008.令嬢は戻ろうとする
「ごちそうさまでした」
ひとまず、セレスタ嬢もおとなしくなったところで食事は終了した。セルフサービスだから、使用済みの食器を返却口まで自分で返さなくてはならない。学園に入学したときにそう言ったことを一通り教わって、面白いシステムだとわくわくしたことを思い出すわね。
食器の返却を済ませたところで、殿下が「ジェット」と名を呼ばわった。
「その二人を送ってやれ。うちの学年の連中が宝角令嬢の顔を見たがってたろう」
「あら」
「御意。確かに、囲まれては問題ですね」
殿下やジェット様のご学友であれば、私も一度ご挨拶はしたいのだけれど。でもお二人は、それよりも私やフォスのことを案じてくださったよう。彼らの学年は割合として男性が多く、婚約者のいるジェット様はしょっちゅうその話をせがまれて辟易なさってるのだとか。
「ローズ、フォセルコア、行こうか」
「ええ」
「殿下の仰せとあらば。それに、親友の身に何か起きては困りますものね」
名前を呼んでいただいて、私は即座に頷く。フォスは何というか、理由付けを無理やりしたみたいな言葉を口にして、それから一緒についてきた。
……あら、そう言えばセレスタ嬢はよろしいのかしら? どうせ、同じ教室に戻るのですけれど。
「では、失礼いたします。参りましょう、ローズ様」
「え、そ、そうね」
……いいみたいね。フォスに背中を押されて、その場を離れる。ふと振り返ると、殿下の声がここまで届いてきた。
「お前も、さっさと教室に戻れ。俺は知らん」
「ええー? そんなあ、殿下あ!」
「一人で動くのが嫌なら、友人を作れ。そのための学園だ」
殿下、セレスタ嬢を教室まで送る気はなさそうね。けれどセレスタ嬢は送っていただきたいようだし……次の授業に間に合うのかしら? 他人事ながら心配だわ。
「参りましょう、ローズ様」
「……ええ」
フォスが呆れてるのが、何となく分かるわ。同じ学年の私たちのところに来ないで、二つ上の殿下のところに押しかけるというのは……その、つまり狙っておられる、ということなのよね。多分。
いくら第二皇子殿下とは言え、お家柄の関係上難しいとは思うし……同じ難しいお家柄なら、私はフォスを応援したいわね。
「あ、いたいたジェット」
不意に、ジェット様のお名前を呼ばわる知らない声が聞こえてきた。声の方に視線を向けると、青っぽい黒髪を肩口まで伸ばした男性。制服着用だから、おそらくはジェット様や殿下のクラスメートの方でしょうね。
「どうした? レキ」
「ジェット、そちらが宝角令嬢で?」
レキ、というらしい彼は、私を手で示してそんなことをおっしゃった。途端ジェット様とフォスが、揃ってムッとした顔になる。おそらくは、私自身も。
「知るか。行くぞ」
「おい、ジェット」
そうしてジェット様には珍しくつっけんどんな態度で、私とフォスを急かす。……ええ、さすがにご自身名乗りもせずにいきなり人のことを、それも二つ名で呼ぶというのはちょっとね。
それはジェット様も同じお考えだったらしく、クラスメートらしき彼に対して冷たい声でお答えになる。
「ろくな挨拶もできん奴に、何故俺の婚約者を紹介せねばならん。お前は何をしに学園に来てるんだ?」
「え」
「殿下も見ておられる。そのうち、お前の家に報告があっても知らんぞ」
「ぐ……」
ジェット様のお言葉にちらりと伺うと、相変わらずセレスタ嬢がまとわりついてはいるもののたしかに殿下もこちらをご覧になっている。それに気づかれたのか、レキ殿は顔をひきつらせながら引き下がられた。そこそこ整ったお顔ですのに、表情があまりよろしくないですわね。
「では、後ほど教室で。さあ、行こうか」
「はい、ジェット様。では、失礼いたしますわね」
「はい。では」
廊下で長話も問題だし、こちらには話す内容もないので私とフォスは、ジェット様の言葉に従いその場を離れることにした。