071.令嬢は舞台に立つ
楽屋から廊下を通って、舞台袖までやってきた。ちらりと観客席を伺うと、ちらほら知った顔が見受けられるわ。中央奥の貴賓席には当然ギャネット殿下と、彼に付き添っているジェット様やその他護衛の方々のお姿も。
「結構、皆様おいでになっているようですよ」
「あらほんと」
シンジュ様もご覧になったようで、嬉しそうに笑っておられるわ。それでちょっと楽しくなってまた見ていると、割と前の方の席にふわふわのオレンジ髪を発見した。
「あ、セレスタ様」
「え? あら、本当ね」
シンジュ様も確認されたようで、軽く肩をすくめられる。そうして、「彼女はどこの担当でしたっけ」と私に尋ねてこられた。
「模擬店で売り子をやっているはずですが」
「なるほど。ならば、休憩時間ではなくて?」
「朝から頑張っていらっしゃったから、そうかもしれませんね」
それもそうよね。交代要員はいるはずだし、休憩中にこちらに見に来られてもおかしくないわよね。そういうことにしておきましょう、と二人で頷き合った。
「まあ、クラスメートが見ているのですから頑張りましょう。ジェット様もおられますしね」
「はい、頑張りましょう」
シンジュ様の楽しそうなお顔に、ちょっとだけ照れた。……シンジュ様の婚約者様は騎士様ですもの、今頃はお仕事で忙しいのでしょうからね。
さて。
私たちが歌う曲なのだけれど……まず、観客も含めて全員で国歌を斉唱する。帝国のこれまでの栄光とこれからの繁栄を祈る歌で、国民ならまず誰もが歌える歌ね。旅行者などで歌えない方もおられるけれど、特に問題はないわ。
それから古くから伝わる歌や、最近吟遊詩人が持ち帰った辺境での出来事を歌ったものなど。これを、数グループに分かれて歌う。
私の入っているグループは古い歌の担当なので、慣れている歌だったからちょっと助かったわ。シンジュ様は新しい歌の担当で、これはこれで楽しいのよとおっしゃっていたわね。新しい歌というのはなかなか聞く機会がないから、私も楽しみ。
「我らがガンドレイ帝国、国家を斉唱します。皆様、ご起立くださいませ」
私たちが舞台に並んだところで、司会を担当される楽隊の方が凛とした声を上げられた。観客席の方々もそれぞれに、ざわつきながらも立ち上がる。ああ、ちゃんとセレスタ嬢もご起立されたのはちょっと安堵した。
「……あら?」
ふと見上げた貴賓席、その近くにおられる若い方々の一団がちょっぴり気になった。ちゃんと起立してはおられるのだけれど、周囲をキョロキョロと見回して落ち着かないご様子。
……セレスタ嬢の近くにも、同じような方がおられるわね。何かしら、と思った瞬間。
「国歌など、歌わせてたまるか!」
「ガンドレイの圧制を、ここで断ち切れ!」
「スターティアッド一族、滅ぶべし!」
一斉にその方々が立ち上がり、手に手に剣を振り上げながら周囲の観客を脅しにかかる。
えええ?
これって、あの、帝国への反乱?
お芝居じゃない……わよね。




