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007.令嬢は食事する

 今日の昼食は魚のムニエルにイカとパプリカのマリネ、具だくさんのスープとパンがついた定食。種類が少なめな代わりに量が多いのがここの食事の基本で、長期休暇などで実家に帰ったときとのギャップに戸惑うことがあるわね。これはこれで美味しいので、卒業するときがちょっぴり寂しいかもしれないわ。


「すぐ隣でいいぞ? フォシルコア」

「殿下を狙われる女性は多いですからね、変な火種は避けるに限ります」

「そういうもんか。面倒だな」


 私とジェット様が隣同士、その向かいにそんな会話を交わした殿下と、一つ空けて隣にフォスという形で腰を下ろす。本来ならば殿下に上座に座っていただくべきなのだけれど、「こういう場所で上座下座を気にしていたら、いつまで経っても飯が食えん」という殿下の一言であまり気にしないことになっている。一応、テーブル内では入口から一番奥には座っていただいている。

 さて、神に祈りを捧げてありがたくいただこうとした、その瞬間。


「ギャネット殿下!」


 ……まあ、私たちと同じ教室で同じカリキュラムを受けているのだから、当然お昼の時間も同じになるのですけれど。定食の乗ったトレイを手にしてセレスタ嬢は、いそいそとこちらにおいでになる。

 「ん」と視線だけを向けた殿下に対し、セレスタ嬢は何とも大胆な提案をされた。周囲から、女性たちの視線が自分に集まっていることには気づいていないのかしら。まあ、いいけれど。


「ここ、いいですか?」

「……好きにしろ」

「やった! ありがとうございますー」


 フォス、少々むくれるのは分かるけれどきちんと隣に座らなかったあなたが悪いんじゃないかしら?

 それはともかく、一つ空いた席にセレスタ嬢はいそいそとトレイを下ろし自分も座られた。そうして、手を合わせてきちんと祈りを捧げる。それを見て私たちも、食事を取り始めることにする。やれやれ。

 ……どういうわけか、セレスタ嬢は私を見て自慢げに笑っているわね。何をおっしゃりたいのかしら? 別に、ギャネット殿下のお隣に座れたからと言って私に自慢する必要はないでしょうし。


「ん、あれ」


 しばらく食事を進めていると、私のトレイを見てジェット様が軽く首を傾げられた。メニューは同じものだから、そこで疑問が浮かぶ意味がわからないわ。


「いかがなさいました? ジェット様」

「いや。君は、イカがあまり好きじゃなかったよな」

「足の吸盤がちょっとだけ。今でも好んで食べるものではありませんわ」


 ジェット様は、私の好みを熟知してくださっている。その私があまり好きではない、イカの足を平気で口に運んでいることに少々驚かれたようだった。そう言えば、この二年は食事を共にする機会はあってもそこにイカは出てこなかったものね。


「それでも、普通に食べられるようにはなったんですよ」

「そうか。さすがに、学園では俺が代わりに食べるというのは変だからな」

「私は構わないのですけれど」


 学園に通う前、一緒に食事をしたときには私がイカを嫌がって、それをジェット様が代わりに食べてくださったことが何度かある。さすがに行儀が悪いと親に叱られて涙目になったことは、よく覚えているわ。

 ……と、ここまで話をしていたところで視線を感じた。顔を向けると、セレスタ嬢が本当に楽しそうな笑みを浮かべている。そうして隣におられる殿下に、話しかけた。


「聞きましたあ? ローズ様、好き嫌いがあるんですって」

「……だから何だ?」


 口の中のものを飲み下されてから、殿下はセレスタ嬢に向き直られた。そのお顔は何と言うか、大変に不満そうだ。昼食を中断してまで話すことなのだろうか、と言った感じの。


「え、だってギャネット殿下はきっと、好き嫌いとかされる方はあまりお好きじゃないですよねって……」

「よく知っているな」


 ああ、それはジェット様から伺ったことがあるわ。……そういうこともあって私も、ちゃんとイカを食べられるようになろうとしたんだもの。殿下のお側仕えになるかもしれないジェット様の、その婚約者である私が好き嫌いを言っていたら、ジェット様の評判が落ちてしまうかもしれないから。


「それに殿下も、好き嫌いを口にしないですよねえ?」

「俺が好き嫌いを言わないのは、俺の嫌いなものを聞いた馬鹿どもがそれを作ったやつを非難しないためだ。皇子が嫌ってる、なんつったらこの国の者は右に習え、で嫌がり出す」


 ……セレスタ嬢は、本当に何を言いたいのかがよく分からない。それはどうやら殿下も同じことのようで、大変不機嫌そうに言葉を連ねられる。


「だいたい、彼女は克服したようだしな。何の問題もない……それよりさっさと食べて、午後の授業に向けて予習の一つもしておけ」

「え、えー?」


 きっぱりとそこまでおっしゃってから、殿下は話はもう終わりだとでも言わんばかりの勢いで、それでも完璧な作法で食事を続ける。私たちもそれにつられて、さくさくととても美味しい昼食を口の中に運んだ。

 ……前言、ちょっとだけ撤回するわ。美味しいはずなのだけれど、何となく空気がおかしなせいで味がいまいち感じられなかったのは、料理人の方々に申し訳なかったわね。

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