095.令嬢はとても安心する
教師から返却された試験の答案用紙を、まじまじと見つめる。
百点満点で、私のものはほぼ五十五点から七十点ほど。歴史だけ八十三点なのは、ちょうどうちのご先祖様に近いあたりの問題が出てきたからね。直接ご先祖様が関わった問題ではないけれど。
全員が答案を返却してもらったところで、教師からありがたいお告げがあった。
「結論だけ申し上げますと、全員昇級できます。おめでとう!」
『やったあ!』
イアンを始めとした殿方が、腕を振り上げて喜ばれる。私もフォスも、ほっと一息をついた。
よかったわ。これで皆揃って二年生に上がることができる、ああ安心した。
「やりましたわ、フォス」
「やりましたね、ローズ様」
教師の退室後、お互い手を握り合う。ああ、一緒に二年生になれるという当たり前のはずのことが、どうしてこんなに嬉しいのかしら。
……ちょっと、試験が難しかったから、かもね。いつもなら、もう少しいい点が取れるはずだったのに。もう、教師の方々ひどいわ。
「な、何とかいけたあ……歴史危なかったあ」
「俺もぎりぎりですね……古文がちょっと」
「俺もっす。数学やばかったっすよ」
セレスタ嬢、グラン、そしてイアンが何というか疲れたようなお顔になっているわ。ええ、気持ちはわかるのだけれど……イアンは普段から成績が良かったと思うのだけど、あら?
同じことを、サンドラも思ったようね。
「あら、イアンも?」
「鍛冶の方頑張りすぎたっす。調子良かったんで、つい」
「学生なんだから勉強もしなさいよ。それなりの頭がないと、後々貴族相手に価格や品質の交渉とかできないわよ?」
「は、はーい」
まあ、サンドラったら。
でもたしかに、職人は自身が作ったものをきちんとしたお代で引き取ってもらうためにも交渉能力が重要……なんてことを母上から伺ったことがあるわ。そうでないと、貴族は口が達者だから丸め込まれて安く買い叩かれるとか何とか。
「もしくは、頭の回る奥方を見つけるかだね」
「……自分で頑張るほうが、多分早いっす」
アレクセイが続けた言葉も、間違いではないのよね。職人は己の仕事にのみ没頭し、交渉役は家族や配偶者に任せるという方も多いから。
でもイアンにしてみたら、自分が頭脳を鍛えるほうが配偶者を見つけるより簡単だと考えているようね。それもどうなのかしら、特にお父上は。
「ただ、親父もいい人見つけろってうるさいっすからねえ」
「イアンが仕事に専念するのなら、イアンの生活を支える相手が必要になるものね」
ああ、やっぱり。その方がお仕事に専念できるから、お父上としてはそちらのほうが良いとお考えなのでしょうね。
「トピアもしっかり勉強してるかなあ……」
「ラズロ様は、自分の成績考えてから言ったほうがいいですよ。数学がちょっと厳しいんじゃないですか、これ」
「うっ」
ラズロは可愛らしい婚約者のことを考えていてグランに突っ込まれるし。
「どうしたの? ルリーシア」
「……この点数では、父上に叱られる……」
「まあ……わたくしより、よろしいですわよ?」
何故かシンジュ様とルリーシアが揃って頭を抱えこんでおられるし。
「……私も、もう少し真面目に悩んだほうがいいのかしら……」
「それは、学年が上がってからにしませんか?」
それでも、フォスの提案のほうが楽そうなのでそうすることにしたわ。ひとまず、二年生に上がれるのは確定したんだし。




