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二十二、金色の魔女

 程よい酸味が口の中に広がる。好みはもっと時間をかけ塩っ気が強い熟成させたものだが、これはこれで足が早いので出来立てが食べれるのはありがたい。


 「まさかこの国で酪乳(チーズ)が食えるとはね」

 「なんだい兄ちゃん、酪乳知ってんのか?」


 ぽつりと呟いたつもりが、聞こえていたらしい。気のいい店主が無料(サービス)の茶を目の前に置く。色が薄いと思ったが、こっちではこれが主流なので仕方がない。


 「俺のいたところは普通に市に出回っていた」

 「へぇ、兄ちゃん旅人なのかい。盗賊にでも襲われたか?」


 店主の視線の先には、包帯で固定された腕。

 

 「盗賊なんて可愛いもんじゃねーよ」


 男は忌々しげに口を歪めた。

 遠慮なしに切り裂かれた傷はやっと八割方治癒したところだ。傷が多いといっても、普段であればすぐに治せる。ただ、治せないのはやはり魔族召喚なんてことしたせいだろう。契約こそしていないため代償は支払わなくて良かったが魔力は枯渇していた。おかげで傷一つ治すのに時間がかかって仕方がない。

 店主は男の様子からそれ以上深くは踏み込んでこなかった。代わりに、


 「この酪乳最近初めて見たんだが、なかなか評判がいいんだ。本場の味ってのはどんなだ?」

 「本場の味って・・・まさか知らずに作ってんのか?」

 「当たり前だ。酪乳なんて高くて庶民には手が出ない代物なんだぞ」


 百聞は一見にしかずというだろうに。

 男は呆れたが、それならば何故作り方を知っているのかと不思議に思った。


 「どこで作り方を知ったんだ?」

 「えっ、ああ、これは少し前に通りがかりの官吏夫婦が教えてくれたんだ。牛の乳の作り方って言ってたが、山羊でも同じだろうからってな」


 店先にいた山羊が「メェ」と小さく鳴く。


 「ふーん、官吏ねぇ」

 「あっ、そうだ。その官吏の細君、兄ちゃんと同じ目の色・・・というより、顔もよく似てるなあ」


 店主は男の顔をまじまじと見る。


 「よく似てる?」

 「ああ。なんせ花娘娘(ホアニャンニャン)みたいに綺麗で、特に瞳の色が琥珀みたいだからよく覚えてるぜ。なにせ、この国では琥珀は皇帝を象徴する石だ。縁起がいい。あれはもしかしたら本当に女神さまだったのかもしれねーな」


 店主の言葉に、男は鼻を鳴らした。


 「witch」

 「うぃっち?なんだそりゃ」

 「ああ、こっちの言葉だと・・・そうだな、魔女、だ。そいつは金色(こんじき)の魔女だ」

 「・・・金色の魔女」


 亭主の呟きに、男は満足そうに頷いた。


 「あいつは女神なんて可愛いもんじゃねぇ。甘く見てると、そのうち痛い目みることになる。そんでついでに言っておくと、小父さん、あんた稀人(まれびと)だな」

 「稀人?」


 聴き慣れない単語に店主が更に首を傾げる。


 「稀人ってのは、魔術が効きにくい体質を持ったやつのことだ。特に妖術に強い。まあ、見る目が確かってことだ。そんでそういった奴は魔族につけ込まれやすい」

 「へ、へぇ・・・」


 魔族という単語に、店主の肩が小さく跳ねる。

 畏怖の対象なのだから無理もない。

 男は茶を一気に煽る。他の店で飲んだものよりもずっと味が濃く、香り高く、美味い。そして飲み終わって気づいた、どうやら自分は酷く喉が乾いていたらしい。茶碗を渡すと、青い顔した店主がすぐ様茶を注いでくれた。

 さすがに言い過ぎたと思ったが、自分ならば下手に黙っていられるよりも教えてもらった方がいいと男は思った。そちらの方が護る手立てがある。


 「一つ、この茶のお礼にいいことを教えてやるよ。魔族の特徴は目だ。姿形はいくら変えても、瞳は正体を現しやすい。そうだな・・・あいつだ」

 

 指差した先にいるのは、箱に入れられた草をむしゃむしゃと食む山羊。


 「山羊?」

 「ああ、魔族はあいつらと同じ目をしている。そのせいか魔族の使いだって言わ地域もあるくらいだ。まあ、山羊自体は無害だがな」


 途中まで肩に力が入っていた店主が最後の言葉でほっと力を抜く。


 「じゃあな、美味かったよ。金、ここ置いとくよ。あと、あんたに精霊のご加護があります様に」


 男は茶を一気に煽り、空にすると倍な料金を机に置いて席を立つ。


 「はい、毎度・・・って、おい、兄ちゃん!これ多いぞ!」


店主が慌てて声をかけようとするが、そこにはすでに男はいなかった。

 そして、


 「なんだこれは?」


 金の下には紙の端切れが置いてあり、文字のようなものが殴り書きされている。店主は字の読み書きができないので何と書かれているのかわからなかったが、もしかしたら男にとって大事なものかもしれない。それに─

 

 「すみませーん」

 「はいよ、ちょっと待ってくれ!」


 店主は慌てて切れ端を懐にしまうと、客の元へ急いだ。

 それに、なぜかこれには不思議な力が宿っている気がしてならないのだ。そういえばさっき男が言っていたではないか、精霊のご加護を、と。

 不思議な客だと思いながらも、浮かんできたのはよく似た顔をした細君の方だった。旦那の方も大層な美丈夫だったので印象が強い。そういえば酪乳ができたら皇宮に届けると約束したではないか。そこでお墨付きなんてもらえれば、さらに店を大きくすることができる。そうすれば家族にも楽をさせられる。


 「・・・悪魔だってなんだって、おめぇも俺の家族だからな。一緒に一山当てような」


 店主が一撫ですると、山羊は満足そうに「メェ」と鳴いた。

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