表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/87

十九

 やっと情報を掴んだか。

 明藍(メイラン)から届いた文をもとに、高明(コウメイ)は首席術師の部屋に足を運んでいた。白水(ハクスイ)からも情報が入っており、現時点でのすり合わせと、今後の動きについての確認をしなければならない。

 しかし─高明は何度も入ったことのある部屋をぐるりと見渡す。机の上に書類や書物が置かれていることは多々あったが、それ以外は比較的質素な部屋だった。それが今や足の踏み場がないくらい魔導書やその他色んなものが散らばり、雑多な印象に様変わりしている。部屋の主が変わるだけでこうも変わるものかと妙に感心してしまう。


 「やはり占術師が絡んでいたか・・・」


 (カク)がため息まじりに唸る。

 見た目は(こども)だが、その眉間に刻まれたしわには年期を感じる。


 「ああ、妓楼の看板妓女から聞いた話らしいので本当だろう。ところで、占術師が絡んでくると何か厄介なのか?」

 

 この国では魔術は男の印象が強く、占術といえばどちらかといえば女人が好むものである。掌で相をみたり、生まれから今後の運勢を占ったりと巷にはありふれている存在だ。

 最盛期には後宮にもお抱えの占術師がいたほどで、昔ほどではないが今でも傾倒する妃嬪がいるとも聞く。なんでも皇帝がいつ自分の元に通ってくるか、自分の息子が帝位につけるかなどを占ってもらうらしい。

 そんな不確かなものにすがるくらいならば、自分で石でも投げた方がよっぽどましだと思っている高明には術師よりも縁遠い存在であるが、それに縋ることで気が楽になる者が多いのも事実だ。

 だから全部を否定するつもりもないが、今後関わるつもりは特にない。


 「おぬし、先の正黒教の反乱の理由を知っておるか?」

 「増税に対する反感ではないのか」


 反乱が起こる少し前から不作の年が続いた。そのため仕方なく増税したところ、反発が起こり、反乱に繋がったと聞いている。


 「なるほど・・・まだ聞いていないのだな」


 霍は意味深にそう呟くと、しばし考え込む素振りを見せた。ついでじっと高明を凝視する。作り物のような黒曜石の瞳が一瞬、まるで高明を介して他の誰かを懐かしむように細められる。


 「・・・まあいい。おまえは遅かれ早かれ知るようになることだ。いいか、この俺が特別に真実を教えてやろう」


 そう言って霍は魔導書に埋もれていた長椅子に座った。長丁場になるということだろう。高明も向かいの椅子に腰掛ける。


 「まず、おぬしが言ったことは間違いではない。反乱の主な原因は度重なる増税による不満だ。ただ、それは表向きの表現だ」


 高明からすれば、正黒教の存在を知っていることでさえ同年代からすればかなり珍しいことである。現にあの書物という書物を読み漁ってそうな博識の明藍ですら知らなかったほどだ。情報規制の賜物である。

 規制している時点ですでに表向きという表現は似つかわしくないと思うが、霍の物言いからさらにその奥があるという認識で間違いはないだろう。


 「これを語るにはまず占術と魔術の違いを理解せねばならんな。この二つの大きな違いは『自』か『他』かだ」

 「『自』か『他』?」

 「そうだ。一般的に言われる術を発動するためには魔力が必要不可欠だ。ちなみに魔力は自身の気からしか作り出せない。だから気をたくさん作り出せる男の方が術師に向いていると言われている」


 たしかに今皇宮にいる術師は明藍を除けばすべて男だ。そう思うとやはり女人で首席術師を務めている明藍は別格なのだろう。あれが男だったら、と思い、すぐに打ち消す。


 「一方、占術はその動力を『他』に依存している。精霊は聞いたことがあるか?」

 「ああ。護身符の威力を増幅する時にも使ったりするものだろ」


 下町で明藍から魔導書の指南を受けていた時、そう話していたはずだ。

 予想していなかった反応だったのか、霍が一瞬驚いたように目を見開いたかと思うと、すぐに満足げな笑みを浮かべた。魔術に理解があると嬉しいのだろう。そういうところは見た目相応である。


 「そうだ。だが、それはあくまで精霊の力で威力を増幅させるだけであり、直接的に魔術を発動しているわけではない。そして、この精霊など『他』に頼るのが占術だ。星をよんだり、天候よんだりするのは全てこの精霊の声を聞いているだけで占術師が能動的にできることはほとんどない」

 「・・・なるほど。しかし、それであれば警戒する必要はないのではないか」


 ここまでの霍の話を聞く限り占術師はあくまで受動的にしか動けず、たいした脅威にはなり得ないと感じた。できることは限られているし、そうなれば自発的に術を使える術師の方がよっぽど恐ろしい。


 「ああ、一般的に言えばな。ただ稀に精霊を操れる者がいる」

 「・・・精霊を操る」

 「正黒教の中枢にはそれができる者がいた。増税への反感で反乱が起こったこと間違いではない。ただ、そうならざる得ない状態を意図的に作り出した」

 「・・・つまり、その力でわざと不作にしたと言うことか」

 「その通りだ。まあ、横領やらなんやらあって気付くのが遅れた中央側にも問題があるんだがな。お陰で当時首席術師だった俺の師は責任を取らされて絞首刑。笑えんだろ?」


 はっと冷笑する霍だが、瞳が微かに揺れたのを高明は見逃さなかった。

 師が絞首刑になった時、霍はどんな思いでそれを受け入れたのだろうか。


 「そういうこともあって俺は基本的に占術師を好まん。今回も術を使っていながら軌跡が全くないのが不思議だったが、占術師が絡んでいるとなれば理解できる」

 「術を使えば軌跡は残るのだろう?隠す手立てでもあるのか」

 「俺も初めは隠す手立てを探していた。が、やはりそんなものは上級魔族と契約しても無理だ」

 「ではどうやって・・・」

 「そんなの簡単だ」


 霍はふふんと鼻を得意げに鳴らす。


「術を使わなければ良い」


 自信満々の発言に、一瞬そうかと納得しそうになったが、実際に被害者の体にはあざのような術式が刻まれている。


 「待て、そうなるとあの術式はなんだ」

 「実物を見ていないからたしかとは言い切らんが、多分その術式は偽物だ。落書きと変わらん」

 「では、何故被害者たちは死んだ」

 「占術師が絡んでいるのであれば、呪術と考えるのが普通だ」

 「・・・呪術」

 「そうだ。呪術は大きく二つに分かれる。一つは魔族や妖族と契約し、対価を払うことで成立する黒魔術。そしてもう一つは生物の命を源として行うもの。有名どころでいうと蟲毒だな」


 蟲毒は法で禁じられている。

 反すればこれもまた絞首刑だ。実際にそれで絞首刑になった者も知っている。


 「後者については魔力を必要としない。ただ、呪いなんてものは必ずその返しが来る。十人以上呪い殺していれば、すでに呪った側も死んでいると考えるのが普通だが、考えられる事が一つある。首謀者と実行犯が異なる場合だ」

「異なるだと?」

「ああ。実行犯が何も知らずに被害者たちを呪っていたとすれば、呪いが返ってきていなくても不思議ではない。ただ、いずれは必ず返ってくるがな」


 相応の報いは受ける。

 それはどの世界でも例外ではない。

 それにしても─霍の話を聞いたところで、高明にはどうしても腑に落ちない事があった。

 何故相手側はわざわざ偽の術式を書いたりしたのか。殺しが目的ならば、連続犯だとわからないようにした方が賢明である。そうなると、殺しが目的ではなくと考えられる。一体何が─。


 「きっと狙いは俺だ」

 

 高明の心を読んだかのように、時機よく霍が言葉を漏らす。


 「貴殿だと?」

 「ああ。実は俺には因縁がある。俺が国に師を殺されたように、俺が捕まえたことで正黒教元幹部の占術師は処刑された。きっと今回の首謀者はその弟子だ。俺の居場所がわからなかったから、愛弟子でも人質に取ればひょいひょい姿を表すとでも思ったんだろう」

 「・・・まさか」


 愛弟子という言葉に、高明が過敏に反応する。霍の弟子など一人しか知らない。

 呑気に話などしている場合ではない。急いで立ち上がろうとすると、霍が高明の腕を掴んだ。


 「っ邪魔をするな!」


 腕を振り払おうとするが、びくともしない。

 体格差で見れば明らかに高明に軍配が下るはずだが、霍は涼しい顔をしたままだ。


 「まあまあ、そう焦るな。万が一何かあったとしても、俺の弟子はそんな簡単に死ぬような奴じゃない」

 「何かあったら大問題だ!」

 

 部下がここにいれば震え上がるような鬼の形相で吠える高明を、霍はめんどくさそうに一瞥すると大きくため息を吐いた。


 「よく考えてみろあいつは現首席術師、この国で一番の術師だ。そんな奴が小物にやられるほど弱いわけがない。それに俺も適当な教えなどしていない。少しは信じてやれ」

 「・・・あいつは首席術師である前に一人の女だ。心配して何が悪い」


 そうだ、高明はただ心配なのだ。

 だから術師側の責任者という名目で明藍を花街に行かせないようにした。どうか目の届く範囲に居て欲しかった。それなのに、当の本人は態々代理まで準備して花街に潜入した。しかも敵の仕組んだ罠だったなど笑えない冗談である。

 明藍のことを信じていないわけではない。でも、信じることと心配しないことは結びつかない。


 「なるほど・・・まだ青いな」


 ぽつりと呟いたかと思うと、いつの間にか顔がくっつくほど近くに霍が顔を寄せていた。

 大きすぎる二つの瞳は本物の童のように無条件の輝きはなく、代わりに底が見えないほど深い。このまま見続ければ飲み込まれてしまいそうな気分になる。その瞳が一瞬深紅玉のように見えた気がした。


 「お前には特別に教えてやろう」


 霍が口元を緩ませ、冷ややかな笑みを浮かべると耳元に顔を寄せた。

 

 「俺は今回の件を受ける代わりに小明(シャオメイ)に一つ条件を出した。俺にあいつの赤子(ややこ)を抱かせることだ」

 「赤子だと?」

 「そうだ。いいか、あいつはあわよくば独り身でいようとしている」


 そんなこと良家の子女である明藍には無理な話だろうと思ったが、そういえば彼女は庶子だったと思い出す。

 いくら名家といえど、庶子というだけで軽んじられることは多々ある。しかも母親が身分の低い妓女であれば尚更だ。


 「感謝しろ。これは口約束なんてお粗末なものではなく、契りを結んでいる。あいつはまだ知らんが、確認しなかった方が悪い。ただ、」

 

 饒舌だった霍が口を閉ざす。

 何かを懐かしむような、それでいて誤って苦いものでも口にしたかのような顔になる。


 「あいつは俺のところに来るまで感情をよく知らん子だった。最近少しはましになっているようだったが、それでもやはり自分に向けられる好意には人一倍気付かない。だからそこらへんの女よりもめんどくさい。そのめんどくささも含めて、俺はあいつだけを大事にしてくれる奴と結ばれて欲しい」

 

 ここでは貴族以上になると、何人もの妻がいるのが普通である。むしろ権力を見せつけるかのように妻を増やすものもいる。そうでなくても、利害関係上妻を多く娶らなければならないものもいる。

 やはり、気付いているのか。高明はどちらの意味でも苦虫を噛み潰した気分になる。


 「まあ、最後はあいつの決意次第だから俺は何も言うつもりはないぞ。頑張れ──よ」

 

 はっと息を呑む。やはり知っていたのか。

 その表情を見て、霍はしてやったりと言わんばかり意地の悪い笑みを浮かべる。

 どんな反応が正解か考えあぐねていると、何やら獣のような叫び声のようなものが聞こえた。一瞬魔獣かと抜刀しそうになったが、その前に霍が空いている方の手で抑えてくる。


 「さて、無駄話はここまでだ。俺だって弟子の心配くらいはしておるからぞ。たぶん腹を空かせてまってるはずだ」


 腹の心配をする辺り、さすがは明藍の師である。よくわかっている。

霍が高明の腕を掴んだまま、ひょいと軽やかに長椅子から立ち上がる。

 

 「おぬし、船は得意か?」

 「乗ったことはあるが・・・」


 小さい船ほど揺れやすいと聞くが、乗った船は皆非常に大きかったため揺れはほぼなかった。

 霍の想定外の質問の意図がわからず、高明は首を傾げる。

 まさかここから船で花街へ行こうというのか。


 「そうか。それならば、まあ大丈夫だろう。ちなみに我が弟子は初めから一度も嘔吐はしなかったぞ」

 

 さらりと言ってのけるあたり、嫌な予感がする。では、それ以外は嘔吐したということなのか。

 一体何をするつもりなのだ。

 そう口にする前に、高明は一瞬にして酷い荒波の中に放り込まれたような感覚に陥った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ