062.令嬢は学びを心に決める
「しかし、やはりここの定食は美味いな」
トレイの上を綺麗に片付けて、殿下が満足げに頷かれた。私もフォスも、そして当然ジェット様もそれは同じことね。
学園の食堂なのだから、在学している五年間はお世話になる。それで食事が美味しくなければ、誰もここには来なくなるわ。食事を取れる場所は、ここ以外にもあるのだから。
「おそらく俺が、ここの味に慣れているからだと思うんだが……合宿の時は薄味だったな」
お茶を一口飲まれて、少し考えてからのお言葉。確かにこの食堂の料理は、味がしっかりついているものが多いものね。ルリーシアやイアンのように訓練や作業などで汗をかく生徒も多いから、そういった方々向けなのかしら。
それでも、合宿先……皇族がたの別荘の料理なども味はしっかりしていた気がしますが……ああ。
「合宿先では基本、シンプルな味付けでしたものね。私は、ああいったのも嫌いではないですよ」
「俺はどちらも慣れた味でしたね。実家では味付けは薄いですし、あまり香辛料を使ったりしませんから」
私に続いて、ジェット様がそうおっしゃる。モンタニオ領は基本がシンプル薄味なのよね。肉の臭み消しにハーブを使う程度なのだけれど、そこで濃いめの味付けになることがあるのでどちらもいける、というお話。不思議よね。
「私は、薄味が好みですね。それと……うちの領地でちょっとしたハーブが採れますから、そちらの味には慣れていますわ」
そうして、その後に口を開いたフォスの言葉に、ああと思い出す。
チェリアット男爵領では、帝国では珍しい種類のハーブが採れるようになってきているのだとか。
「そう言えば、東洋系の珍しいハーブだそうね。シーソ、だったかしら」
「シソですね。育てる土地が違うので、おそらく元の味とは変化していると思いますが」
「なるほどな」
シソ、というそのハーブを私はほとんど知らないのだけれど、さすが殿下。既にご存知のようね。
できが良かったのを皇帝陛下に献上されたのかしら? と思っていたら、どうやらそのとおりらしいわ。
「こっちでもちょっとやってみたんだが、あれはうちの直轄領じゃどうも育たんらしい。チェリアットの領地に任せて、特産品にすればいいと陛下がおっしゃっておられた」
「ありがたいお言葉を戴きましたので、規模を少しずつ広げているようですわ。おかげさまで税収もそこそこだとかで。あまり詳しくは分かりませんが」
殿下のお言葉に、フォスは安心したように笑って頷いた。
私もそうなのだけれど、フォスも実家の財政……ひいては領地の税収だとかそういうことにはどうも疎い。親と腹心の配下が引き受けているから、だろう。
まあ私は、モンタニオ辺境伯領のことを勉強しなくてはならないのだから実家のことを考えている暇はないのだけれど、フォスは大丈夫なのかしら?
「たまにありますよね。次の世代が家を継いだら、実態が火の車だったっていうのは」
「テウリピアが、何代か前にそれで大変だったらしいぞ」
「まあ」
ジェット様の思い出すような言葉に答えられたギャネット殿下のお言葉に、私とフォスは同時に目を丸くした。テウリピア、つまりセレスタ嬢のご実家のことだもの。
「チェリアットと同じように特産品の開発なんかをやってどうにか立て直したらしいんだが、俺も詳しくは知らん。多分祖父様くらいの頃だ」
「テウリピアの特産品といえば、藍ですわよね。染料の」
ふと思い出して、声を上げる。そう言えば、お祖母様がご存命のときにそんな話を伺ったことがあったような。藍色の布がとっても綺麗で高かったのよ、なんて話をされたことがあったわね。……その時に購入されたらしいドレスが、今でも実家にあるとかないとか。
「そうだ。あれで濃い青の布が一時期大ブームになったことがあってな、それで持ち直したんだ。そのくらいの世代には、今でもあの色はテウリピアブルーつって好まれている」
「植物の染料で、石を使ったものよりも安全だとか聞いたことがありますが」
「鉱物系だと、人体に毒になるやつがあるんだ。そういったもんは、今じゃ使用禁止になってる」
殿下とジェット様の会話を伺いながら、私とフォスはただただ感心している。そうか、そういうことまできっちり学ばなければならないのね。過去に何があったのか、どんなものが危ないのか。
……が、がんばらなくちゃ。




