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二十三

 「媛媛(ユェンユェン)、あなたは強靭な魔力を持つ存在なんですよ」

 「強靭な魔力だと?」


 媛媛ではなく高明(コウメイ)が声を上げる。


 「ええ。魔力は気の量と体格に比例すると言われていますが、彼女は目に見えて他者とは一線を画します」


 実際、実力のある上級術師の殆どが見るからに良い体格をしている。(トウ)長官や(ハン)次官がいい例だ。彼らは一般的な頭身から頭ひとつ飛び出している。

 しかし、もちろん例外もいる。(こども)の体格の霍老師に女人の明藍(メイラン)がその筆頭である。そして、今目の前にいる媛媛もその一人だ。

 

 「あなた達は媛媛を利用するために、今回の一連の事件を仕組んだですね」


 どんな目的があるのかは知らないが、大勢の人間が死んでいる。しかも、こんな年端も行かぬ童を使うなど許すわけにはいかない。


 「ふーん、まあ及第点ってとこだな。ただ、気付くのが少し遅かったな」

 

 狐面はそう言って笑うと、立ち尽くしていた媛媛の腕を掴んだ。そして、


 「ひっ」


 媛媛が小さな悲鳴を上げた。

 それとほぼ同時に、安荣(アンロン)が腹からみるみる血が溢れ出てくる

 

 「ぐっ・・・あっ、な、ぜ・・・朱月(シュゲツ)ど」


 口ははくはくと動いているものの、すでに声は出ていない。苦しそうな姿は水から出されたばかりの魚を思い出させる。

 狐面─朱月が大きくため息をつく。


 「なんで?なんでって、あんたも占術師ならわかるだろ。呪いの仕上げに供物は必要じゃねぇか」

 「く、もつ・・・だと?」

 「あれ、もしかしてこっちじゃ主流(メジャー)じゃないのか?まあ、どっちでもいいや。ああ、あと、あんた何か勘違いしているみたいだから最後に教えてやるけど、その眼の呪い。あそこにいる童子(ちびっこ)術師が原因じゃねーぞ」

 「なん、だと」


 安荣が口を震わせ、驚愕の表情を浮かべる。


 「ははっ、本気(マジ)で信じてたんだ。黒魔術が重罰のこの国の術師にそんな芸当はできっこないって普通わかるだろ?あんた、本当に頭悪かったんだな」


 朱月はいい終わる前に、安荣の体に刺さった小刀を抜き取った。胸から血が堰き止められていた川のように溢れ出す。

 朱月は青ざめている媛媛を抱き抱えると、拘束されて逃げられない義良(ギリョウ)の前まで連れて行く。


 「さあ、今度はお前の意志でこいつを殺すんだ」

 「・・・」

 「大丈夫、やり方はさっきと一緒だ」


 冷え切った手を朱月が包む。

 

 「お前の姐やは仇である安荣を立派に殺した。残るはこいつとあと桂花(ケイカ)だけだ。大丈夫、あの妓女は俺が殺しといてやるから」

 「・・・本当?」


 影を落としていた媛媛の瞳に光が戻る。

 これはまずい。


 「老師(せんせい)!」


 壁を消すように訴えるも、(カク)老師は首を左右に振る。

 

 「駄目だ。あいつはもう間に合わない」

 「そんな!」

 「あれだけ瘴気を溜め込んでいれば、もう普通の人間としては生きてはいけない。それならば一層のこと壊れたところで」

 「殺すのか」


 高明が苦々しい吐き出した。

 溜め込んだ瘴気を放出するためには呪いを成立させる必要がある。しかし、呪いは返ってくる。あれだけの人数を死に追いやった呪術だ。成立した時点で命の保証はない。もし万が一生き残ったとしても、


 「魔堕ちするくらいなら殺してやったほうがいい」


 魔堕ちとは人間を辞め、魔族に成り代わることだ。先ほどの安荣も瞳だけを見れば魔堕ち寸前だったように思えるが、彼の場合他者からの術でそうなっているようだったので外見のみで済んだ。しかし、自発的な行いの結果として魔堕ちした場合、完全にあちら側になってしまう。


 「・・・何か方法があるはずです」

 「無理だ」

 「そんなことありません!」

 「俺が命をかけても無理だったんだ!!」


 ぴりぴりとした空気が漂う。

 いや、実際に肌がぴりぴりと痛んでいる。

 大いなる魔力は時にその感情に左右され、具現化する。このぴりぴりとした感じは雷だろうか。これまでにないほどに苛立っているのがわかる。

 くそっ、なにが手立てはないか。一瞬、そう、ほんの一瞬目を離してしまった。


 「ぐっあっ、あっ・・・!」


 呻き声にはっとして見遣ると、義良が倒れていた。胸には小刀が突き刺さり、周りには赤黒い水溜まりができている。

 視線の先にいた朱月が口元を緩ませる。しまった、と後悔してももう遅い。


 「・・・えっ、な、なに?」


 媛媛の体が黒い靄が体から湧き出てくる。

 戸惑う様子の媛媛だが、次第に体が小刻みに震え始める。

 

 「やだっ、怖い、いや、姐姐(ねえさん)!うっ、あ、あ、あっ、あっー!」


 絶叫が響き渡った。

 媛媛が苦しそうに自身の首に爪を立てる。


 「媛媛っ!」


 明藍の叫びはもう届かない。媛媛の小さな体がどんどん溢れ出てくる靄に飲み込まれていく。

 悔しい・・・悔しい、悔しい、悔しい!

 すぐそこにいるのに助けられないなんて、あんな小さな子も助けられないなんて、なにが主席術師だ。

 強く唇を噛み締める。先ほどの傷が簡単に裂け、鉄の味が広がる。


 「老師!」

 「諦めろ、今行けばお前だって」


 霍老師の話を遮るかの如く、しゅんと二人の目の前を何かが目の前を横切った。

 すると明藍の前に立ちはだかっていた結界がなくなった。

 

 「さすが、なんでも切れる魔剣だな」

 

 飄々とした様子で言ってのける高明。

 すぐに魔剣で切られたのだと明藍は理解し、媛媛目掛けて走り出す。


 「あっ、おい!くそっ!」


 霍老師が再度結界を張るが、いつの間にか並走していた高明が先回りして結界を切り裂いた。


 「行け!藍藍(ランラン)!」


 明藍は苦しむ媛媛に飛びついた。

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