074.令嬢は状況から推察する
「俺の首、か。ハッ」
ギャネット殿下が、軽く笑い声をあげられた。え、ここは笑うところなのでしょうか、殿下?
そう思っていたら、殿下はきっと鋭い目で若者たちを睨まれる。その口から出た言葉も、とても強い口調で。
「父上も兄上も、だから何だと言うだろうな」
「何?」
「その程度で、スターティアッドの足元が揺らぐとでも思うか。お前らは父上の性格を知らんようだな」
まあ、私も現在の皇帝陛下の人となりを詳しく知るわけではないけれど。でも、ガンドレイ帝国の長であられる方がそうそう弱々しい方であるわけがないし。
「ここで俺の首が飛んだところで、大したことはない。父上は俺が帝国の礎として尊い犠牲になったのだ、よよよと嘘の涙を流すくらいだろうよ。お前らを全滅させたその後で、俺の国葬をやってな」
そうさらりと言ってのけた殿下のお言葉を、否定する材料は全く無いわ。帝国の歴史の中で、反逆者によって皇族が殺害された事例なんていくらでもあることだし。……まあ、皇位争いで身内同士が殺し合った例もあるけれど。
「殿下ですらそう言う扱いなのでしたら、私など考えるまでもありませんわねえ」
「最悪の場合、学園もろとも反逆者を叩き潰すな。父上であれば」
「え、え、じゃあ私なんて」
「侯爵の娘が考えるまでもないのに、子爵の娘が特別扱いされるわけがないだろうが」
こういう修羅場に会うのは初めてであろうセレスタ嬢は、もう頭の中が真っ白になっているのではないかしら。私だってそうそう会うものではないけれど……ともかく。
ここにいる者の中で一番地位の高いギャネット殿下ですら皇帝陛下は見捨てるであろう、と当のご本人が明言しておられる。貴族の娘なんて、考えるまでもない。ぷちっと潰されても、だからどうしたということになる。
つまり。
「つまり、私たちを人質に行動を起こそうとした皆様方のご行為は無駄である、ということですわね」
「馬鹿な!」
「いや、帝国維持のためにはそういう手段も取るぞ、父上は」
ええ、ですから若者たちよ。ここにいる中で、殿下は一番皇帝陛下のお人柄を理解しておられるわけよ。その殿下がこうもきっぱり、おっしゃっている言葉を疑うなんてねえ。
「だいたい、俺がいなくなったとしても跡継ぎが一人減るだけだし、皇太子である兄上はぴんぴんしてるし」
「他の場所を襲撃なさってるのならともかく、人質が私たちだけではねえ」
「こいつが死んだら、ちょうどいいから後継者のいないテウリピア取り潰し、とか言いかねんな」
「ひ、ひっどーい!」
……とばっちりを受けるテウリピア子爵家には、少しばかり悪いかしらとは思わなくもない。ただ、我がハイランジャ家は先祖が先祖だけあっておそらく、皇帝陛下と似たような判断を下すに違いないから。
それにしても、テウリピアのお家ってそこまであっさり取り潰せるようなお家なのかしら。いえ、公爵クラスでも事によっては取り潰されるのだからあると言えばあるのでしょうけれど。
「まあ、そういうわけで貴様らはとてつもなく無駄なあがきをしているわけだが、さて」
ふっと、殿下の表情が変化した。明るい青年のものから、毅然とした……そしてどこか空恐ろしい、皇族のそれに。
「その無駄なあがきの首謀者は、誰だ?」
「ひっ」
こちらが拘束されているのに、手足が自由な若者たちの方が驚いて身を縮める。冷や汗をかいたり、数歩後ずさったり。……あの、帝国に反旗を翻しておられるのでしょう? あなた方、そんな弱気で大丈夫なのかしら。ジェット様やルリーシアが突入してきたら、あっという間に制圧されそうね。まあ、かわいそう。
そんなことを考えている私と、相変わらず白いお顔をしているセレスタ嬢をさておいて殿下は、深く鋭い視線で若者たちを見渡しながらおっしゃった。
「言い出しっぺの名前をあげれば、少しは扱いがまともになるかもしれんぞ? まあ、決めるのは父上やらストレリチアあたりだろうが」
ストレリチア。ルリーシアと同じ姓だから、騎士団長を務めておられるお父上のことね。
皇帝陛下に認められた騎士団長が、謀反の大罪を犯した者をさてどう扱うか。私にはとてもとても想像なんてできないわ。




