088.令嬢は現実の話を聞く
「貴族になったら書きやすい紙いっぱい使っていいし、嬉しいなあ」
授業が終わった後で、セレスタ嬢がそんなことをおっしゃっている。はて、書きやすいとはどういうことかしら。
私たちが普段から使っている紙はいくつかの業者が作っているもので、ペンで書くときに何の問題もないもの。これが皇族がたともなると、それぞれにお持ちの固有の紋章を透かしとして入れたものをお使いになったりするのだけれど。
「書きやすい?」
「あ、庶民が使ってる安い紙って、すっごくがさがさしてるんですよう。ペン先がひっかかって大変なんだから」
「まあ」
「でもここ来たら教科書めくりやすいし、ノートはさらさらしててペン引っかからないし、楽で嬉しいですー」
「そんなに質が違うのね」
セレスタ嬢が教えてくださったことに、ちょっと衝撃を受ける。紙って、皆同様のものではないの? 皇族のお使いになるものが特別なのは分かっているのだけれど。
でも、ペン先が引っかかるような紙ってとても書きにくいと思うわ。文字が滲んだり、ゆがんだりしそうだもの。たまに私たちも引っかかることはあるけれど、それがしょっちゅうとなると……ねえ。
「最近値段が落ち着いてきたはずですから、父の方から皇室に軽く申し立てていただいたほうがよろしいかしら?」
ふっと、シンジュ様が会話に入ってこられた。クラッスラ公爵家がお話を通してくだされば、庶民にも安くて良い質の紙が広まるかもしれないわね。
「紙が使いやすいと、いろいろ助かるんですけどね。ただ、質のいい紙の値段を落とすと職人や商人が困りませんか?」
そこに、ラズロも口を挟んでくる。え、職人や商人が困るの……ああ、同じだけの商品を売っても入るお金が少なくなるってことか。職人は弟子がいるし、商人も人を雇っているんだからそうすると困るか。なるほど。
でも、職人も商人も、よく知っているクラスメートがいるわよね。例えば、イアン。
「紙だけじゃないっすけどね。そういうときは、お金持ち向けにお高いものを作り出して買ってもらうんすよ」
「まっ」
そのイアンが出してきた提案に、シンジュ様が目を丸くされた。まあ、金のあるところから引き出すというのはよくある話だし。
「うちなんかは、親父のお弟子さんが庶民向けにお安い刃物とか鍋とかも作ってるんす。でも、親父が皇族貴族の依頼で剣を一本打ったりすれば、それでどーんとお金が入るっすからね……もちろん、庶民向けでも手抜きは許されねっすけど」
「まあ、それは当然よね」
確かに、テッセン工房の剣に貴族はいくらでも金を積む。その金を元にして、テッセン工房は庶民向けの刃物を打ち鍋を作り、その生活を支えているわけね。
……商人の方はどうなのかしら、と思ったらちょうど、グランが顔を出してきたので尋ねてみよう。
「売る方としては、売れればそれだけ手間賃がこっちに入りますんで歓迎、かな。品薄にして値段を釣り上げる商人もいますけれど、そう言うのはだいたい皇帝陛下や皇太子殿下に目をつけられて搾り取られます」
あまり詳しくは知りませんけれど、という枕詞とともにグランが商人の意見をくれたわ。値段を釣り上げる商人なんているのね……と思ってみたけれど、高位の爵位が欲しい貴族もいるというからそう言うものなのかしらね。
というか、搾り取るって……財産のことかしら。爵位を返上させられる羽目に陥ったり……き、気をつけましょう。さすがにうちやジェット様のお家は大丈夫だと思うけれど!




