075.令嬢は皇子の言葉を拝聴する
「だ、誰が言うか!」
「そうか」
まあ、さすがはガンドレイ帝国に対して謀反を起こそうとした程の気概のある若者ね。殿下の温情あるお言葉を拒否なさったわ。
もっとも、殿下もそういう答えが帰ってくるだろうことは予想済みだったようで、小さくため息をつかれたわね。
「今言っておいたほうがマシだったと思うぞ? 父上もそうだが、特に母上は敵には厳しいからな」
「そうですの?」
あら、初耳。というか、今の陛下が皇帝になられてから帝国では、謀反に値する犯罪は起きていないのよね。今の彼らが初めて。小競り合いとかはあったのだろうけれど、詳しい話は降りてきていないわ。
「城にある尋問用の道具は、母上が調整と手入れを欠かさずに行っていてな。さすがに実動テストはやっていないが、こういう連中が出てきたんだ。喜ぶだろうな」
……今の皇妃陛下、そんな性格だったんですかー!? あまり表に出てこられない上に出てこられても穏やかに微笑んでいらっしゃるばかりなので、そんなこととはつゆ知らず。
「……そ、それ、拷問の道具じゃないんですか……?」
「あくまでも尋問用、だそうだ。母上がそうおっしゃっているんでな」
「は、はあ」
何とかお声を出すことができたセレスタ嬢の疑問もごもっともね。
とはいえ、殿下がそうおっしゃっておられる以上皇妃陛下がお手入れされているのは『尋問用の道具』ということにしておきましょう。お城のどこかのお部屋に鎮座しているそれらの道具を、自分たちの目で見ることがないように。ええ、見たくないわ。
「で、だ」
じろり、と殿下が若者たちをにらみつける。彼らが一瞬身を引いてしまうくらい、迫力のある眼光だわ。
「だから、お前たちは今、口を割るほうがマシなんだ。お前たちの身柄が城に行ってしまったら、母上のコレクションが実際に動くことになりかねん」
「……」
皇妃陛下のコレクション、すなわち『尋問用の道具』。それが実際に動く、ということは……ええと、この若者たちに使うということよね。どのような道具かは存じ上げないけれどおそらく、彼らにとってはとてもかわいそうなことになるのでしょうね。
そのくらいのことまでは彼らも推測できるのだろうけれど、でも殿下のお言葉に首を縦に振ることはなかった。だから殿下も、「そうか、分かった」と諦めの言葉を口にする。
「さて、注意はしたからな。後は知らん、お前らの自業自得だ」
前言撤回、呆れておられるだけね。
……セレスタ嬢がおとなしいと思ったら、泡吹いて気絶していらっしゃるわ。このようなことがよほど衝撃だったのでしょうね……割に平然としている自分のほうがおかしいのかしら、ご先祖様のせいかもね。
「く、くそっ……こちらが城を占拠すれば」
「できると思っているのか?」
若者たちの苦々しげな顔に対し、殿下は本気で呆れ顔。まあ、そうよね……今の皇城を陥落させるためにはどれほどの兵力が必要なのかしら? 考えたこともないからわからないけれど、少なくとも首都を守る軍や陛下直属の騎士団の防御網を突破しないといけないわよね。
その面倒を省くために、もしかしたら殿下や私たちを人質にとったのかもしれないけれど。そうだとしたら、反逆者御一行には大誤算でしょうね。あーあ。
「がっ!」
「ごふっ!」
あら、楽屋の外から賑やかな喧嘩の音と声が聞こえてきたわ。どなたかがおいでになったのでしょうね……と考えている間に、あっさり扉が開いて。
「はあっ!」
「はっ!」
木剣を振り回して若者たちの胴を薙ぎ、首筋を叩き、あっという間に楽屋を制圧したのは、ジェット様とルリーシアだった。
ああもう、ジェット様がかっこよくていらっしゃるのは当然だけどルリーシアもスマートで、鮮やかな太刀筋。さすがだわ。




