応この国の最高機関である。

 本来は身分を証明するものがなければ入ることさえ難しいが、彼には皇宮の正門であるに赤霞門せっかもんに到着するとその来訪がわかる術符を渡してある。その術符が反応すれば明藍が直々に迎えに行き、また帰りは門の外まで送るので誰にもとやかく言われることはない。ひとつありがたかったことといえば、彼の故郷は海に面しており、船に小さい頃から乗り慣れていたことだ。おかげで転移術を使っても平常運転である。


 「いや、それが明日からしばらく留守にすることになりまして」

 「あら、それじゃあ出前もしばらく休みですか?」

 「それはお願いしたいんですけど・・・・」


 ちらりと横目で見ると、弟子たちは気力がないながらも箸を進めている。ここの飯であれば、彼らもなんとか踏ん張れるのではと明藍は淡い期待を持っている。

 ただ、明藍がいなければ今のように転移術でささっと連れてきてささっと連れて帰るということは難しい。

 なにせ本来であれば転移術は複雑な術式と詠唱を行わなければならないものだ。

 だからと言って、一々身分証明の手続きをして、下手すれば警備の武官を伴ってまで配達してもらうは心苦しいし、何よりそんなことしてたら休憩時間が終わってしまう。

 何かいい方法はないかと明藍が考えを巡らせていると、目の前にいきなり顔が現れた。


 「どうしたんだ、そんな浮かない顔して」

 「すざ・・・翠玉スイギョク、あなたなんでここにいるです」


 今日は媛媛ユェンユェンの子守をする約束だったはずだ。

 明藍が咎めるような視線を送ると、朱雀は肩をすくめた。


 「それが老師せんせいの野暮用に着いていきたいってごねて大変だったから、そのまま一緒に連れて行った。そんで俺はお役目ご苦労ってわけよ」

 

 朱雀がひょいっと近くにあった包子を口に入れ頬張る。

 最後に残しておいた一個だったのに、と思ったが、もう充分すぎるほど包子は頂いた。楽しみはまた帰ってきてからということにしておこう。


 「それで、弟子の誰も転移術を使えなくて困ってるってところか?」


 どうしてそれをなんて今更のことは思わない。

 朱雀にとって明藍の思考を読むのは明日の夕餉を当てることよりも容易い。これでもかなり長い付き合いだ。それに姿を現さなかっただけで大方話を聞いていたのだろう。

 神獣かれらを血眼になって探している輩は多々居れど、未だに捕まらぬのは気配を完全に消せるから─正しく言えば、完全に一体化できるからだ。風になろうと思えば風になり、大地になろうと思えば大地になれる。だた、生まれ持った属性によって何を操る能力に長けているかの違いはある。

 明藍が素直に頷くと、朱雀がふっと口元を緩め、頭を撫でてきた。

 その仕草に全くいつまで子ども扱いするつもりだとむくれ面になりそうになったが、結婚適齢期に差し掛かった明藍でさえも朱雀にとってはまだまだ暗い部屋に閉じこもっていた時と変わらぬ子供なのだろう。

 

 「・・・・・もしかして、師匠の婚約者って」


 ぽつりと誰かが漏らす。

 一体どこからそんな話が漏れるのだろうかと思ったが、そういえば二日前くらいに霍老師が目当ての魔導書を探しにこの執務室にやってきた。その時に連れ立っていた媛媛と弟子たちが話をしていた気がする。途中から最近発掘が進んでいるという遺跡の話題になり、師弟で盛り上がってしまっていたので全然聞いていなかったが、そこから漏れたと考えるのが妥当であろう。 


 「こいつの婚約者は別にいるぞ。そうだな、結構こいつに似ているな」

 「どこが似てるんですか」


 それはいくら何でも相手に失礼である。

 彼もそんな感情の起伏は少なかったが、それでも明藍よりはもっとあった。ただ、今の自分は変わってきているという自覚があるだけに、もし彼が全く変わっていなければ明藍の方が人間らしくはなっていると思う。全く変わらない人間などいないのだろうけど。


 「似た者同士だと俺は思うぞ。そうそう、それで転移術の話─というよりも、俺がお前の代わりにここに残ってやろうか?」

 「えっ!」


 明藍が反応するよりも早く弟子たちが声をあげる。

 困惑と驚愕が大半を占め、ほんの少しの期待が入り混じっていた。


 「今、大丈夫かなって思ったやつ手を挙げろ」


 じろりと睨めつけられた弟子たちはわかりやすいほどはっきりと視線を逸らす。

 

 「・・・ったく最近の若い奴はどうも逞しさが足りん」

 「わたしもですか?」

 「お前はもう少し可愛げを身につけろ、そしてもう少し甘えろ」


 なんとも失礼なことをさらりと言ってくれる。

 これでも以前と比べればかなりましになったと思うし、何より性別が違う朱雀には結構甘えていると思うのだが。やはり中身は同じだとわかっていても、姿形が異性だとどうしても身構えてしまうのは仕方ないことだ。

だから明藍としては早くおんなの姿になってほしいのだが、本人が好き好んでおとこでいるというのだからそれ以上は口を出せない。ただ、同性だったら一緒に風呂に入ったりできて楽しいのに、と少し残念には思っている。


 「言っておきますが、翠玉はちゃんとした術師ですよ。それこそわたしよりもできます」


 炎を操ることに特化していえば、右に出るものはまずいない。まず人間ではないのだが。

 明藍の言葉を聞いた弟子たちが、先ほどよりもやや期待を込めた眼差しを朱雀に向ける。

 

 「それじゃあ、まずはそこのこどもを送り届ければいいんだろ」

 「こど・・・俺、今年で十五ですよ?」


 来福が納得いかないように顔をゆがめるが、朱雀にとっては十五も生まれたばかりの赤子ややも大差ない。

 朱雀が手を天井に向けると、炎が溢れ出した。

 いつの間にか明け放たれた窓の向こう、一か所に集まった炎の中から鳥が姿を現わす。

 自然界には到底いない大きさに来福はもちろん弟子たちも目を丸くする。


 「召喚術か?」

 「いや、でも炎から出てきたような」

 「違うだろ、炎から作り出されていただろ」


 真剣な顔で考察する弟子たちの顔を見て、これは想像よりもずっといい刺激になるのではと明藍も思い始めた。

 模範となるべき者は多いよりも少ないほうが断然いい。その者との相性もあるが、何より自身の術に幅が出る。

 弟子たちが議論している間に朱雀は鳥の背中に来福を乗せると、そのまま赤霞門の方角へと消えていく。

 たしかに空を飛べば面倒な手続きは一切不要になる。できれば姿を消してくれるともっといいので、戻ってきたら頼もう。

 一騒動あったところで、少し冷めてはしまったが食事の続きを再開しようと明藍が箸を握る─が、今日はお客が多いらしい。

 だんだんだんと階段を駆け上がる音がする。

 嫌な予感というか、この階にあるのは明藍たちがいる執務室、隣の仮眠室、そして少し離れたところにある研究室のみだ。用があるとすれば、この執務室しかない。


 「シュン明藍!」


 戸が荒々しく開かれる。

 騒々しい物音から皆がどんな巨漢がやってきたのかと思っていたが、想定とは違う人物に目を丸くする。

 白雪のように白い肌に艶やかな黒髪、黒目がちのやや切れ長の目は扁桃のよう。ふっくらとして小ぶりな唇は春の花を連想させるような柔らかな桃色で、鼻筋は小ぶりながらもすっと通っていて上品だ。

 明藍の名前を叫びながら飛び込んできたのは、巨漢なのではなくとてつもない美女だった。

 部屋をぐるりと見まわした美女はつかつかとこれまた大きな音立て、ぽかんと口を開け放った明藍の前で止まった。


 「わたくしの声が聞こえなかったの!?」

 「えっ・・・・あ、申し訳ございません」


 誰だかわからないが、確かに名前を呼ばれて返事をしなかったのは自分だ。

 あっけにとられながらも明藍が素直に謝罪すると、美女は一瞬顔をゆがめ、すぐにふんっと鼻を鳴らした。


 「いいわ。以後、気を付けることね」

 

 首席術師で名門四家の子女である明藍に対してここまで傲慢な態度をとる人物も珍しい。

 一体彼女は何者なのだろうか。

 それはこの部屋にいる全員の共通の疑問のようで、誰に目配せしても首を傾げるだけで答えは返ってこない。

 そうなれば、ここは長である自分が動くしかない。


 「あの、ひとつ質問をよろしいでしょうか?」

 「いいわ。許可する」

 「ありがとうございます。大変不躾な質問で恐縮なのですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

 一瞬目を丸くした美女だが、自身が名乗っていないことを思い出したのだろう。

 美女は大きく咳ばらいをすると、片手に持ったままだった扇で顔の下半分を隠す。


 「・・・・・」


 美女の行動の意図が分からず、かといって下手なことを言えば機嫌を損ねかねない。たった今出逢ったばかりだが、現時点で機嫌は良くないだろう。それがもっと悪くなったりでもしたらきっと明藍の手には負えない。

 元々同年代で同性の知り合いが少ない明藍にとって、同じ年頃の娘の取り扱いは異性よりも難易度が高い。

 

 「・・・まさか、わからないの?」


 美女が眉を顰めるが、残念ながら皆目見当もつかない。

 無言を肯定と取った美女が次第に顔を真っ赤にする。


 「っあなた、官吏の端くれなら顔くらい覚えておきなさいよ!」


 どんっ。

 思いっきり拳で卓を叩かれ、並べられた皿が跳ね上がる。


 「わたくしばかりっ!ふざけないで!」


 どんっ。

 さらにもう一発。

 そしてこのもう一発が積み重ねられていた空皿に当たる。空皿は宙を舞い、そのまま緩やかな弧を描き地面に落ちる─ことはなかった。

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