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迷える乙女 昇る月

作者: 城井春臣

稚拙な文章です。

読んでいただけたら幸いです^^

  



 あの夜は、12月の寒空に浮かんだ満月に刷いたような雲がかかって、まことに美しい夜空でした。

 箱からビーズをこぼしたような星たちも幻想的な夜更けの雰囲気を作り出しています。

 私はあの夜、一人ぼっちでこじんまりとしたバーにおりました。

 なぜ私のようなうら若い女性が一人でそのような場所にいたかと申しますと、それは二時間ほど時間をさかのぼります。




 その日私は、大学の「映画を撮ろう会」の先輩である奥原氏の22歳の誕生パーティーに出席しておりました。大学の前の通りをずっと東に進んだところに店を構える呑み屋を貸しきっての誕生パーティーです。

 背が高く鼻筋の通ったハリウッド俳優のような顔立ちで「東栄大のブラピ」の名を欲しいままにしてきた奥原先輩は、終始ご機嫌の様子でした。

 かわいい後輩たちにお酌をされるたびに、「ありがとう、ありがとう、俺は幸せ者だぁ」と、後輩たちの肩を抱きます。

 「俺が酒が強いのは兄貴ゆずりだ」と言いながら顔を真っ赤にしています。

 私はその光景を遠巻きに眺めながら、ちびちびと焼酎を舐めました。

 隣でぎゃあぎゃあ騒がれるとせっかくの焼酎の味も分かりませんが、そこは付き合いということで自分を納得させます。

 そのうち「きゃあ」と歓声が上がり、女学生が上着を脱ぐ姿が見えました。「何をやっているのかしら」と、私も首を伸ばしてそちらを覗きます。

 相変わらずの騒音の中、どうやら盛り上がっている皆様のあいだで、野球拳が始まったようです。

 テレビで聞いたような音頭を取りながら、奥原先輩と一年の女学生がくねくねと酔いで足元がおぼつかないステップを踏みます。

 好奇心旺盛な私は、じいっとそちらを観察しました。

 奥原先輩は余程じゃんけんが強いらしく、相手の女学生はどんどん裸になっていくようです。数分もすると、女学生は靴下もシャツも脱ぎ、真夏のビーチと見まごうばかりの薄着になってしまいました。

 それでも女学生はケラケラと愉快そうに笑います。奥原先輩も酔った勢いに任せて服を脱ぎ始めました。周りに集まる観衆は大いに盛り上がります。

 私がその様子を興味深そうに見つめておりますと、「おお、鳥居」と、奥原先輩が半裸の状態で私の名前を呼びました。

 私はまだウブな乙女です。殿方の裸を直視できず、視線を落としました。

 「来てくれてたのか」

 「はい。人数を合わせるため強制参加と聞いておりましたので」

 と私が申しますと、奥原先輩は「そう照れるな照れるな」と私の肩をバンバンたたきます。

 「そうだ鳥居、お前も俺と野球拳をしよう」

 奥原先輩が、顔を赤らめてとち狂ったことをおっしゃいました。「これは部長命令だ」と私の腕をつかみます。

 しかしながら私は、男女の裸踊りには興味がございません。

 「残念ですが、私は野球拳を知りません」

 「おお、そうか。なら俺が教えてやろう、手取り足取り」

 そう言って奥原先輩は、私の足の付け根をさすってきます。私はくすぐったくて、つい奥原先輩を突き飛ばしてしまいました。先輩はとっさに私が持っていたバックを掴み体勢を立て直そうと試みましたが、残酷にもバックは中身を畳にぶちまけながら私の手から落ち、先輩は後ろに倒れて頭をぶつけ、「ぐぅ」と唸ったきりそのまま起き上がりません。

 周りの方が「大丈夫か奥原」「奥原君大丈夫?」「死なないで奥原先輩」「逝ってしまう前に俺に部長の座を」と口々に叫びながら、奥原先輩に駆け寄っていきます。

 私はその場に居辛くなり、バックの中身をかき集めると、逃げるようにこっそりと誕生日会場を後にしました。


 私は大学に進学するため東北から上京してきたばかりの田舎娘です。お江戸の地理など頭のどこを探してもございません。おまけに今は深夜、来た道さえはっきりしません。どうやら私も、気付かぬ内にかなりお酒が回っていたようです。

 お酒の魔力でふわふわした気分は迷子になっても一向におさまる気配を見せず、それどころか時間の経過でますます気分は高揚していきます。

 しばらくフラフラと歩き回り、ふと気付くと、見たことの無い場所に行き着いておりました。

 私がいたのは人がすれ違うのもやっとの細い路地で、道の両側には高いビルの壁が迫っています。まったく知らない場所でした。

 誰かに道を聞こうと辺りを見回しましたが、人影がありません。神は勉学の道を選びこれから精進しようとする若い学生にここまでも無慈悲かと、あきらめて肩を落とした時です。私の目に、「BAR‐AKIRA」の看板が映りました。





 かくして私は、「BAR‐AKIRA」に漂流した次第でございます。

 私はカウンターのやたら高い椅子に腰掛け、とりあえずマスターにウィスキーを頼みました。歩き回って喉が渇いていたのです。

 かなり年配で白髪まじりの髪をしたマスターは「大丈夫ですか?だいぶ酔っておられるようですが」とおっしゃってくださいましたが、私は「良いのです。お酒をください」と言いました。

 そのバーには私のほかに、カウンターの奥で黙々と煙草をふかしている男性がいただけでした。

 私はその時、「そうだ携帯電話で助けを呼べばいいのではないか」と思いつき、かばんの中を手探りで携帯の発見に努めましたが一向に見つかりません。

 おそらく奥原先輩ともみ合いになったときに床にひっ散らかして、そのまま落としてきてしまったのでしょう。

 どうやら私は、見知らぬ辺境に、たった一人で不時着してしまったようです。外界との通信手段もありません。

 私が途方に暮れていると、誰かに肩を叩かれました。振り返りますと、先ほどまで奥で煙草を吸っていた男性が立っています。

 「お隣よろしいかな?」

 「どうぞ」

 その方は私の隣に腰掛け、マスターにバーボンを頼みました。

 三十代も半ばでしょうか。がっしりとした体躯で、海の向こうからいらっしゃった方のような顔立ちです。煙草の香りの中にほんのりと、殿方のつける香水が香りました。

 その匂いに、私はくらくらしました。

 「お嬢さんはなぜこんなところにひとりで居るんだい?」

 「まだ上京してきて日が浅いものですから、迷子になってしまったのです」

 迷える子羊ちゃんか、とその方はクツクツと笑います。何が可笑しいのか、私に図り知ることはできません。

 「私もね、迷子なんだよ」

 すっかり酔いのさめた私は、その方をじいっと見つめます。

 「あなたも道に迷ってらっしゃるのですか?」

 私がそう言った時、マスターが私とその方の前にウィスキーとバーボンを置きました。

 「そうさ。人間なんてみんなそんなものだよ。いつも自分の道に迷っているのさ」

 その方がカウンターの一点を見つめて呟きます。何のことか、私にはムツカシすぎて分かりませんでした。

 私はウィスキーを手に取り、ちびちびと舐めます。

 その時私の中に、ぱっと大輪の花が咲きました。舌の上で転がるウィスキーの味わいが体すべてに行きわたるようです。

 今まで飲んだどんなお酒より、比べ物にならないほどおいしいお酒でした。もはや「おいしい」なんて言葉じゃ表しきれません。「美しい」と言うべきでしょう。

 そんな私の様子を見ていたのでしょう。隣でうつむいていた男性がこちらを見てにこりと笑います。

 「どうだい、おいしいだろう?」

 「今までに飲んだことの無い味です」

 「それはそうだ。イギリスで特別に作らせた」

 その方はおっしゃいました。まるで自分が作ったかのような口ぶりです。

 「ああ、自己紹介がまだだったね。僕の名前は彰。BAR‐AKIRAのオーナーさ」

 なんと言うことでしょう。この方はBAR‐AKIRAのオーナーさんだったのです。

 「キイチさん、ありがとう。今日はもういいよ、下がって」

 彰さんがそう言います。キイチさんと呼ばれたマスターは会釈をして、カウンター奥の裏口に姿を消しました。

 「あの、私は・・・」

 と私が言いかけたときです。彰さんが私の唇に人差し指を当てました。

 「レディが初対面の男に名乗る必要はないよ」

 彰さんが微笑みます。見知らぬ土地で出会った彰さんの極めて紳士的な振る舞いは、私の目には神に映りました。

 「名前なんてどうでもいいじゃないか」

 彰さんはそう言うと私の方へ向き直り、素早い動きで私の足の付け根をさすりました。

 私はくすぐったくて、つい彰さんを突き飛ばしてしまいました。彰さんはとっさに私の腕を掴み体勢を立て直そうと試みましたが、驚いた私は彰さんの手を振り払ってしまい、彰さんは椅子からずり落ち後ろに倒れて頭をぶつけ、「ぐぅ」と唸ったきりそのまま起き上がりません。

 私は慌てて彰さんに駆け寄りました。

 その時ふと、彰さんの胸ポケットからひらひらと舞い落ちた名刺に目が行きました。



 BAR‐AKIRA オーナー  奥原 彰











まず、最後まで目を通していただいたことに感謝いたします。

ありがとうございます。

ご指摘・ご意見ございましたら、びしびしよろしくお願いします。

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