異世界転生
「ねえ、男の人が倒れているよ」
「え? ほんと?」
「うん、ほらぁ」
俺は生きているのか?
重い目蓋を開ける。澄み切った高い青空が見える。そこに綿菓子のような雲がふわりと浮かんでいる。
「あ、気が付いたよ!」
少女が俺の顔を覗いた。
少女は赤ずきんを被っている。まるで童話の世界からやってきたみたいな娘だ。
俺は頭をあげ、ゆっくり上体を起こす。意識がまだ朦朧としている。
「え?」
俺は夢でも見ているのだろうか?
俺の視界に映るのは、広大な草原だった。
「あ、あの」
少女が俺に話しかける。
俺は少女の後ろにいた女の子を見て、驚いた。彼女の方も、俺の顔を見て、驚いているようだった。
「愛実……」
「佳太……」
「え?知り合いなの?」
少女が驚く。
ここは死後の世界なのだろうか?
だとしたら、どうして愛実がいるんだ?
「愛実どうして?」「佳太どうして?」
俺と愛実の言葉が重なる。
「俺は、その、死んでしまったんだよ」
「私は……。私も、死んじゃったの」
「どうして?」
「そっちこそ、どうして?」
赤ずきんの少女は困惑した表情で俺と愛実の顔を交互に見る。
「俺は……、トラックに撥ねられて……」
愛実のファンに刺されたとは言えなかった。
「そうなの」
「愛実はどうして?」
「言えないよ」
「どうして?」
「聞かないで欲しい」
愛実の曇った表情を見て、それ以上聞かないことにした。
「二人とも、知り合いだったの?」
少女は昂奮していた。
「まあ、うん」
愛実が肯く。
「すごーい。奇跡だね!!」
奇跡……。
確かに奇跡かもしれない。
小学一年生から中学二年生までの間、俺たちがずっと同じクラスだったことよりも、更に奇跡。
「違うよ。運命だよ」
愛実は言った。
「佳太……」
「愛実……どうして、怒ってないんだ?」
「どうして、私が怒るのさ」
「だって、俺のせいで、愛実は……あんな目に」
「佳太は関係ないよ」
「そうかな……」
「当事者の私が言ってるんだから、そうだよ」
「でも、愛実は死んじゃったよ……」
「私の死は、佳太とは関係ないよ」
「でも」
「でも、じゃない」
「……」
「ここで新しい人生を歩んでいくの」
「……」
「不安だったけど、佳太が来てくれて安心した」
「え?」
愛実が俺に手を差し伸べる。
「ここはいいところだよ。現実の何倍もいいところ」
俺はゆっくり愛実の手を握る。愛実がまるで全世界をつかさどる女神のように思えた。
「行こうか」
愛実は現実世界にいたときよりも、希望に充ちた表情をしていた。
「うん」
「お兄ちゃん、名前は何て言うの?」
少女は爛々とした眼差しを俺に送る。
「ああ、俺? 名前は佳太」
「ケータ!!」
「お嬢ちゃんの名前は?」
「ナオ!!」
「ナオちゃんね。よろしく」
これからどんな物語が待っているのだろう。
こんなドキドキ現実世界では味わえなかった。
俺は新しい人生の第一歩を踏み出す。
優しい風が吹いた。
副題:ハッピーエンドのための異世界転生