069.令嬢は令嬢と挨拶する
ラズロの出番が終わったので、せっかくだし顔を見に行こうということになった。ルリーシアが前座などで出番があったときと同じように行けば、多分会えるわよね。
「ラズロ様、残念でしたけど、かっこよかったです!」
「ああ、ありがとうトピア」
観客席を離れて、控室のあるところまで降りてくるとそんな会話が聞こえた。ああそうか、婚約者様がラズロの勇姿を楽しみにしていたんだっけ。負けたけれど、頑張ったところをちゃんと見てくれるなんて、いい子ね。
うわここ離れたほうがいいかしら、とか思っているうちにどうやらラズロに見つかっちゃったようで、声をかけられてしまったわ。仕方ない、出ていきましょう。以前にも拝見したことがあるけれど、トピア嬢はほんとうにふわふわした感じで可愛いわねえ。
「ローズ様、フォス。来てくれたんですか」
「拝見させていただきましたわ。なかなか頑張ったのではなくて?」
「訓練期間を考えると、大健闘だったと思いますよ」
フォスの言う通り、ほんの数ヶ月をゼロから始めてあの結果なら健闘した、と言われる結果だわ。お相手の方は三年生だったわけだし、観客席で認めてくださった方もいらっしゃるものね。
と、トピア嬢がおずおずと踏み出して来られたわ。スカートを摘んで、軽く膝を曲げて礼をしてくださる。
「きちんとご挨拶していませんでしたね。はじめまして、オルタシャ伯爵家のトピアと申します」
「はじめまして。ハイランジャ侯爵家のローズクォテアですわ。ローズと呼んでくださいな」
「チェリアット男爵家のフォシルコアでございます。どうぞ、お見知りおきを」
こちらも礼を返すと……あら。トピア嬢、何だか目がキラキラしていらっしゃるけど。あ、手を取られた。
「ハイランジャ家のローズ様といえば、お角の姫様ですよね! お会いできて光栄です!」
「は?」
『宝角令嬢』なら時々呼ばれているけれど、お角の姫様なんて呼ばれ方は初めてだったから驚いた。ぽかんとしていると、トピア嬢はあれ、間違えたかなといった困り顔になってしまわれたわ。
「あ、あれ? 間違ってませんよね?」
「ま、まあ、角が生えているのはご覧の通り間違いありませんが」
「ですよね!」
額の角を隠してはいないからそれを指先で示すと、トピア嬢はホッとしたように微笑まれた。ああもうほんと、無邪気な笑顔って可愛らしくて羨ましいわ。もう私などは、外面を整えることを覚えてしまっているから。
「ローズ様のお噂はお父様やお母様からも伺っていましたし、ラズロ様と同じお年だというのは知ってましたからいつか、ちゃんとご挨拶しないと、と思っておりました!」
ご両親から、私の噂を聞いたの。へえ……あ、そう言えばオルタシャ伯爵家、って言ってたわね。
「……そうか。オルタシャ伯爵家といえばハイランジャと同じく、帝国建国前の戦で名を馳せた英雄の血縁ですわね」
「はい。でもうちのご先祖様ははちょっと頑張ったくらいで、大したことないですし。ローズ様みたいにお角も生えませんし」
「あら」
ハイランジャ家と同じく、ガンドレイ帝国の成立においてその力を存分に奮った家はいくつか存在するわ。オルタシャ家もその一つで、その頭脳をもって帝国建国に助力したとして伯爵位を授けられたとか。まあ、うちはある意味力馬鹿だし。
「ただ、うちはいいんですけれど……キルシオン叔父様がその、ちょっと」
「キルシオン子爵、ですか。あそこの家は、うちとはあまり仲良くないですから」
オルタシャ伯爵家と近い親戚である、キルシオン子爵家。ここは建国には関係ないというか、オルタシャ家の分家みたいなものね。ただ、本家よりも権威欲があるというか何というか……まあつまり、うちが自分の家や本家よりも位の高い侯爵家なのが気に食わないという話を聞いたことがあるわ。
「はい。なので、ローズ様のこともあまりよろしく思ってないようで、私にも会うなとか何とか。お父様が怒ってくださいましたけれど」
「まあ」
オルタシャ本家の方はご自身の地位に納得しておられるようなので、そういうことになるみたいね。……何というか、お身内に分からず屋がいると面倒だわね。
「大変ね。でも、キルシオン子爵とは関係なく、よろしくね」
「はい!」
もっともそんなこと、私には関係ない……とは思うのだけれど。今のところはね。




