078.令嬢は避難先を考える
「終わりました!」
「……ルリーシアの就職先は決まったようなもんだな……」
隣室から声が聞こえなくなって少しして、晴れやかな顔をしたルリーシアと呆れ顔の殿下が戻ってこられた。い、いったいどんなことが繰り広げられたのか……いいえ、興味を持ってはいけないわ。きっと、触れてはいけない世界の話なのだから。
その辺りはもう考えないことにして、ジェット様がルリーシアから報告を受けるのを私とセレスタ嬢も一緒に聞くことにする。
「総勢五十三名。劇場以外には校舎と寮、ダンス教室に配備されているそうです」
「そうすると、教職員やダンス教室の子供狙いかな」
「おそらくは」
ダンス教室にはフォスが参加しているわね。大丈夫かしら、と思うけれど連絡手段はないし……大丈夫と信じましょう。
騎士団や衛兵たちもいるはずだし、ええ。
「ここにいたのと後から来た合計十一名は叩き潰したので、問題はありません」
「すると、あと四十二名ですわね」
「単純に三分割でもないだろうが、一ヶ所につきだいたい十二、三人というところだ」
ルリーシアの報告にざっと計算をすると、ギャネット殿下がその数を割ってくださる。
四ヶ所に分かれて五十人ちょっとで学園を占拠して、それで帝国に歯向かう……ううん、いくらなんでも無茶じゃないかしら? まさか、ギャネット殿下を人質に取ることでその数の不利を挽回しようとしたってこと?
いくらなんでも、無理でしょうに。
「じゃ、じゃあここみたいに、重要人物人質に取って、ってことですかあ?」
「人数を考えるとそうなる。お前でもそれなりに頭は働くんだな」
セレスタ嬢の推測を、殿下も否定はされなかった。……まあ、公爵や侯爵、伯爵の子供はそこかしこにいるものね。人質として身柄を確保すれば、帝国の一部を動かせると踏んだのかしら。結局、無駄だけど。
まあ、今手に入った情報ではせいぜいそこまでしか分からない。故に、殿下は結論を出された。
「ひとまず、表に出るか。あいつらはあのまま閉じ込めておこう、邪魔だ」
「そうしましょう」
しれっと、ルリーシアが頷く。この場合のあいつら、つまりは今頃隣室で泡を吹いているであろう反逆者各位ね。ええ、部屋から出ないようにしておけばひとまずは何とかなるでしょう。
それと、邪魔と言えば……ルリーシアが私とセレスタ嬢に向き直り、案を提示してきた。
「ローズ様、セレスタ様。程よいところで教師か衛兵に身柄を預かっていただきましょう。安全な場所に移動されたほうがよろしいかと」
「分かりました。戦のできない者では、足手まといになりますものね。セレスタ様も、よろしいかしら」
「は、はい」
ルリーシアのように戦うことはできない私たちが人質になれば、皇帝陛下には効果はなくともジェット様には効果があるもの。そんなことは、婚約者としては避けたいものね。
「二人の身柄か……騎士団長にでも会えれば、申し分ないのだがな」
「父はおそらく、反逆者退治に精を出しておられるかと。遠慮の要らぬ戦は久方ぶりだ、と申しておりましたので」
「ああ、模擬戦闘で全力を出すわけには行かないからなあ」
殿下とルリーシアの会話に、セレスタ嬢がブルリと身体を震わせた。模擬戦闘でも拝見したのかしら。あれが全力ではない、というのは分かるかしらね?
「ぜ、ぜんりょく……」
「あまり見ないほうがよろしいでしょうね。騎士団が全力を出す、ということは帝国に危機が迫っているということでもありますし」
「み、みなかったことにしますう」
「そうしましょう」
「ああ、二人はそうしておいたほうがいい」
お互いに頷きあっているところに、ジェット様が答えを出してくださった。私たちは、戦場に出たらおかしい人種だものね、ええ。




