081.令嬢は婚約者の勇姿に感動する
「で、でんかあ!」
「何だ……ん」
半泣きのセレスタ嬢が、廊下に続く扉の方を見ているわね。そちらに目を向けられた殿下の表情が、鋭くなったわ。
扉の向こう、廊下からバタバタと人が走ってくる音がするもの。それと、「皇子はこっちか!」なんていう不敬な声も。扉には殿下が鍵をかけられたけれど、破られるのは時間の問題ね。
「適当にバリケードを作って、舞台に出るぞ。ここは狭い」
「はい」
「わ、わかりましたあ」
殿下に急かされて、椅子やらテーブルやらを扉の前に積み上げた後全員で舞台袖から外に出る。舞台上にはほとんど人はいない、というか気絶した若者たちが転がっているのはシュールな光景よね。
で。ジェット様とルリーシアをメイン配役にして、主に観客席側で剣劇の真っ最中だったわ。というか、ほぼその二人で反逆者の方々を叩き潰しておられるというか。
帝国への反逆を企てるにしても、もうちょっときちんと訓練を積んだ方はいらっしゃらないのかしら? あまりにも、ずさんすぎるわね。
「はあっ!」
「ふん!」
ルリーシアもジェット様も、反逆者たちが落としたらしい真剣を使って対応しておられる。つまり、今見えている赤いものは本物の血ね。
仕方がないわね。皇帝陛下、その血を継ぐギャネット殿下に手をあげようとなさった方々なのだから、帝国ではその末路は死、あるのみだもの。
え、あら、人の気配。振り返ると、数名が剣を構えつつ駆け寄って来ていたわ。狙いは私と……一緒にいるシンジュ様かしら。
「貴族の娘が、えらそうに!」
「死ねえええええ!」
「あ、危ない!」
はしたないお言葉と共に、剣が振り上げられる。私はシンジュ様の前に立って、何とか盾になろうとして。
『人の婚約者に、何をするかあああああ!』
そのはしたない方々は、同じ言葉を同時に上げられたセラフィノ様とジェット様によってあっという間に吹き飛ばされた。しかも真剣でも木剣でもなくて、長いおみ足を使った華麗な蹴りで。
「かっこいいですわ、セラフィノ様……」
「ジェット様、さすがですわ……」
思わず、シンジュ様と一緒に見惚れてしまってもおかしくはないわよね? だって、本当にかっこよかったんですもの。だいたい、反逆者の皆様はその方々以外床に伸びていらしたし。
「殿下あ、あれうらやましいですー!」
「お前も婚約者探せばいいだろうが。テウリピアの跡継ぎが要るんだろう?」
多分、一番この場の空気を読めていないのはあんなことをおっしゃっているセレスタ嬢と、うんざりしたお顔でそれを流そうとされるギャネット殿下ではないかしらね。




