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 枢密院の一室。

 集まっていたのは、明藍(メイラン)を筆頭とする術師たちと高明(コウメイ)を筆頭とする武官たち。術師と武官は仲が悪いなんてよく言われるが、正面きって罵り合うほどお互い幼くない。だが、それ故に空気が重苦しい。挨拶も申し訳程度で、その後は誰一人として口を開かない。格子窓を開け放ってこの空気を少しでも良くしたい衝動に駆られるが、外は生憎の雨。晩秋、もはや初冬といっていい時期の寒雨に窓などいきなり窓を開け放てば、頭のおかしい奴認定を食らうことになる。明藍としてはせっかく打ち解けてきたのだから、そんなことで敬遠されるようになったのでは護身符(おまもり)の努力が水の泡と化す。


 「(シュン)首席、まだ集まらないんですか」


 弟子三人組を挟んで隣の席に座っている姜元偉(ショウゲンイ)が小声で訪ねてくる。

 ちなみに彼は明藍が逃亡する大きな原因を作ったひとり、というか主犯である。いくら皇族の遠縁とはいえ、処罰されるはずだったが明藍が減刑を申し入れ、ついでにと出張所に連れてきた。使えるものはなんでも使う主義だ。

 枢密院術部出張所は、明藍と弟子の他、下の階にも複数人おり、実際には四十人規模の大所帯である。しかも使える人間だけを選別して連れてきているため、術部にはかなりの打撃を与えているはずだ。それもこれも皇帝の鶴の一声で決まってしまったのだから、諦めてくださいとしか言いようがない。

 今回この場にいるのは弟子を除いて、下級術師以上が五名だ。対する武官側は本拠地ということもあり、席についているのが十名、その後ろに副官なのか直立不動で立っているのが十名と流石の多さである。

 実は術師と武官は揃っている。

 ただ、今回の会議には欠かせない人物が二人。


 「もうすぐ来ると思うんですが・・・」


 一応昨日のうちに文は届けてもらっているし、なによりそのうちの一人はこの時間を待ちに待っているはずだ。

 首を長くして出入り口を眺めていると、武官側が一斉に身なりを正した。十を数える間も無く、男が二人転がり込んでくる。


 「すみません、ちょっと事情があって遅くなりました」

 「っ明藍!」


 飛びかかってきた男を明藍は無言で弾き飛ばした。正しくいえば、弟子たちに練習とばかりに結界を張らせていたのだが。こうも予想通りに動かれると、なんだかそれはそれで呆れるしかない。

 勢いよく転がる男を、周りの術師だけはなく机を挟んで反対側にいる武官たちも奇妙な目で見る。

 男はしばらく床と仲良くなったのち、勢いよく立ち上がる。


 「ふふ、流石わたしの明藍だ。ちゃんとわたしの行動を予測して結界まで張るなんて!でもわたしは諦めなっ」

 

 明藍が瞬く間に男を捕縛する。

 ふがふがと何か言っているが、明藍は聞こえないふりをした。


 「さあ、お二人が来られたようですので話を進めましょう」


 気の毒そうななんとも言えない表情をしていた武官たちだったが、明藍はそれにも気付かないふりをした。




 「・・・というわけで、先月から確認されただけで十件にほぼ同じ模様の痣、そして衰弱という共通点が確認されとります」


 十という数に部屋の空気が一気に重くなる。

 自殺は三件だったが、その他病死なども調査を依頼したところ、確認されただけで十件。これが氷山の一角だと考えると、一体何人の犠牲が出ているのだろう。そして、一体何が目的なのだろう。


 「(シュウ)殿、それ以前については確認が取れてはいないのでしょうか」


武官の質問に、秋尊宝(シュウソンホウ)が大きく頷く。

 

 「いい質問ですわ。もちろん刑部(うち)でもそう思って調べました。まだここ半年くらいしか遡れてませんが、罪人含めてその痣が確認されたのは先月からですわ」

 「検死はされたのですか?」

 「ええ、今回発見された遺体に関してはこっちの春碧松(シュンヘキショウ)医官にお願いしとります」

 

 ついさっきまでぐるぐる巻きにされていたせいか、顔にくっきりと跡がついている碧松がちらちらとこちらを見てくるが、無視を決め込んでいると、諦めたのか資料片手に説明を始めた。

 

 「死因は肺に水が入ったことによる溺死。入水自殺と考えてもおかしくはないでしょう。ただ、明らかに衰弱しており、いつ倒れてもおかしくない状況だったと推測されます」

 「衰弱ということは何か生活に問題があったなどの報告は上がっていますか?」


 庶民の死因で衰弱は特段珍しいことではない。

 食うものがなければ飢えて死ぬ。それが自然の摂理だ。


 「いいえ、これがどちらかというと裕福だったらしいんですわ。何でも商売で一山当てて、最近は花街に通い詰めるくらい余裕があったとか」


 花街と言っても上から下までものすごい差があるが、それにしても通い詰めるにはやはり金が必要である。気に入った妓女ためにと自身の食い扶持を減らしてまで足繁く通っていた可能性もないとは思わないが、衰弱死寸前までは流石にしないだろう。

 口には出さないものの、ほぼ全員が同じ見解だった。

 尊宝が話を続ける。


 「市井の状況を把握するために、独自の伝手を使っても確認しました。そこで確認が取れたんが、町医師姚円樹(ヨウエンジュ)のところに運び込まれた患者が一名のみとなってます」


 円樹の名前に明藍が顔を上げる。同じく高明もまた驚いたような顔をしている。


 「すみません、それはいつの話ですか?」

 「えーっと・・・ああ、これや。先月の終わりくらいに亡くなった二十四、男」

 「・・・張三件(チョウサンケン)さん」

 

 声が震えた。

 運び込まれた時、明藍もその場にいた。玉麗(ギョクレイ)と甘味処の店主がまた奥さんに出て行かれたと話に花を咲かせていた時だった。

 顔色が悪く、明らかに衰弱しており、すぐに息を引き取った。だからその時、明藍も見ていたはずだ。腕の内側にあるあの痣を。それなのに見逃しまった。

 また、だ。またやってしまった。

 もっと早く気付いていれば、これだけたくさんの人が死ななくて済んだかもしれないのに。

 逃が出した時もそうだ。自分はいつも犠牲を作り出す側にいる。

 どうして気付けなかったんだろう。失われた命は二度と帰ってくることはない。それはどんな高等魔術を使っても無理だ。

 悔しさから握る手に力が入る。


 「明藍師匠(せんせい)?」


 普段とは違った呼び名にはっとする。

 そうだ、わたしは師なのだ。弟子に弱い姿など見せてはいけない。

 手には血が滲んでいたが、これくらいすぐに治る。人間死ななければ、どうとでもなるのだから。


 「すみません、大丈夫です」


 笑顔を作るが、白水(ハクスイ)は心配そうに顔を歪めたままだ。

 しかし、これ以上どうすればいいのか明藍にはわからない。やはりこういう時は師に学ぶべきだと思うのだが─あまり参考にはならないだろうが、様子見がてら久しぶりに会いに行ってみようかと思ったところで、今はそんなことより話に集中せねばと小さく頭を振る。


 「今、刑部と枢密院の方で亡くなった方について聞き込みをしてるんですが、なにぶん人手をそればかりに割くわけにもいかず難航しとるんですわ」


 言いながら尊宝がじっと明藍を見つめる。

 

 「・・・何か協力しろ、というわけですね」

 「いやぁ、流石は首席術師。秀才揃いの春家の出というだけあって話が早いですわ。それで、何かできますの?」


 言葉遣いは丁寧だが、暗にそれくらいお前らでしろよと仄かしているのと同じだ。まあ、官吏はどこも忙しいので仕方がない。


 「新星(シンシン)、白水、天翔(テンショウ)


 名前を呼ばれた弟子三人組が「はっ」と揃って返事をする。他の術師に比べて武官が近くにいるせいか、返事の仕方がやや武官よりになっている気がする。いい傾向なのか悪い傾向なのかはわからないが、明藍としては聞き取りやすくて好きだった。


 「飛耳鳥(ヒジチョウ)を放ってください」

 「えっ・・・あ、わかりました」


 新星が躊躇いがちに返事をし、白水が無言で項垂れ、天翔が明らかにげんなりとした表情をする。


 「首席、三人ではあまりにもかわいそうでは・・・」


 中級術師がやや青白い顔で進言してくる。

 過去にやらされた経験があるのだろう。


 「何を言ってるんですか。会議が終わったら皆でするんですよ」

 「えっ・・・皆というと、その」

 「ええ、ここにいらっしゃる方全員です」


 にっこりと微笑む明藍に震え上がる術師たち。

 その様子に、よくわかっていない他部署の面々は皆首を傾げた。

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