060.令嬢は何とか教室に入る
夕食を頂いた後、あっという間に寝落ちてしまって結局荷物の整理はできなかったわ。フォスに呆れられたのは仕方のないことね……ちゃんと朝起きられただけよしとしてちょうだい。
ひとまずきちんと制服を着用して朝食を軽く頂いて、そうして教室へと向かう。扉を開くと、半分くらいのクラスメートが既においでになっていたわ。
「おはようございます、皆様」
「おはようございます、ローズ様、フォス。疲れは取れまして?」
「何とか、ですわね。昨夜はよく眠れましたけれど」
「私もです」
「わたくしもですわ。……まだ眠いのですけれど」
ふわあ。扇子に隠しながら、シンジュ様があくびをされた。あら、ちょっと可愛いなんて思ってしまったのは気のせいね。
「イアンは今朝も普通に鍛冶の修行に行きましたよ。元気だなあ」
「それで眠そうなのね、アレクセイ」
こちらは手で隠しながらの、アレクセイの大あくび。サンドラが肩をすくめるのが分かるわね。イアンは早起きで、授業前に剣を打つための修行を欠かさず行っているそうね。そのイアンと同室なのだから、アレクセイも大変よね……夜ふかしの習慣がなくなった、のはよろしいかと思うのだけれど。
「おはようございます」
「おはよおございますう……」
「おはようございます、ルリーシア、セレスタ様」
面白い組み合わせの二人連れが入ってきたわ。シンジュ様が名前を呼ばれたとおりルリーシアとセレスタ嬢なのだけれど、ルリーシアはいつものようにしゃきっとした姿なのに対し、セレスタ嬢はぼんやり顔でちょっとふらふらされている。
「ねーむーいー……」
「セレスタ殿、湖の主の件で疲れているのは分かるがしゃきっとしろ」
「だってえ、湖にあんなのがいるなんて思わなかったんだもん」
「あれは予想外だったそうだからな、先輩方も」
半分眠っている状態のセレスタ嬢の背中を押して、ルリーシアが彼女の席まで送り届ける。ぺたりと座り込んだ次の瞬間、セレスタ嬢は机に突っ伏して眠り始めた。……授業までに起きられるかしら?
「寝るのか……」
「授業前に起こしてあげればいいんじゃないかしら」
「まあ、そうだな」
呆れたルリーシアに、同じく呆れ顔のサンドラが声をかける。二人して肩をすくめ、それぞれ席につく。
「おはようございますー……えー」
「おはよっすー」
「おはようございます!」
殿方三人が、連れ立って入ってきたわ。一番元気なのは朝から剣を弄っているイアンね……ラズロは、セレスタ嬢を警戒しかけて……寝ている彼女を見つけてきょとんとした表情を浮かべているわ。最後に入ってきたグランは、割と普通の感じ。
「おはようございます、皆様。今朝のご調子はいかがかしら」
「俺はまあ、普通ですね……というかセレスタ様、寝てるんですか」
「ええ、そうなのですよ」
ラズロ、それでもセレスタ嬢からあまり視線を離さないわね。まあ、気になるのは分かるけれど。
「俺は元気なんすけど、ちょっと休んだら剣打つ腕が落ちたっす。しっかり腕に覚え込ませとけばこんなこともないだろうに、まだまだっすね」
「俺は少し寝不足かな。荷物の片付けしてて、寝るのが遅くなったんで」
イアンとグランはそれぞれに自身の調子を答えてくれたわ。ただ、グランは湖の主の件があるから少し凹んでいるかもしれないわね。単純に、今後は慎重になってくれればそれでいいのじゃないかしら。
「まあ、今日からはまた普通に授業が始まるのですから。皆もしっかり勉強しましょうね」
穏やかに微笑まれるシンジュ様が、何というか一番けろっとした顔をしておられた。先程は扇子の陰であくびをしていらしたのにね、さすがというか。
ふと、教師の気配を感じてルリーシアがセレスタ嬢の肩を揺する。さあ、普通の授業の日々が始まるわ。




