054.令嬢は薪を集める
今日の午後にやる作業は、自分たちが使うことで在庫が減る薪の補充である。集めてすぐ使えるわけではないから、後々使う人のために集めておけということね。
「はあっ!」
パン、という威勢のいい破裂音と共に、薪が縦に割れる。
イアンは鍛冶師のご子息ということもあって、火の回りの扱いには慣れている。そういうこともあって、薪割りは彼が進んで担当することになった。ネフライラ様は森の中を歩くのが大変だということで、イアンが割った薪を定位置まで運ぶ役割。……ええ、一人では無理なのでコーラル様もお手伝いされておられるわ。
ということで、何というか皆様がお気遣いくださったらしく、私とジェット様で森の中に入って薪に使える木を拾って集めてくることになった。もしかしたら獣が出てきて危ないかも知れないけれど、ジェット様がおられるからきっと大丈夫よね。
「薪割りというのも、大変ですね」
「次に使うために、今から貯め込んで乾燥させておかないといけないからな」
とはいえ、二人っきりだわと浮かれている場合ではないのよね。ちゃんと薪を集められるだけ集めて、コテージに持ち帰らないといけないんだから。
枯れ枝を拾ったり、あまり育ちの良くない木を斧で切ったりして集めた薪を背負子に積んで、ジェット様に背負っていただく。私はあちこちを見ながら、薪に使えそうな木を探す。
……全部ジェット様に運んで頂く形になるけれど、大丈夫かしら?
「ジェット様、重くはありませんか?」
「この程度なら平気だ。ローズこそ、うっかり手を切ったりしないよう気をつけてくれよ?」
「一応油は塗ってきましたけど……そうですね、気をつけますわ」
木の折れた部分や皮などのささくれが手に刺さることもあるから気をつけるように、とは森に来る前に言われているのよね。手に油を塗るのと、薄いけれど手袋はしているから大丈夫、だと思うのだけれど。
しばらく森の中を歩いているけれど、私たちの立てる音と風にそよぐ木の葉の音、それから鳥のさえずりくらいしか聞こえないわね。何となく気になって、ジェット様に声をかけてみた。
「他の班も薪を集めておられるはずですけれど、会いませんね」
「それぞれコテージの近くで集めてるだろうし、河原で拾っている班もあるだろうからな。そうそう行き合うこともないとは思うが……」
そこまでお言葉にされたところで、ジェット様の動きがぴたりと止まった。「ジェット様?」と問うてみた次の瞬間、私にも理由がわかった。というか、これで分からないわけがないわね。
「でーんーかぁ! 待ってくださいよう!」
遠くから聞こえてくるこの声は、考えずとも分かるセレスタ嬢。殿下、と呼んでおられるということはギャネット殿下に同行……というか追いかけてきているのだろう。
「殿下ったらあ!」
「付いてくるなと言っているだろうが。邪魔だ」
あ、殿下のお声も聞こえたわ。しかもこっちに向かってきているわね。
私とジェット様はお互いに頷きあって、聞こえてくる声を避けるように木々の間に隠れた。
「だってえ、薪拾いなんですから」
「こちらの担当はお前ではなくクレイスだろうが。お前はコテージで割った薪を積む担当だ、自分の役割をわきまえろ」
「そんなあ」
程なく殿下が、そして彼を追いかけるセレスタ嬢が姿を現した。その後ろから、背負子を負ったクレイス様も。
……ええと、セレスタ嬢はご自身の役割を放棄して、殿下を追いかけてきたわけね。
大丈夫なのかしら、テウリピア子爵のお家。責任感のない、このようなご息女を後継者となさるなんて。
「ねえ、殿下あ」
「殿下」
「放っておけ。この足手まといのせいで苦労するのは俺たちではなく、後々にあのコテージを使われる兄上だな。全く面倒な」
ギャネット殿下は、もうセレスタ嬢には目もくれずクレイス様とだけ会話をなさることにしたようだ。ひょいひょいと枯れ枝を拾い、ひたすら追いかけてくるセレスタ嬢を無視する形でそのまま歩み去られた。もちろんセレスタ嬢も、「待ってください、殿下あ!」とか叫びながら追っていかれたけれどね。
「……何というか」
「殿下もよくお相手をされているというか」
「セレスタ様もしつこいですわよね」
その彼らを見送った私たちの意見はまあ、そういうところで落ち着くしかないわよね。いえ、本当にセレスタ嬢はしつこいというか根性があるというか……諦めが悪いというか。
「皇族ともなると、付き合いたくない相手とも付き合わなければならないとかおっしゃっていたからな」
「せめて学園におられる間は、その予行演習をしなくても良いと思うんですが」
「後で殿下にお伝えしておくよ」
個人的な意見を述べると、ジェット様はそうおっしゃって私の角を軽くなでてくださった。感覚がないのに、ちょっぴりくすぐったく思えたわ。




