099.令嬢は踊る
「それじゃ、他にも挨拶しなきゃいけないから。二人はゆっくりしてらっしゃいね」
「はい。ありがとうございます、学園長」
「ローズクォテアも、一曲くらいは踊っていけよ」
「もちろんですわ、ギャネット殿下」
音楽が鳴り響く中、そうおっしゃった二人とは別れる。そうね、皇族だもの。いろいろな方々とご挨拶をしなければならないのは大変だと思うけれど、仕方のないことよね。
フォスは相変わらず、食事に邁進しているわ。……そろそろ一度、お皿を置いたほうが良くないかしら? 近くの方々が、目を丸くして見物していらっしゃるわよ。
「フォセルコアはよく食べるな」
「ちょっと恥ずかしいですわ……太らなければいいのですけれど」
「気をつけていると思いたいね」
ジェット様はそうおっしゃってくださったけれど、ドレスの試着のときのことを考えると私としてはあんまり気をつけているとは思えないわね。大丈夫かしら?
……私が考えても、致し方のないことね。きっと。
「さて」
ふっと、ジェット様が私からほんの少し、距離を取られた。え、と思った私の目の前で彼は、胸に手を当ててわずかに頭を下げる。
「ローズクォテア。私と踊っていただけますか」
「はい、喜んで」
すいと差し出された手を取らない選択肢が、私にあるわけがなかったわ。
ジェット様のリードがとてもスムーズなおかげで、私は恥をかかずに済んでいるわ。一応、それなりに踊ることはできるのだけどね……ジェット様の妻となるならば、もっとうまくならなくちゃ。
「む、むずかしいですねっ」
「初めてにしては、なかなか上手いと思うが」
あら、聞き覚えのある声が音楽をかき分けて聞こえてきたわ。ジェット様共々そちらに視線を向けて、ちょっと驚いた。
「セレスタ様と……」
「レキ?」
どういう組み合わせなのかしら。レキ様、上手くセレスタ嬢に合わせて踊っているように見受けられるのだけれど、そんなに器用でいらしたのね。
「まあ、どちらかから声をかけて、相手に受けてもらっただけだと思うが」
「そうですわね……セレスタ様は、ギャネット殿下にご執心でしたし」
「ああ……」
セレスタ嬢の方から声をかけたのかしら、それともレキ様からかしら。まあ、どちらにしても一度のダンスのお相手を見つけることができてよかったわ、と私は思うのよ。
よく見ればフォスも、さすがに食事を終わらせてどこかの殿方と踊っているし。ギャネット殿下は学園長のパートナーを務めておられるから、セレスタ嬢もフォスもお相手になりに行くのははばかられたのね、きっと。
「まあ、なるようになるだろうさ」
「そうですわね。私たちも、ギャネット殿下も、セレスタ様も」
ジェット様と顔を見合わせて、笑い合う。ジェット様は学園を出ていかれるけれど、私は後二年この学園の生徒として過ごす。
その二年を、普通の学生として過ごす事ができるかしら。また、面倒なことがおこらないといいけれど。
ああでも、終わりよければ全て良しとは言うものね。きっと、大丈夫よね。学園の外では、ジェット様が待っていてくださるし。
きっと。




