072.令嬢は引っ立てられる
観客席のあちこちから、武装した若者たちがぞろぞろと立ち上がる。そう数は多くないけれど、貴賓席の周囲を固めている数が多いわね。ギャネット殿下を人質にして、何とかしようという腹かしら。
そんなことを妙に冷え切った頭で考えていたら、シンジュ様にしがみつかれた。涙目になっておられるのは、普通こういった反応よねそうよね、ええ。
「ろ、ろ、ろ、ローズ様、どどどどうしましょう」
「シンジュ様、落ち着いてください。こういうときに慌てないのが、貴族としてのプライドというものですわ」
「え、で、でも、そ、そうね……」
ふう、何とか落ち着いてくださったわ。他の方々もざわざわしたりとか泣き始めてる方もいらっしゃるけど、全体的には静かな感じ。ただ、貴賓席の側にはいなかった若者たちが舞台に上がってきて、こちらに剣を向けているわね。
貴賓席と言えば……殿下もジェット様も、ここから見れば落ち着いておられるように思える。きっと、なんとかしてくださると信じよう。ルリーシアのお父様とか、シンジュ様の婚約者様とか、いろいろいらっしゃるし。
どうせ、私には何ができるわけでもなし。
「ほら、殿下も落ち着いておられますから」
「まあ」
とりあえずはシンジュ様に耳打ちをして、力づけてみる。……大丈夫かしらね? 冷や汗をかいておられるようだけれど。
「といいますか、ローズ様は落ち着いていらっしゃいますね」
「ハイランジャはそもそも、戦で成り上がった家ですからね。ある程度の度胸はついているのかもしれません」
「はあ……」
自分でも、非常に落ち着いているのが不思議でならないのよね。まあ、観客席にいるセレスタ嬢みたいにびーびー泣いてどうにも動けないでいるというのもどうかと思うのだけれど……彼女はついこの前まで平民だったわけだし、覚悟はできていないか。
「お?」
若者の一人が、私の方に近寄ってきた。顔を見ているのかと思いきや、どうやら視線は額に集中しているようね。
「お前が噂の宝角令嬢か。ちょうどいい、お前が来い」
「引っ張らないでくださいな。自分で参ります」
腕を取られたけれどそう言い返して、私は自分の足で進み出ることにする。ちょ、ちょっと怖いけれど、これでもハイランジャの娘、彼が言ったとおり宝角令嬢だし。
「ローズ様!」
「ご心配なさらず。私は大丈夫ですから」
私を心配してくださるシンジュ様の名前を、口にはしなかった。彼女は公爵令嬢で、騎士団に婚約者のいる身。人質にされて危ういのは私以上だもの。
角のせいで私のことは妙に知られているようだけれど、おかげでこっそり殺される心配はなさそうよね。何しろ、この角のせいで目立つから。
こういう連中が周囲にアピールするにはちょうどいい存在、ですもの。うっかり死ぬことはないでしょう。
「えらく落ち着いているな」
「私の二つ名をご存知ということは、私のご先祖もご存知なのでしょう?」
「伝説の鬼神アダマスか。なるほど、その子孫なれば肝が据わっているということだな」
「そう思ってくださって構いません。泣きわめかれるよりは、あなた方も扱いやすいでしょうに」
「確かにな」
舞台袖から楽屋の方へと私を連行する若者は、私のその言葉に納得したように頷いてくださった。




