055.令嬢は水辺に遊ぶ
皇帝陛下の別荘の側には、クリスル湖というとても美しい湖が広がっている。というよりは、この美しさを数代前の皇帝陛下がお気に召したためにここに別荘が建てられた、というのが実際のところだけれど。
この湖には一部に極端に深い場所があって、そこに湖の主とやらが潜んでいるという言い伝えがあるそうよ。ただし、その場所の近くまで行かなければ主を刺激することはなくて、だから別荘の側の湖岸では水遊びをすることができるの。
「よし、全員揃ったな」
水着姿の私たちをぐるりと見渡して、教師が頷く。多分、人数を確認したのだと思うわ。セレスタ嬢は……ああ、ラフなサマードレスを着ておられるわね。そのような格好で水遊びをする人もいるから、私はそれ以上気にはしなかった。
薪集めに終始した昨日とは打って変わって、今日は朝から教師も確認されたとおり全員が湖の側に集まっているわ。このために、可愛らしい水着を新調してきたのよね。そう言う人も多いのよ。
「この辺りは近衛兵で定期的に確認しているから、危険生物はいないはずだ。もし、何かあったらすぐ大声を上げるように」
『はい!』
危険生物って……一番危険なのは湖の主でしょうに。もっとも、他にもいるのかも知れないけれど。まあ、あまり岸から離れなければ問題はないでしょうね。私、泳げないし。
そんなわけで、皆で水遊びに興じる。ばしゃばしゃと掛け合ったり、ネフライラ様のように岸でのんびりしたり、グランやイアンはすいすいと泳いでいるわね。
男性は上は濡れても良いシャツ、下は三分長の水泳着。女性は私もそうなんだけど、ワンピーススタイルの水着を着ていることが多いわ。太ももを出すのが恥ずかしくてパレオを着けている人も、男性と同じく上からシャツを着ている人もいるわね。
「冷たいですわね」
「湧き水だそうだからな。冷やしすぎないよう、気をつけろよ」
「分かっておりますわ」
私が泳げないことを知っておられるジェット様は、ずっと私の側についてくださっている。そう言えばこの湖、流れ込んでいる川がほとんどなくて湧き水で満たされている、らしいのよね。流れ出ている川はあって、この近くにある集落の水源とも言えるそうよ。だから、何があっても汚すのは厳禁。
「ボールをお持ちしましたわよ」
「ああ、良いですわね」
コーラル様が、水に強い獣の革で作られたボールを持ってきてくださった。周囲にいる数名に呼びかけて、ボールの打ち合いをすることにしましょう。
「そーれっ」
「はいっ」
「ジェット様!」
「アレクセイ、行ったぞ」
「俺ですかあ!」
何だか班も関係なくなってきてしまっているけれど、遊びの時間だし良いわよね。なんて思っていたのだけれど、あら?
「……ところで」
私と同じところに気づいたのは、アレクセイのフォローに入っていたサンドラだった。アレクセイ、足元に気が回らなくてよく転んでしまってるから。
「こういうところだと、セレスタ様が一番にはしゃぎそうなものなのですが」
「そう言えば、おられませんわね」
「いないなあ……着替えでもしているのか」
あら、殿下。先程から泳いでいらしたと思ったのだけれど、上がってこられたのね。
そしてそのタイミングを狙っていたのか、どうかはわからないけれど。
「遅くなっちゃいましたあ!」
「……」
やはり着替えておられたようで、セレスタ嬢がこちらに走ってきた……のだけれど。
えええ?
「あれ? やだあ、私の魅力に釘付けですかあ?」
何故か頭の後ろに手をやって何がしかのポーズを取っておられるらしいセレスタ嬢は、胸の半分以上が隠れていない胸当てと……その、大切な部分だけを申し訳なさそうに隠した下着のような水着、らしい姿だったの。
庶民や一部の派手好きな貴族令嬢などはそういった水着を着用される、ということも噂に聞いてはいたけれど、でも、ねえ。
「ローズの方が可愛い」
「俺は露出狂は好かん」
ジェット様と殿下が、白けたお顔で断言された。
「俺はもっとフリフリふわふわな可愛いのがいいなあ。トピアはそういうのが好みなんだ」
「……目のやりどころに困るっす」
一度は惹かれた相手であるにも関わらず、岸にいたラズロは肩をすくめておっしゃった。殿下と一緒に岸に上がってきたらしいイアンは顔を真赤にして、視線を彼女とは全く反対の湖の方に向ける。
「泳いだら取れそうだな。実用的ではないかと」
「うわあ、庶民ってこういう水着あるんだな。生地高くて買えないのか?」
ルリーシアが呆れ顔でため息をつき、そのルリーシアに言い寄っておられたのか顔をグイグイと引っ掴まれているレキ殿が目を丸くして。
まあ、要するにセレスタ嬢の水着は、あまりこの場所には相応しくなかったようね、とだけ申し上げておくことにするわ。ええ。




