090.令嬢は言葉に悩む
「それにしても」
ふと、フォスが顔を上げた。
「セレスタ様、実は頭が良いのではありませんか?」
「はへ?」
唐突にそのようなことを言われて、セレスタ嬢ご本人だけでなく私たち全員の目が丸くなったわ。え、フォスはどうして、そんな風に思ったのかしら?
「だって、高等部からの編入できちんと私たちについてきているではありませんか」
「なるほど。一応、最初の一ヶ月の補習授業で追いつけていますものねえ」
理由を挙げられて、よく分かったわ。私たちの中等部二年分の授業内容、それを概要とは言え一ヶ月で追いついてこられるのだものね。もちろん、補習終了後もフォローはされるのだけれど。
「グランは実家である程度勉強してた、って言ってたっす。けどあいつは商会の息子っすし」
イアンは同性であるグランからも事情を伺っていたようで、そう口を挟んできたわ。商会の跡継ぎなら、実家でそれなりに学んでいてもおかしくないものね。でも、いきなり貴族の娘だとして引き取られたセレスタ嬢の方は、というと。
「大変でしたよー。一応文字と数字は書けましたし日常生活で使う文章は平気でしたけど、貴族の文章ってちょっと違うんですよう」
「ああ、わざわざ古い言葉を使うときもあるからな。正直あれは、貴族も不便だと思っているだろう。父が愚痴を言っていたことがある」
ぷう、と頬を膨らませたセレスタ嬢の愚痴の内容、分かるわ。
ルリーシアも言っているけれど、特に公的な文書とかを記す場合って話し言葉としてはもう使わないような古い言葉を使わなければならない、という不文律が出来上がっているのよ。
私的な手紙を書く場合でも、そういった言葉を使う箇所があったりするし……使えないと、貴族としてなってない、なんて見られるのよね。手紙に記す時候のご挨拶くらいならいいのだけれどね。ああ本当面倒くさい。
「というか、ギャネット殿下ですらめんどくさい、と文句を言っているからな。数代のうちになくなるのではないかな、あれは」
「殿下がおっしゃる程度でなくなるとは思えないのですが……」
ジェット様の軽口に恐る恐る口を挟んでみたものの、それからふと気づいた。もし『面倒くさい』という意見が殿下だけでなく、その周囲におられる方のものでもあれば。そして、不文律をなくそうとできる方。
「もしかして、皇太子殿下も?」
「おっしゃってるらしいぞ? ご自身が担当されている職務では、陛下のお許しを得て簡略化を進めているようだ」
あら、もう実行に移しておられるのね。さすがだわ……というか、陛下もお許しを出しておられるってことは、面倒だと思っておられるのでしょうね。話す言葉と書く言葉が違う、というのは。
「わ、早く全国に広がってほしいですー」
「陛下がお許しくださったということは、それなりに不便だとお考えだということなのだろうしな」
「でもでも、目の前の試験からは消えないんですよねえ」
「ははは」
ほんと、結局のところは試験がもう少し楽になって欲しい、ということなのよね。セレスタ嬢、お気持ちはよく分かるわ。
私だって、どうせ楽に手紙を書くことができるならそれに越したことはないもの。




