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十二、街歩きその一

 文が届いたのは、『明日』から十日ほど経ってからのことだった。

 相変わらず均等に散りばめられた字は、科挙の模範解答さながらの美しさだ。ちなみに明藍(メイラン)も字は褒められることが多かったが、それと比べても明らかに上手い。

 さっと目を通した明藍は急いで筆を滑らせ、さっと広げて乾かすと折り畳み、文を(シン)に渡した。

 真はすぐに文を懐にしまうと、小さく会釈して姿を消す。一瞬移転術かと疑うほどの素早さだが、魔術には特有の軌跡が残る。人によっては残り香と表現するものもいる。それが全くないとすれば、ただ単に足が速いだけだ。魔術に関して驚かれることは多々あるが、明藍からすれば身ひとつでそんなことやってのける方が幻想(ファンタジー)である。

 ゆっくりと返事を書くつもりだったが、待ちぼうけにするわけにはいかず本当に必要最低限のことしか書けなかった。もっと手早く気の利いたことが書ければいいのだが、如何せん文のやりとりなどほとんどしたことがないのでよくわからなかった。

 できることなら、他人の文のやりとりを覗かせて欲しい。


 「やっと会える算段がついたんだ」

 「ッ!!」


 急に背後から声をかけられ、悲鳴をあげそうになった。

 

 「・・・玉麗(ギョクレイ)さん、びっくりするから突然現れないでください」


 真の唐突ぶりにも驚愕するものがあるが、それを上回るくらい玉麗も唐突に現れる。気配の消し方が素人ではない。


 「そう?藍藍(ランラン)が色々と鈍いだけじゃない?」


 確かに家系的にも運動神経は然程良くはないが、それとこれとは別問題な気がする。言葉に他の含みを感じたが、これまでの経験上深堀りしてもいいことはないので気付かなかったふりをしておく。

 家族といえば─ふと柔和な笑みを浮かべる兄の顔が浮かぶ。

 兄は今自分のことを心配しているだろうか。きっと彼のことだから、心底心配してくれているに違いない。

 しかもこんな異性と文のやりとりをする仲になっていると知ったら─「お前に近づくのはどこの馬の骨だ」などと目を血走らせて高明(コウメイ)に詰め寄るかもしれない。いや、そんなことよりも笑顔で社会的に抹殺しにかかるかもしれない。むしろ後者の方が濃厚である。

 つい先日、武官六人衆との夕餉後初めて街でばったり会った文成(ブンセイ)から聞いた話では、高明は守壁隊の隊長だという。上官なのはわかっていたが、まさかあの若さで精鋭と言われる隊を仕切っていたとは。

 しかしどの程度の地位なのかまでは明藍にはわからなかった。願わくば、御身が心配なので兄が立て付くことのできない地位であってほしい。

 

 「ところで、いつ逢引することになったの?」

 「・・・逢引じゃないです。明後日なんですが、その日は外に出るみたいです」


 元から明後日は休暇をもらっていた。

 狙って指定したかのような日取りに、思わず笑いそうになってしまったのは内緒だ。


 「じゃあ、昼餉と夕餉はいらないね」

 「いや、夕餉はいりますよ」

 「えぇー、また泊まりになるかもしれないじゃん」

 「ないです」


 何を言ってるのだ、この人は。

 

 「じゃあさ、万が一を考えてなしにしておこう。もし夕餉がいる時は外で適当な男引っかけて奢って貰えばいいよ。ほら、あんたも親に感謝してたまにはその容姿を使わなきゃ」

 

 ぱちんと片目を瞑って親指を立ててくる玉麗に、明藍はこれ以上何を言っても無駄だと思い、洗濯物の続きを干し始めた。連日の曇空から戻った夏らしい青空に、明藍は目を細めた。



 

 

 「お嬢ちゃん、今日は一段と綺麗だね。まるで花娘娘(ホアニャンニャン)が降りてきたみたいだ」

 「・・・ありがとうございます」


 以前店で助けた甘味屋の店主の言葉に苦笑いをした。花娘娘とは、この世で一番美しいとされる女神である。ただあまりの美しさに他の神が惑わされてしまうので、花でできた檻に幽閉されていると言われている。

 そんな恐れ多い女神に例えてもらったところ悪いが、明藍としては非常に憂鬱だった。

 しなくていいって言ったのに。

 今身につけているものはいつもの飾りっ気のない服とは異なり、繊細な牡丹の刺繍が一面に施されている。

 手持ちの服では心許ないと、玉麗が伝手で譲り受けてくれたのだ。

 一体どんな伝手があればこんな令嬢が着るような服を無料(タダ)で譲り受けられるのか。

 たしかに明藍の手持ちだけではあまりにも色気がなさすぎると思ってはいたが、それでも明藍はこういう見るからに高そうな服は好きではなかった。嫌でも実家にいた頃を思い出さされる。

 いくら継母に疎まれていようとも、さすがに服まで下手なものを与えられることはなかった。彼女は何よりも体裁を気にしていた。だから、万が一露見してしまえば下手な噂がたつようなことはしてこなかった。それ故の離れでの幽閉である。

 幽閉されているのに、着ているものは一級品とちぐはぐな状況は冷静に考えてみればかなりおかしい。幽閉されているのだから誰も会いに来るはずはないのに。もしかすると、継母は精神を患っていたのかもしれない。明藍が術部に入ってから顔すら合わせていないので、今どうなっているかはわからないが。

 待ち合わせ場所に早くついてしまったため、特にすることがなく街行く人や馬車を眺めていると、目の前に馬車が止まった。

 

 「待たせたな、藍藍・・・か?」

 

 中から降りてきたのは、一度だけ目にした武官服ではない高明だった。今日も変わらず、仕立ての良い服を召されている。


 「どうしました、高明さま?」


 固まって動かない高明に明藍が小首を傾げる。


 「・・・いや、今日はいつもと雰囲気が違うな」


 それは服も違えば、髪型も違うし、なにより玉麗が腕によりもかけて作り込んだ顔である。いつもと同じ雰囲気では困る。主に玉麗が。

 ただまた黙ってしまったところを見ると、やはり気に入らなかったのだろうか。

 玉麗さん、ごめんなさい。やはり私如きではあなたの才能に追いつけませんでした。

 心の中で謝罪していると、高明が大きく咳払いをした。


 「その、とても似合っている」

 「あ・・・ありがとうございます」


 予想外の言葉に語尾が小さくなってしまったのは致し方ないと思う。

 今年の夏は本当に暑い。いや、もともと夏とはこれほどまでに暑いものなのだろうか。最近は特に魔術を駆使して季節を感じない快適空間にいることが多かった為、感覚が麻痺してしまっている気がする。

 この場で魔術を使えない明藍にできるのは、のぼせそうになる顔を手で仰ぐくらいだった。

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